GINAと共に

第131回(2017年5月) ボランティアの地に辿り着くまでのリスク~タイの場合~

 タイ国ロッブリー県にあるエイズ施設「パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)」は、世界最大のエイズホスピスとも呼ばれていて、これまで日本人を含む多くの外国人が訪れています。

 GINAのサイトを見て興味をもったという人も少なくなく、「ボランティアに行きたい。方法を教えてほしい」という問合せは過去10年間で数十件に上ります。ですが、そのなかで実際に訪問した人はほんの一握りに過ぎません。計画を断念した理由は様々ですが、最も多い理由のひとつが「とても辿り着ける自信がない...」というものです。

 世界にはタイよりも遥かに危険な地域がいくらでもあります。退避勧告が出ているような地域にボランティアに行きたいという人はそれほど多くなく、当たり前ですが、自分自身が無事に帰国することを前提にしなければなりません。そういう意味で、治安のいいタイは世界を見渡しても日本人が海外ボランティアとして最初に選択肢に挙がりやすい地域なのでしょう。よくタイと比較されるフィリピンは(地域にもよりますが)総じて治安が悪く、安全性を重視するならタイが選ばれることになります。(ただし、フィリピンにはタイにない利点があります。それは「英語が通じる」ということです。タイでは英語が絶望的なほど役に立ちません)

 タイにボランティアに行きたいという人のいくらかは観光でバンコクやプーケットに行ったことがあると言います。「前に行ったときは自然と料理を楽しんだ。今度は大好きなタイで困っている人にボランティアをしよう」と思うのです。私自身はこういう考えが嫌いではありません。ボランティアはしょせん自己満足、とうそぶく人が多いことを私は知っていますが、そんな意見は放っておけばいいのです。

 さて、それなりにタイを知っているがパバナプ寺のあるロッブリー県には行ったことがないという人は、GINAにどのようにして行けばいいのかを尋ねてきます。私自身がパバナプ寺に行くときは、バンコクから「ロット・トゥー」と呼ばれるワゴン車の乗り合いバスを利用します。大型バスもあるのですが時間がかかるのが難点です。その点ロット・トゥーは猛スピードで向かいますから(これが危険なのですが)あっという間に目的地まで着きます。それに運がよければ、ドライバーに交渉してパバナプ寺のすぐ近くまで行ってもらえることもあります。

 ですが、よほどタイに慣れていてある程度タイ語ができる人以外にはロット・トゥーを勧めることはできません。その最大の理由は、そもそもこのロット・トゥー、合法的な乗り物かどうかがよく分からないということです。元々は違法の乗り物でした。タイの大型バスは時間がかかり融通が利かないために、最初は誰かがワゴン車に人を乗せてお金をとって数時間の距離の運転をしたことが始まりのようです。これは儲かる!ということが分かると同じことをおこなう人が増え、バンコクのアヌサーワリーチャイ(戦勝記念塔)というところが自然発生的にロット・トゥーのターミナルとなりました。そして一気に普及し、「近距離県への移動はロット・トゥーが常識」となってしまったのです。もう後には戻れなくなってしまったために、当局は渋々合法にしたと言われています。タイとはそういう国なのです。しかし、アヌサーワリーチャイのターミナルは違法ですから、ここでの発着は禁止され、現在は他のところに移動させられています。

 しかしタイはタイです。当局が決めたターミナルではなく、そのうちにもっと便利なところから発着するようになる可能性は充分にあります。それに、現在でもどのロット・トゥーが認可を受けた合法なものでどれが違法かということは、外国人のみならずタイ人にも分からないようです。最近になってガイドブックなどにもロット・トゥーの存在が記述されるようになりましたが、少し前までは(違法ですから当たり前ですが)存在そのものが無いものとされていました。GINAとしてはそんな乗り物を紹介するわけにはいかないのです。それに細かい交渉をしたり、荷物が多いときは二人分の料金を払ったりと、タイ語がある程度できなければそれなりにハードルが高い乗り物です。

 さて、ロット・トゥーを使わずにロッブリー県に行く場合、大型バスよりも電車(国鉄)が便利です。バンコクのフォワランポーン駅からロッブリー駅までの切符を買えば1本で着きます。言葉に不自由するタイでも駅の切符売り場では英語でOKです。ロッブリー県に初めて行くという人には私は電車を勧めています。

 ですが、問題はロッブリー駅に着いてからです。駅からパバナプ寺までは車で15~20分程度はかかります。ここで、タイと聞いてバンコクやプーケットを思い浮かべる人は、タクシーかトゥクトゥクに乗ればいい、と考えます。ですが、そのような便利な乗り物はそういった観光地にしかありません。タイに慣れていて、タイ語ができる人は「ソーンテウ」と呼ばれるトラックの荷台のような乗り物(うまく説明できません。興味がある人は「ソーンテウ」で画像検索してください)を利用します。ロッブリーにもこれはありますが、パバナプ寺まではめったに行ってくれません。

