HIV/AIDS関連情報

2006年9月24日(日) パキスタンで薬物中毒となるアフガン難民

 9月18日のIRIN Newsに、パキスタンに住む薬物中毒のアフガン難民についてのレポートが掲載されていますのでここにご紹介したいと思います。

 その前に、まずはアフガニスタンの歴史について簡単にまとめておきましょう。

 アフガニスタンは19世紀にイギリスと二度の戦争をおこない、二度目の戦争(第二次アフガン戦争)でイギリスに敗れ同国の保護国となります。しかし1919年の第三次アフガン戦争でイギリスに勝利し独立をはたしました。1978年、当時共産圏の拡大を図っていたソ連がアフガニスタンへの侵攻を開始し、翌年には社会主義国となります。この頃から自国で生活できなくなったアフガン人は難民として主に隣国のパキスタンに流れるようになります。1989年にソ連軍は撤退しますが、国は荒廃の一途をたどり続けます。ほぼ無政府の状態が続いていましたが、90年代半ばあたりからタリバン政権が国家を掌握し始めます。そしてタリバン政権が庇護していたアルカイーダが2001年9月11日アメリカで同時多発テロを起こしたことにより、アメリカ軍に侵攻され、タリバン政権は崩壊し、自国で生活できなくなったアフガン人は、難民として隣国に、特にパキスタンに流れるようになりました。

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 パキスタンのペシャワルの路地にある小さな店の前で膝を抱えてしゃがんでいるひとりの青年がいます。彼の名はナジェーブ。雨が降っており彼の衣服はずぶぬれですが気に留める様子はありません。彼の視線はどこか遠いところにあり、あごひげは手入れされていません。左腕の静脈注射の跡が、彼が薬物中毒であることを物語っています。

 「僕がドラッグに手を染め出したのは17歳の頃。家族は僕を見捨ててアフガニスタンに帰ったんだ」

 仕事がなく貧困の極致にいるナジェーブが関心のあるのは、次はどこでヘロインを入手するか、ということだけです。

 「こいつは悪いやつじゃないよ。単に貧乏なだけさ。けどこいつには治療が必要だ」

 自分の店の前でしゃがみこんでいるナジェーブを指してこの店の主人は言います。

 現在も増え続けている薬物中毒のアフガン難民のひとりであるナジェーブが服用するのはヘロインです。現在250万人もいると言われているアフガンからの難民に薬物中毒者がどれくらいいるのかということはパキスタン政府も把握できていません。

 アフガニスタンの首都カブールで薬物中毒者の治療をおこなっている医師Tariq Suleman氏は言います。

 「2006年の国連のデータによると、アフガンニスタンの薬物中毒者は100万人近くにものぼる。多くはパキスタンやイランのキャンプで薬物を始めている」

 薬物が違法であるということよりも問題なのは、治療とリハビリをどのようにするかということです。パキスタンでは、注射針の使いまわしが日常化しており、またHIV感染の知識は乏しく、薬物中毒者は脆弱(vulnerable)な存在となっています。

 「エイズという病気は聞いたことがあるよ。けど、それって西洋諸国の病気だろ」

 ナジェーブはそう言います。もちろん彼はHIVの検査を受けたことがありません。

 パキスタンにいるおよそ150万人のアフガン難民は主に都心部で生活しており、極度の困窮に直面し、容易にドラッグに手を出しています。彼らのほとんどは無職か最低賃金の肉体労働をしているかのどちらかです。彼らが直面する差別は次第に厳しくなってきています。ソ連がアフガニスタンに侵攻しだした頃は、彼ら難民はパキスタンの社会からある程度受け入れられていましたが、最近は差別が増える一方です。

 「アフガン難民は社会のなかで最下層の身分となっている。彼らは社会から卑下され、警察には犯罪者とみなされている」

 ペシャワルの社会学者Ghani Ibrahim氏はそう述べています。また、パキスタン人権委員会(HRCP, Human Right Commission of Pakistan)は、定期的にアフガン難民の集団逮捕をおこなっている警察を非難しています。

 パキスタンではヘロイン中毒者が少なくありません。麻薬撲滅機構(Anti-Narcotic Force)のAnwar Hafeez氏は、「パキスタンは世界で最も薬物中毒者が多い国だ」、と言います。そして、大勢のアフガン難民がパキスタンで中毒者になっているのです。

 政府の統計では、パキスタンにはおよそ50万人もの薬物中毒者がいます。このなかで静脈注射をしているのはおよそ6万人です。

 アフガニスタンは世界の90%以上のヘロインを精製しており、このうち3分の1はパキスタン経由で世界各国に輸出されています。ここ2年間は、パキスタンとアフガニスタンの国境付近でのヘロインの密輸や精製が増えてきています。

 薬物の静脈注射をする人のHIVに対するリスクはここ数年間で次第に大きくなってきています。1999年に国連薬物犯罪オフィス(UNODC)が、パキスタン東部の都市ラホールでおこなった調査では、薬物摂取の方法を吸入から静脈注射に変えている中毒者が多いことが分かりました。UNODCはこれがHIV感染のリスクを高めていることを指摘しています。パキスタンでは注射針の使いまわしが日常化しているのです。

 2005年、UNAIDSはシンド州ラルカナで、薬物の静脈注射をする人の間でHIVが蔓延していることを発表しました。薬物中毒者170人にHIVの検査をしたところ20人以上が陽性だったのです。

 カラチでおこなわれた2004年の調査では、薬物を静脈注射している人の5人に1人以上がHIV陽性であることが分かりました。

 パキスタン国民エイズプログラム(Pakistan's National AIDS Programme)は次のようにコメントしています。

 「薬物の静脈注射をする人や売春婦の間ではHIVに関する知識が極めて低い。カラチは主要な交易都市であるが、4人に1人以上がエイズという病名を知らない。また、滅菌してない注射器でHIVに感染することを知っている者はほとんどいない」

 UNAIDSは、現在のパキスタンのHIV陽性者を7万人から8万人としており、これは国民の0.1%程度ですが、実際はこれよりも遥かに多く、今後も感染者が増加していくものとみられています。

 ナジェーブのようなアフガン難民は非常に危険な状態に直面しています。文字が読めない者が多く、知識が欠落しており、家族から離れてパキスタン全域に散らばっているアフガン難民はHIV感染に対する脆弱(vulnerable)な存在なのです。

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 アフガンは19世紀よりイギリス、ソ連、アメリカといった大国に侵攻され続け、多くの難民を生み出しています。そしてその難民たちの間でHIVが蔓延しているのです。彼(女)らは誤った政治が生み出した犠牲者であると言えるのではないでしょうか・・・。

(谷口 恭)