HIV/AIDS関連情報

2006年9月11日(月) 「治療不能」の結核が急増

 エイズの定義は、「HIV陽性かつ特定23疾患のいずれかを発症している」というものです。この23疾患のうち、比較的よく遭遇するのが「結核」です。

 結核は、昔は「不治の病」でしたが、複数のすぐれた抗結核薬が登場したことにより、今では治癒する病気となっています。しかし他の細菌感染症とは異なる点があります。それは、複数の薬剤を比較的長期間(最低半年間)は内服し続けなければならないということです。このため、一部の地域では、実際に患者さんが薬を服用するところを医療者が確認する治療対策(これをDOT(Direct Observed Treatment)と呼びます)をとり、たとえばニューヨークが結核減少に成功したのはこの対策を徹底したからだと言われています。

 適切な服薬を怠ると、結核菌が抗結核薬に耐性をもち、通常の治療では治癒しなくなります。要するに、きちんと薬を飲まないと薬が効かなくなってしまうということです。薬が効かなくなった結核のことを「MDR結核(薬剤耐性結核)」と呼びます。WHOのデータでは、現在世界中でMDR結核は一年間におよそ42万5千症例発症しています。特に多いのが旧ソ連、中国、インドです。MDR結核に対する治療には、別のタイプの抗結核薬を用いますが、これらは高価で、なおかつ副作用が多いという欠点があります。ただし、この時点からでも、がんばって薬を飲み続ければ治癒が期待できます。

 しかし、最近、どんな薬を飲んでも治らない結核が増加しており、これが世界的に問題になっています。どんな薬を飲んでも効かない結核は「XDR結核」と呼ばれ、最近南アフリカで開催された国際会議で議論を呼びました。

 9月6日付けのBBC NEWS(website版)に、XDR結核についての情報が掲載されています。

 米国CDC(米国疾病予防管理センター)とWHOが2004年と2005年の二年間でおこなった調査によりますと、1万8千の結核のうち、20%がMDR結核で、2%がXDR結核でした。他のいくつかの国で同様の調査をおこなったところ、これよりもさらに深刻な結果がでています。米国ではMDR結核のうち4%がXDR結核であったのに対し、韓国では15%にものぼっています。

 WHOの結核担当者によると、XDR結核には複数のタイプがあることは分かっていますが、どのような経路で感染するのかといったことや、限られた地域に限定しているのかどうかといった点は現在も不明だそうです。

 しかし、ひとつだけはっきりしていることがあります。それは、HIV陽性の人はXDR結核のリスクが高いということです。南アフリカの53例のXDR結核の調査では、そのうち52例が25日以内に死亡し、44例にHIV抗体検査を実施したところ、なんと全員が陽性だったのです。

 XDR結核は、すでにHIV陽性率の高いアフリカ諸国で蔓延している可能性が強いとみられています。

 しかしながら、HIV陽性者も含めて、XDR結核の発症を防ぐ方法はあります。それは、結核の診断がついた時点できちんと服薬をするということです。

 このBBCのニュースでは、日本の結核については触れられていませんが、実は日本は、韓国と並んで先進国のなかで結核が蔓延している稀な国です。私は以前タイで、アメリカ人の医師に「日本は結核の罹患率が低くない」という話をしたところ、「日本は先進国ではなかったのか」と言われました。結核は発展途上国の病気という見方が一般的なのです。

 日本のなかで、もっとも結核発生率が高いのが大阪市西成区です。9月4日の毎日新聞で「世界最悪の結核感染地」という見出しで、西成区の実態が報道されています。

 その記事によりますと、西成区の罹患率(人口10万人あたりの患者数)は、2004年で750にものぼります。日本全国では23.3ですから、西成区は全国平均のおよそ32倍ということになります。

 では、なぜ西成区でこれほど結核が蔓延しているのでしょうか。それは、この地域は全国でもトップクラスの日雇い労働者の居住地域だからです。日雇い労働者は生活が不安定ですから、栄養状態が悪くなり、結核に罹患しやすいのです。(最近、若い女性の間でも結核感染が増えていますが、これは無理なダイエットをして抵抗力が落ちているからだと言われています。)

 さらに、日雇い労働者は相部屋の簡易宿舎や建設作業員の共同宿舎で生活していることが多いという背景があります。このため共同生活者に結核感染者が出ると、一気に蔓延する可能性があるのです。

 日雇い労働者に結核が蔓延しやすい理由はまだあります。彼らは日雇いですから、もしも結核に感染している可能性があると仕事がなくなり収入が途絶えます。そこで少々無理をしてでも病院に行かずに仕事を続け、その結果他人に感染させているのです。また、少しでも早く職場復帰したい彼らは、咳や熱などの症状がなくなれば、勝手に薬を飲むのをやめて働き出すことが少なくありません。これが、耐性菌の出現を招くのです。

 現時点では、日本はまだXDR結核の問題が深刻化していないようですが、HIV陽性者の増加と相まって、近いうちに社会問題となるかもしれません。

(谷口 恭)