GINAと共に

第74回 変わりつつある北タイのエイズ事情(2012年8月)

 私がこれまででタイに最も長くいた年は2004年で、この年はタイ全国のいくつもの施設を訪問しました。ボランティアの体験も踏まえ、帰国後、2004年の終わりから2006年くらいまでは、高校、大学、大学院、病院、市民団体なども含めて多くの場でタイのエイズ事情について講演をおこないました。

 当時おこなっていた講演では、与えられた時間にもよりますが、「北タイのエイズ事情」というサブタイトルを付けて、北タイ独特のエイズに伴う様々な特色を紹介するようにしていました。

 なぜなら、北タイのエイズ事情というのは、単に「このような患者さんがいて、このように治療をしています」、だけでは済まない問題がたくさんあったからです。

2000年代前半は、まだタイ全域でエイズに伴う差別やスティグマが蔓延しており、「HIVに感染しているというだけで、病院で受診拒否をされ、家族から見放され、地域社会から追い出された・・・」、という事態が日常茶飯事にありました。北タイでも同じように家族から見放され、行き場を失った感染者がなんとか施設にたどりついて・・・、というケースが頻繁にあり、こういった事態は他の地域とそれほど変わらなかったのですが、北タイ独特の問題もいくつかあったのです。

 まず筆頭に上げるべきなのは、母子感染で母親からHIVに感染した子供や、両親を共にエイズで亡くし親戚からも見放された子供たち、すなわち「エイズ孤児」が他の地域に比べて相当多かった、ということです。なぜ、北タイでは他の地域に比べてエイズ孤児が多かったのかというと、それは単純に、成人の感染者が他の地域よりも多かったから、です。もう少し詳しく述べれば、北タイはタイ全域のなかで最もHIVの感染率が高く、90年代前半には成人の4人に1人が感染しているのではないか、と推測されていました。これほどまでに感染者が増えると、当然母子感染が増えますし、子供に感染させていなくても夫婦ともどもエイズで死亡し子供は置き去りに・・・、ということが、頻繁にあったのです。

 北タイはタイのなかではキリスト教徒の多い地域ということもあり、世界中からキリスト教徒が支援の手を差し伸べることになりました。このため90年代半ばあたりから、小規模なエイズホスピス、エイズシェルターなどがつくられていきました。小規模のエイズ施設がたくさんある、これが私が感じた北タイのエイズ事情の2つめの特徴です。キリスト教が他の宗教よりもすぐれているとか、困っている人を積極的に支援する宗教だとか、そういうことを私が言いたいわけではありません。しかし、キリスト教徒は世界中にいますから、世界中から支援が集まりやすい、という特徴があるのは事実です。

 北タイに特徴的な3つめの点は「貧困」です。ひとりあたりのGDPをみると、北タイよりもイサーン地方(東北地方)の方が貧困度が大きいのですが、北タイの中心都市であるチェンマイには日系企業を含む外資系の企業がたくさん入っており、これら外資系企業の影響で北タイ全域でのGDPは上昇しています。庶民ひとりひとりの生活はイサーン地方とそれほど変わるわけではなく、特に僻地にいけばいくほど貧困度が増していきます。90年代後半くらいまでは小学校しか卒業できず、ひどい場合は読み書きもままならなない、という若者もいました。

 北タイの4つめの特徴は、山岳民族や、さらにミャンマーや中国(雲南省)、ラオスからの移民が多い、ということです。彼(女)らがHIVに罹患すると難儀なのは、タイ国籍を持っていないために病院にかかれないということです。2004年頃は、タイ人であってもHIVに感染していると診てもらえない病院がほとんどだったわけですが、それでも受診できる病院が皆無というわけではありませんでした。一方タイ国籍を有していない者は、どこの医療機関も原則として受診できないのです。(もちろん自費診療なら可能ですが、彼(女)らは例外なく貧しいのです)

