HIV/AIDS関連情報

2006年8月11日(金) イラクでHIV陽性の夫婦が共に殺害

 イラクで41歳の男性と38歳のその妻が相次いで射殺されたことが議論をよんでいます。

 IRIN newsの8月9日の記事によりますと、「この男性は下品な病気を持っているため国家のために殺害されることになる」、という内容の電話が匿名で当局にかかってきたそうです。その2日後、この男性は路上で射殺されました。目撃者によると、この犯人は引き金を引く前に、「イスラムの教えに反する下品な行動で病気になったやつは死ななければならない!」と大声で叫んだとのことです。

 悲劇はまだ続きます。数日後、この男性の妻が、11歳の子供を学校に迎えにいこうと家を出たところ、夫を殺したのとは別の男性によって射殺されました。そして、その犯人が残した声明文には、「悪魔の穢れを持っている男と寝たムスリムの女性に対する当然の報いである」、と書かれていたそうです。

 この夫婦はHIV陽性でしたが、感染した理由は、ムスリムの教えに反するようなものではなく、汚染された血液製剤によるものでした。夫婦はともに血友病に罹患していたのです。(女性の血友病というのは非常に稀ですが、ないわけではありません。)

 ムスリムの保守層の間では、HIVは、同性愛、婚外交渉、薬物の静脈注射など、いずれも教義に反する行動で感染するもの、と考えられています。そして、汚染された血液製剤で感染するといった事実は、イラクではほとんど知られていないそうです。
 
 サダム・フセインが国家を統治していた頃は、HIV陽性であることが分かると特別な施設に収容されていました。この記事では「事実上の投獄」と表現されています。2003年にアメリカ軍がイラク領土を統治するようになって、ようやく開放されたという経緯があります。

 イラクでは感染者に対する差別が尋常ではありません。

 この射殺された夫婦は、血友病の治療中にHIVに感染していることが分かり、その後施設に収容されていましたが、それ以降、この夫婦の家族は、この夫婦が死んだものとみなし、一切の連絡をとろうとしなかったばかりか、この夫婦の名前を聞くことすら嫌がっていたそうです。射殺された男性は7人兄弟ですが、このなかで唯一ひとりの妹だけが、この夫婦のことを理解していたそうです。そして、この夫婦は施設から出た後、この妹の隣の家で生活していました。

 イラクのNGOのIAACP(Iraqi Aid Association for Chronic Patients)のスタッフによると、イラクではHIVに対する無知が顕著であり、HIV陽性者は、「狂犬病ウイルスを保持している犬と同じように、ただちに社会から追い出されなければならないもの」、と認知されているそうです。

 また、別のNGOのスタッフは、「イラクでは、キスやハグでHIVが感染すると思っている人が大多数で、ただ近づいただけでもリスクがあると考えている人も多い」、と話しているそうです。「ほとんどの感染者は家族からも見放され、自分の子供からも拒絶される場合が多い」、と述べる人もいます。

 この記事には、ひとりのHIV陽性者の苦悩が紹介されています。40歳のその陽性者は、部屋に抗HIV薬を置いていることが偶然近所の人に発見されてから、生活が大きく変わりました。その日を境に、近所の人から挨拶をされることが一切なくなり、子供たちから石を投げられ、頭から大量に血を流していても誰も助けてくれなかったそうです。

 イラクでは、現在およそ100人のHIV陽性者が抗HIV薬による治療を受けていますが、実際にどれくらいの人が感染しているのかは把握できていないようです。UNAIDSの国別データを見ても、イラクの感染者は不明となっています。

(谷口 恭)