GINAと共に

第78回 間違いだらけのオーラルセックス(前編)(2012年12月)

 先月(2012年11月)から、オーラルセックスでの性感染症蔓延を防止するために厚生労働省は、「オーラルでも、うつります。性感染症。」という啓発用のポスターを作成し配布しています(注1)。

 一部の活動家からは、「何が言いたのかよくわからず不十分」という声もあるようですが、私自身は、厚労省がこのようなポスターをつくった、ということは評価されるべきであると思います。オーラルセックスでの性感染症がいかに蔓延しているか、ということは充分に検討されておらず、日本で性感染症がこれだけ多い理由のひとつは危険なオーラルセックスがはびこっているからです。厚生省がまずは最初の一歩をようやく踏み出したのではないかと私は感じています。

 日本人のオーラルセックスに対する危機意識は"恐ろしいほどに"低いと言えます。

 2012年12月9日に開催された日本性感染症学会第25回学術大会で、日本家族計画協会の北村邦夫医師が「口腔性交は日常化しているが性感染症予防に無関心な日本人の実態を明らかにする」というタイトルで、日本人のオーラルセックスに対する実情を発表されました。

 北村医師らがインターネットを使って8,700人から回答を得たアンケート調査によれば、「この1年間に口腔性交の経験があるか」という質問に対し、「している」が全体の49.5%(男性54.4%、女性42.7%)を占め、「口腔性交(オーラルセックス)の際、性感染症を予防するためにコンドームを使うか」という質問に対しては、なんと全体の82.8%(男性79.4%、女性87.9%)が「まったく使わない」と答えているというのです(注2)。

 この調査では、対象者が「セックス(性交渉)経験のある方」とされており、その性交渉の相手が、特定のパートナーなのか、不特定多数なのか、あるいは売買春や性風俗もが含まれているのかはわかりませんが、全体の82.8%が「オーラルセックスにコンドームをまったく用いていない」というのは、ちょっと想像するのが恐ろしい、というか、しかし裏を返せば、日本でこれだけ性感染症に罹患する人が多いことに頷ける数字でもあります。

 以前私は南タイのある地方都市で、タイ人の公衆衛生学者とその都市のHIVに関する共同研究をおこなったことがあります。その都市では保健師らが置屋を定期的に訪問し、コンドームを配布したり、セックスワーカーたちの健康状態を確認しにいったりしているのですが、その訪問に我々も一度同行しました。そのときある置屋で私が話を聞いた10代のセックスワーカーたちが、「コンドームなしでのオーラルセックス(フェラチオ)を求めてくるのは日本人だけ」と言っていたことに驚きました(注3)。

 日本はタイなどと比べればHIVの罹患率がはるかに低いですし、そもそもタイの地方都市でセックスワークをしなければならない少女たちからみて、日本とは憧れの国であり、日本人に対するイメージというのは勤勉で真面目なわけです。その日本人が性感染症に対するリスク意識があまりにも低いことに彼女たちが驚かされるそうです。

 もっとも、見方を変えれば、日本ではまだHIVが諸外国ほど蔓延していないからゆえに、性感染症に対する危機意識が低く、置屋でコンドームなしのフェラチオ、などという信じがたい行動をとる人がいるということなのかもしれません。

 HIVが国を上げて取り組まなければならないほど深刻になったタイでは、依然年間およそ15,000人が新たにHIVに感染している、という現実はありますが、それでもHIVが爆発的に流行した20年前と比べると性感染症に対する危機意識が随分変わってきています。

 2006年にGINAが実施した、フリーのセックスワーカー(independent sex worker、注4)200人を対象とした聞き取り調査では、オーラルセックスについても尋ねています。

 「オーラルセックスの際、コンドームを用いますか?」という質問に対し、「オーラルセックスはしません」が19%、「することもあるがコンドームは必ずつける」が38%です。一方、「オーラルセックスでコンドームをまったく用いない」と答えたのはわずか4%です。先に紹介した日本人を対象としたアンケート調査では82.8%ですから、日本人とタイ人の危機感の違いに唖然としてしまいます。

 もちろん、一般の日本人とタイのフリーのセックスワーカーでは単純な比較はできません。しかし、フリーのセックスワーカーというのは、置屋などで働くセックスワーカーや日本の性風俗店で働くセックスワーカーとは異なり、「気に入った男性としかセックスしない」のが普通です。つまり「セックスワーク」というよりは「擬似恋愛」と呼ぶべきようなものです(注5)。

