HIV/AIDS関連情報

2006年10月25日(水) 台湾のエイズ差別

 HIV/AIDSに対する正しい知識がどれだけ普及し差別がいかに少ないかということが国家の成熟度のひとつの指標になるのではないか、と私は考えています。先進国であればあるほど、HIV陽性の人たちが「普通に」生活できる、という言い方もできるかと思います。

 台湾は、アジアを代表する先進国(地域)です。しかし、先進国であるはずの台湾の成熟度はそれほど高くないかもしれません。

 10月19日のBBC NEWSが報道した台湾のニュースは、HIVやエイズに対する人々の態度がいかに誤っているかを示しています。

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 台湾南部の静かな町に三階建ての家があります。家のなかでは幼児たちがおもちゃで遊び、大人たちは雑談を交わしている者もいればテレビを見て時間を過ごしている者もいます。彼らはこの家に住みだして1年以上が経ちますが、引っ越してきたときから続いている地域社会の住民の冷たい目は今も変わりません。

 この家に住む者はHIVに感染しているのです。

 そして、今年の10月、地方裁判所はこの一家に引越しを命じました。

 裁判所が出した判決は、エイズシェルターであるこの家「ハーモニーホーム」が公衆衛生上の問題を抱え、この地域の住民の心理的健康状態を脅かしている、というものでした。

 この施設を設立したニコール・ヤン氏は、この判決は不当であると主張し、次のようにコメントしています。

 「私たちは直ちに上告します。私たちにはここに住む権利があります。この地域の住民にはあきれるばかりです。彼らは病気で貧しい生活を強いられている人々に出て行けと言うのですから。昨年この地域に引っ越してきたとき、彼らは私たちの家を燃やそうとし、私たちを追い出そうとしました。まるで20年前のスティグマのようです」

 この家には22人のHIV陽性の人が住んでいます。なかには生後2ヶ月の赤ちゃんもいます。親に捨てられたり、母親が違法薬物所持で勾留されたりしている幼い子も少なくありません。

 最も古い入居者のひとりである60歳の女性は、取材に対し泣きながら次のようにコメントしました。

 「この家に入れてもらう前まではどこにも行くところがなかったわ。自殺しか道はなかったの。この地域の方々に見捨てられると私たちは生活できなくなってしまいます。どうか理解してください」

 3年前にHIV陽性であることがわかった22歳の男性は言います。

 「僕たちは家族なんだ。僕たちはこの地域社会に対して何も害を与えていない。平穏にここで暮らしたいだけなんだ」

 台湾ではHIV陽性者はそれほど多いわけではなく、人口の1%未満です。しかし過去3年間、新規感染者は毎年倍増しています。その多くは、薬物の静脈摂取に使う注射針の共用であると言われています。

 専門家は、現在の台湾はHIVが急速に蔓延するかどうかの分岐点にいるとみています。

 公式発表では、2006年9月末の時点で、(エイズを発症していない)HIV陽性者が12,474人、エイズ発症者が2,817人となっていますが、実際はこの倍くらいにはなるだろうとみる専門家は少なくありません。

 現在台湾がとっている薬物対策は、滅菌された針と注射器の薬物中毒者たちへの無償提供です。また、4つの地域ではメタドン療法がおこなわれています。

 このように現在では適切な対策がとられるようになってきていますが、一般の人々のHIV陽性者に対する見方はほとんど変わっていません。全体でみればまだ感染者は少ないこともあってなのか、HIV陽性者は社会のアウトローだと思われているのです。

 台湾市民病院のある医師は言います。

 「西洋諸国ではエイズ患者のためのシェルターは必要ない。彼らは普通に生活しており、必要なときだけ病院を受診する。もちろん働くことだってできる。しかし、ここでは家族が一緒に住むことを拒否するためにシェルターが必要となってしまっている。これは最善の方法ではない」

 このエイズシェルター「ハーモニーホーム」は、これまで何度もマスコミで取り上げられてきました。他のシェルターを運営している人のなかには、このような番組のせいで、エイズシェルターに対する世間の風当たりがきつくなるという人もいるようです。

 しかし、「マスコミに報道されることによって、誤った理解が払拭され、HIVがどのように感染するかが正しく認識されるようになる」、と考える人も少なくありません。「こういう番組は、HIVやエイズに関する正しい知識を啓発するためのチャンスだ」、と述べる専門家もいます。

 マスコミを通して正しい知識が伝えられ、差別をなくそうという世論が出てきていますが、今のところ「ハーモニーホーム」の近くに住む住民の心は動いていません。住民の多くが、それでも感染する可能性があるのではないかということを危惧し、さらにその地域の地価の下落を心配する者もいるようです。

 地域の住民は、正しい知識を教えられても行動が伴っていないのです。これについて、台北の疾病管理局のある幹部が興味深いコメントを述べています。

「政府は国民に教育をおこない、HIVは体液に触れない限り感染の恐れがないことを伝えてきた。国民はすでに理解している。我々が直面している問題はNimby効果だ」

 Nimby効果とは、not-in-my-backyard効果とも言い、例えば、焼却炉を地域につくる必要があるのは理解できるが自分の裏庭(backyard)にはつくらないでほしい、というような身勝手な考えのことを言います。
 
 台湾エイズ基金(Taiwan Aids Foundation)のスタッフは言います。

 「人々がお互いに尊厳をもてるように、さらなる教育をおこなう必要がある。もし世間がHIV陽性者を理解しなければ、抗体検査に行くのをためらう人が増えるだろう。それがHIVの蔓延を引き起こすこととなる」

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 この記事では、Nimby効果という言葉を使って人々が身勝手な考えを持っている、というようなことが述べられていますが、Nimby効果という言葉が果たして適切でしょうか。
 
 焼却炉の場合は煙や悪臭も出るでしょう。地価が下がるのも理解できることです。このようなものは社会の必要悪と呼べるかもしれません。けれどもHIV陽性は違います。コンドームを用いない性行為でもしない限り、感染していない人とまったく同じように接することができるはずです。

 「感染が分かってからの方が人間らしくふるまえるようになった」、と言うHIV陽性の人を私は大勢知っています。

(谷口 恭)