HIV/AIDS関連情報

2006年10月30日(月) HIVは性交渉で感染しない!?

 オーストラリアの男性がヨーロッパの女性観光客2人に故意にHIVを感染させた事件をお伝えしたばかりですが(「オーストラリア男性が女性観光客にHIVを感染」2006年10月29日)、同国でまたもや同じような事件が起こりました。しかし、今度の容疑者は変わった理屈で検察の求刑に対抗する姿勢を見せています。10月25日及び26日のNEWS.COM.AUがこれを報道していますのでご紹介いたします。

 35歳のオーストラリア男性が、自身がHIV陽性であることを知っていながら、3人の女性とコンドームを用いない性行為をおこない、このうち1人がHIVに感染するという事件が起こりました。この3人の女性のうち、ひとりはHIVに感染したことが明らかとなっています。この女性は2児の母親だそうです。

 オーストラリアの法律では、たとえ感染しなくても、自身がHIV陽性であることを知っていてコンドームを用いない性交渉をおこなった場合には有罪となります。検察はこの男性に対して、3つの事件で合計15年の実刑を要求しています。

 この男性の弁護士は南オーストラリア刑事控訴裁判所に対して、容疑者は無罪であると主張し、その理由を、「HIVが性交渉で感染するという証拠はなく現在の検査方法は正確でない(*1)」としています。

 弁護側は2人の研究者を証人台に立たせました。彼らはいわゆる「パース一派」のメンバーで、この一派は現在のHIVに対する見解に反対し、性行為でHIVが感染しないという持論を提唱しています。

 一方、検察側は、現在世界中で認められている「コンドームを用いない性行為でHIVが感染する」ことを立証するために専門家を喚問しました。検察は、弁護側が招いたパース一派の証人は「専門家」ではないと主張し、喚問させることに反対しましたが、裁判官は、証人が証言することは認めました。

 被告の弁護人は無料で弁護を引き受けています。もしもHIVが性交渉で感染するということが脆弱な科学にしか裏づけされていないなら、被告の有罪が正しいとは言えないと考えているからです。弁護側が喚問した研究者も、交通費は被告人の母親に負担してもらっていますが、証言は無償でおこなったようです。

 弁護側が喚問したパース一派の研究者のひとりは、ロイヤルパース病院で医療エンジニアとして働いている医学物理学者のPapadopulos-Eleopulos氏です。氏は、「1983年にフランスの科学者たちがHIVを誤って認識し、それが現在も引き継がれている」、と証言台で述べました。

 50ページに及ぶパワーポイントを使って、氏は証言をおこないました。

 「エイズはHIVとは関係がない。もしも何らかの関係があったとしても、HIVはレトロウイルス(*2)ではなく、性交渉で感染するものでもない。HIVは一度も同定されておらず、1983年に逆転写(*3)の過程が明らかにされたに過ぎない。1983年にMontagnier博士が発見した逆転写が、「HIVの発見」とされているが、逆転写はHIVに限ったことではない」

 Papadopulos-Eleopulos氏は、エイズのリスクがアナルセックスや薬物の静脈注射であることは認めています。また、「エイズは長時間精液に曝されることで発症する」と述べています。精液は細胞を酸化させる作用があり、これにより細胞が劣化しそれがいろんな病気につながるというのです。そのひとつがエイズ関連疾患であるというわけです。

 Papadopulos-Eleopulos氏はまた、腟性交ではHIVが感染しないと述べている多くの論文を引き合いに出しました。カリフォルニア大学で1997年に発表された研究を紹介し、腟性交で男性から女性にHIVが感染する確率は0.0009%に過ぎず、これは仮に週3回のペースで夫婦が性行為を行った場合、95%の確率でHIVに感染するのに27.4年もかかるとしています。(*4)

 証言台に立ったもう1人のパース一派のVal Turner氏は、「HIVの検査は、ウイルスが産生する蛋白質や抗体を検知しているだけで間接的なものにすぎない。そして直接HIVを検知する方法はない」、と述べています。



*1 実は、HIVは腟性交で感染しないと考える学者は他にも存在します。しかし、その理論は科学的とは言えず、もちろん世界的に認められているわけではありません。「HIVが腟粘膜に侵入し感染が成立することを直接示せ」と言われれば、人体を使ったそんな実験はできるはずがありませんが、研究室レベルで確認された理論と、実際の臨床(腟性交のみでHIVに感染した患者さんはいくらでもいます)とを合わせて考えれば、HIVが腟性交で感染し得ることは自明です。

*2 レトロウイルスとは、RNA型ウイルスのうち、逆転写酵素をもち、自身の情報(RNA)を宿主の細胞にDNAのかたちで取り込ませることのできるウイルスのことで、HIVもこの仲間です。そして宿主の細胞の中で生き続け、あるとき自分の情報をどんどんと増幅させるのです。他人の家に勝手に上がりこんでその家のご飯を勝手に食べて、ある時子孫を作り出すようなものです。

*3 通常、生命における代謝は、DNAの情報をRNAが読み取りその情報をもとに蛋白質がつくられます。このDNA→RNA→蛋白質という流れは、以前は一方通行と考えられていたため(これを「セントラル・ドグマ」と言います)、レトロウイルスがRNA→DNAと、従来とは逆向きの方向で情報を伝えていくことから「逆転写」と名づけられています。RNA→DNAの情報の伝達には特有の酵素が必要で、これが「逆転写酵素」です。

*4 このような確率論はよく引き合いに出されますが、個人レベルの行動でこのような確率を考えることには意味がありません。なぜなら0.0009%などという数字は、例え正しかったとしても、結果としての事後確率にすぎず、個人レベルでの感染の確率は常に0%か100%かのどちらかしかあり得ないからです。私の知人に、数ヵ月後にエイズで亡くなった女性とコンドームを用いない性行為を繰り返していたのにもかかわらず感染しなかった男性がいますが、その逆に、自身がHIV陽性だとは知らなかった相手とただ一度の性交渉で感染した人は決して少なくないからです。


(谷口 恭)