 GINAがおこなったこの調査では、200人のフリーのセックスワーカーに対し「オーラルセックスでHIVに感染するか」という知識を問う質問もしています。結果は、全体の85%のセックスワーカーが「感染する」と答えています。これはもちろん正解で、ものすごく簡単に感染するわけではありませんが、オーラルセックスでもHIVに感染することはあります。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でも、まだノーマルセックスの経験がなく、一年前のただ一度のオーラルセックスでHIVに感染した患者さんがいます。しかもそのオーラルセックスの相手というのは元交際相手なのです。もしもこの患者さんに「オーラルセックスでもHIVに感染することがあるんですよ」ということを一年前に伝えることができていたならば、この患者さんの人生はまったく違ったものになったかもしれません・・・。

 日本人の多くは「オーラルセックス程度ではHIVに感染しない」と考えているように見受けられます。私の印象でいえば、日本人よりもタイのセックスワーカーの方がはるかに性感染症に関して正しい知識を持っているように思えます。

 GINAのフリーのセックスワーカーに対する調査から、もうひとつ興味深い設問を紹介したいと思います。それは、「コンドームなしの性交渉を強いられたことがありますか?」というものです。この設問に対しては、「膣交渉」と「オーラルセックス(フェラチオ)」の双方について訪ねています。有効回答数は191人、193人と少し異なりますが、結果はほとんど同じで、双方とも全体の68%が「強いられたことがある」と答えています。

 当時この調査に中心的にかかわっていたタイ人のスタッフによれば「強いられた」の解釈は人それぞれになるために、レイプに近いようなものを想像する人もいれば、単に軽く求められただけ、という人もいるようで、この調査はどれだけ彼女たちが「危険な目にあっているか」の参考にはならないそうです。興味深いのは、膣交渉とオーラルセックスでイエスと答えた率がほぼ同じということです。

 強いられるのは彼女たちですから、強いるのはその顧客となります。そしてその顧客には日本人もいますが、数で言えば圧倒的に西洋人が多いわけです。つまり、西洋人の男性もまた、オーラルセックスの危険性とノーマルセックス(膣交渉)のそれとを同じように認識している、ということを示しています。

 オーラルセックスというのは地域によって普及度がまったく異なるようで、イスラム圏ではそのような行為をおこなう人はほとんどいないそうです。西洋人やアジア人はその人によるそうですが、日本人ほどオーラルセックスが好きな民族はいない、そしてオーラルセックスでの性感染症のリスク意識が大幅に欠落しているのが日本人、というのがGINAの調査を通して得た私の実感です。

 では、オーラルセックス(フェラチオ)にコンドームを用いればそれで問題ないのか、というと、そう単純な話でもなく、正解を先に言えば「ノー」となります。次回はそのあたりについて述べていきたいと思います。


注1:このポスターは下記のURLで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/dl/poster_oral.pdf

注2:北村医師らのこの調査については下記のURLでも閲覧することができます。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=57677

注3:詳細は<ドクター谷口の「セイフティ・セックス講座」>の下記を参照ください。
「日本人はフェラチオ好き」

注4:「フリーのセックスワーカー」「independent sex worker」という単語について補足しておきます。いわゆるマッサージパーラー(ソープランド)や日本の風俗店のような組織(店舗)に所属しているセックスワーカーをdependent sex workerというのに対して、バーやカフェなどで"自由に"顧客を探すセックスワーカーをindependent sex workerと呼びます。日本語風に言えば、「フリーのセックスワーカー」と言えるでしょう。しかし、「freeのsex worker」という言い方は、性的サービスを無料でおこなうセックスワーカーという意味にも解釈できますので、このコラムでは便宜上「フリーのセックスワーカー」という表現をとっていますが、independent sex workerという表現の方が適切です。また、independent sex worker, dependent sex workerをそれぞれ、indirect sex worker, direct sex workerと表現することもあります。

注5:このあたりがタイのフリーのセックスワーカーの最も興味深いところであり、タイでHIVが減らない理由のひとつです。興味のある方は、下記を参照してみてください。
「タイのフリーの売春婦について」