 では、どうすればいいか。事実上バイクタクシーが唯一の交通手段となります。このバイクタクシー、タイ人は「モータサイ」と呼びます。モーターサイクルを略した英語由来のタイ語です。タクシーと言えば聞こえはいいですが、要するにバイクの二人乗りです。ドライバーの背中につかまって目的地まで乗せてもらうのです。

 そんなの危険で乗りたくない、と思う人は観光地以外のタイには行かない方がいいでしょう。郷に入っては郷に従え、ゆっくり走ってもらえばいいのでは、と柔軟に考える人ももちろんいます。その程度の柔軟性がなければそもそもパバナプ寺でのボラティアなど考えないでしょう。ですが、まだ問題はあります。

 私も最初は知らなかったのですが、どうもこのモータサイも違法のようなのです。モータサイのドライバー(ライダー)は、全員が同じオレンジ色のゼッケンを付けています。(「モータサイ タイ」で画像検索してみてください) 常識的に考えて、ライセンスをとってタクシー営業の認可を取得した者だけにこのゼッケンが渡されるのだろうと考えたくなりますが、そこはタイ。どうもこのようなゼッケンは自分たちで勝手に作ってしまうそうなのです。ただ、このあたりの真相はよく分からず、一部は合法だという声もありますし、警察や軍に賄賂を渡しているから広い意味では"合法"という意見もあります。

 少し脱線しますが、このモータサイ、バンコクにいるときはなくてはならない乗り物です。BTS(高架鉄道)と地下鉄ができて随分緩和されたとは言え、バンコクの渋滞はひどいものです。タクシーでは時間が読めません。そこで重宝するのがこのモータサイです。なにしろ、他人の敷地に勝手に入っていくのは当たり前、一方通行の逆走など朝飯前、ありとあらゆる方法を使って「最短距離」を走ってくれます。しかもリーズナブルな価格でOK、トゥクトゥクのように高額料金をふっかけられません。ドライバーも皆、田舎からでてきた好青年という感じです。

 話を戻しましょう。ロッブリーの駅前からパバナプ寺までの移動は「つて」がなければ事実上モータサイしかありません。この話をすると、ボランティア志望の大半の女性(そもそもボランティアを希望して連絡してくるのは女性がほとんど)は躊躇しはじめます。たしかにそれはそうかもしれません。タイ語ができない日本人女性が見知らぬタイ人男性のバイクにまたがるわけですから、どこに連れていかれるかわからない恐怖があるに違いありません。私も「タイ人は悪い人も多いけど、モータサイのドライバーなら大丈夫」などと気軽に言うわけにはいきません。

 交通事故の頻度という問題もあります。日本という国はまず間違いなく「ドライバー紳士度アジア第1位」です。タイは、最低国とは言いませんが、日本とは雲泥の差があります。数字でみてもそれはあきらかです。例えば年末年始の交通事故での死亡者数は日本が72人(2016年12月29日~1月3日)なのに対し、タイでは同時期に426人が死亡しています(交通事故は3,579件)。タイの人口は日本のおよそ半分であることを考慮するといかに危険かがわかるでしょう。しかも、タイでは年末年始に道路交通法違反のペナルティがなんと"ディスカウント"されるのです!(注1) 私はこれを新聞で読んだとき「自分は永遠にタイを理解できない...」と思いました。

 もしも私がタイについて詳しくなく、今ここに書いたことを初めて知り、年頃の娘がいたとして、その娘から「タイにボランティアに行こうと思うの」と言われればきっと全力で阻止するでしょう。ですから、私自身は、タイでのボランティアを希望していて「やっぱりやめます」という人に対して否定的な感情を持ったことはありません。

 世界には日本からは考えられないような危険な国が多数あること、タイは(私は多くの国を知っているわけではありませんが)比較的治安がよくインフラも整っている方であること、そのタイで困っている人が大勢いること、パバナプ寺を代表とするいくつかのエイズ施設では行き場をなくしいまだに差別や偏見の被害に苦しんでいる人が多数いることなどを知ってもらえればそれで充分だと考えています。

 それでもやっぱりタイで困っている人に直接何かしたい、という人がいればいつでもGINAのサイトから私にメールをください。わずかでも力になれることがあるかもしれません。

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注1:これはタイの英字新聞「Bangkok Post」でも報じられています。ニュースのタイトルは「Bad drivers get holiday 'discount'」、下記のURLで閲覧できます。

http://www.bangkokpost.com/news/general/1170373/bad-drivers-get-holiday-discount