 2012年8月11日、私がチェンマイ空港に降り立ってまず驚いたのは人と車の多さでした。6年ぶりに訪れたチェンマイには、以前には感じることのできた、どことなくなつかしさを思い出すようなほのぼのとした空気がなくなっていました。ホテルまでタクシーで移動したのですが、その間にタクシーから眺める町並みはもはや私の知るチェンマイではありませんでした。メータータクシーが目立ち(6年前はほとんどありませんでした)、英語が使われている看板が増えています。街を歩く外国人も増えているようです。

 チェンマイには1泊のみの予定だったため、それほど多くの関係者に話を聞くことはできませんでしたが、今回私が施設訪問や情報収集をして最も感じたことは「北タイのエイズ事情は劇的に変化している」というものです。前置きが随分長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「現在の北タイのエイズ事情」です。

 現在の北タイのエイズ関連の最大の特徴は、感染者に対する差別やスティグマが著しく減少した、ということです。もちろんこういった問題がまったくなくなったわけではなく、感染者のほとんどは感染の事実を隠しながら生きています。しかし、(タイ国籍をもっていれば)病院で受診拒否されるということはもはやありませんし、家族から追い出される、ということもほとんどないそうです。現在の北タイでHIV陽性者が家族から追い出されたなら、それは「HIVが原因でなく、元々その人間に何らかの問題がある場合がほとんど・・・」と、ある関係者は話していました。

 感染者数も減っています。先に述べたように、成人の感染者が増加するとエイズ孤児が増加するのは必然なわけですが、感染者の減少と共にエイズ孤児も大きく減少しています。実際、北タイのあるエイズ孤児の施設は、入居するエイズ孤児が定員よりも少なくなり、エイズ以外の障害を持つ子供を入居させているそうです。また、成人を対象とした職業訓練を目的としたある施設では、「自分はHIVに感染していないけれどもエイズを発症した家族を支えるために職業訓練を受けに来ている」という人もいるそうです。

 貧困が減少している、というのは、私が空港からホテルまでの道のりでタクシーの窓から眺めた光景だけで実感できましたが、実際に関係者に話を聞いてみるとさらに驚かされました。なんと、現在の北タイでは、高校どころか、大学進学が珍しくなくなってきている、というのです。90年代には義務教育である中学にも貧困から進学できなかった子供たちが大勢いた、のにです。大学進学率というのは所得水準に相関しますから、このことから北タイの一般人の所得が大きく増加していることが分かります。

 山岳民族や移民の問題は依然として存在するようですが、それでもHIV陽性者は増加はしていないそうです。しかし、タイ国籍を有していないために医療機関を受診できず、誰かが支援しなければ死を待つしかない、という人も依然存在しています。ある関係者は、この問題はこれからも続くだろう、と話していました。

 最新の北タイのエイズ事情をまとめてみると、①感染者が減り(正確なデータは入手できませんでしたが関係者の話から確実だと思われます)、②差別やスティグマが大きく減少し、③全体の貧困度が減少したため今後の新規感染も減少していくことが予想される、④しかし依然として誰かが支援しなければ生きていけない感染者やエイズ孤児が存在することを忘れてはいけない、⑤さらに山岳民族や移民者のHIV問題は依然残存する、となると思います。

 気になるのは、①と②が北タイに限局したことなのか、タイ全域でも同様なのか、ということです。それを調べるために、私はタイ渡航中に北タイ以外の地域で関係者に話を聞き、施設を訪問しました。結論を言えば、残念ながら北タイを除くタイ全域では、以前とさほど変わっていないというのが現状のようです。例えば、ロッブリー県にあるタイ最大のエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)では、入所したくてもできない感染者が依然大勢いて、私がこの施設でボランティアをしていた2004年とほとんど状況は変わっていないそうです。差別やスティグマについても、以前に比べればましにはなっているが依然感染者が社会的不利益を被っているのは間違いない、そうです。

 北タイのエイズ事情が好転しているのはもちろん歓迎すべきことです。90年代前半にタイで最もエイズが深刻化したこの地域が、現在は最も"進んだ"地域となっているということは注目に値します。GINAでは今後、各地域に応じた支援を展開していきたと考えています。