GINAと共に

第66回 性教育が上手くいかない本当の理由(2011年12月)

 若者の性感染症が増えていると言われて久しくなります。数字の上ではここ数年はやや減少傾向にあるのですが、数字がどれだけ実態を反映しているかという問題がありますし、大幅に増えているということはないにしても依然危機的なレベルで性感染症が若者の間で蔓延しているのは間違いありません。

 若者の性感染症をいかに減らすか、この議論になったときに必ず出てくるのが「性教育をしっかりおこなおう」という意見です。この考えはもちろん間違ってはおらず、実際、中高で保健を担当する教師のなかにはかなり熱心に取り組んでいる人もいますし、性感染症に携わる医療者のなかにも性教育を徹底させるべき、という考えを持っている人は少なくありません。

 学校で性教育をおこなうというのは簡単なことではなく、内容や表現には細心の注意を払わなければなりませんし、注意をしていても右翼系の団体などから抗議を受けることもあります。そんななかで、熱心に生徒たちに性教育をおこなっている人たちは本当に大変だと思います。

 しかしながら、性教育にがんばっている人たちには敬意を払いたいと思いますが、その性教育にどれだけ効果がでているのか、ということを考えたときに私はどうしても疑問をぬぐえません。

 私は、教育者や医療者が生徒たちにおこなっている性教育の方法に問題があると言いいたいわけではありません。そうではなく、せっかく熱心におこなっている教育がどこかで空回りしているのではないか、と感じずにはいられないのです。

 実際、よく指摘されるように性行動の低年齢化がおこっているのは事実であり、少し古いデータですが、平成12年に発表された厚労省の「日本人のHIV/STD関連知識、性行動、性意識についての全国調査」によると、現在45~54歳の人が16~19歳に性経験があった割合が16.2%なのに対して、現在18歳~24歳の層では79.2%にも上ります。

 ただし、初交年齢が低下することと性感染症の罹患率との間には、たとえ数字の上で相関がみられたとしても、あまり関連付けるべきではないと私は考えています。初交年齢が低くても性感染症を防いでいる若いカップルはいくらでもいますし、そもそも私個人としては、初交年齢の低下を問題にすることに疑問であり、愛し合う10代の性行動を抑制する権限は親にも教師にもなく、むしろ抑制することが有害であると考えています。(例えば、愛し合う若いカップルには、性行動を抑制させるのではなく、避妊の方法が理解できているかどうかを確認すべきです)

 私が問題だと思うのは、若い世代の間で性感染症が蔓延しているという事実、さらに誠実さに欠けた性行為がはびこっているということです。

 では、なぜ熱心な教育者や医療者がいるのにもかかわらず、若い男女は安易に性交渉をもち、簡単に性感染症に罹患してしまうのでしょうか。

 私はこの原因のひとつが情報化社会にあるとみています。インターネットや携帯電話がこれだけ普及している社会では情報を隠すことはできません。学校で教師がいくら性道徳について熱心に語ろうが、携帯のサイトに「昨日ウリをした相手は隣町の中学の教頭だった・・・」などという書き込みをしている女子高生がいるのも事実なわけで、すでに10代の若者たちは、大人たちがいかにいい加減でずるくて無責任かということを知っているわけです。

 これが1980年代前半までならまだ説得力はありました。なぜなら、思春期の子供たちに入ってくる情報は、親や教師の話、家族と一緒にみるテレビ、同じ学校の同級生や先輩からの口コミ情報などに限られていたからです。この頃は、インターネットや携帯だけではなく、レディコミもコンビニもなく自分専用のテレビがある子供もほとんどいませんでした。夜中にこっそり部屋を抜け出してコンビニでレディコミを立ち読みして、大人の醜い実態を知る・・・、ということもなかったわけです。

 ですから、「気軽に性交渉を持つのはやめましょう」「ウリをして傷つくのはあなたたちですよ」などと言ってみても、すでに大人の実態を知っている10代の生徒たちにはまるで説得力がないわけです。

 また、性感染症の怖さを強調しすぎるのも問題です。例えば進行した梅毒やエイズの写真をスライドで見せて「性感染症とはこんなに怖いんですよ~」と視覚に訴えるのは止めるべきです。(そんなことをすれば感染者に対する差別・偏見につながりかねません) それに、性感染症の細かい知識を生徒に教えることにどれだけ意味があるのかも疑問です。

 一方で、知識がないまま気軽な性交渉をおこない、取り返しのつかない性感染症に罹患する若者がいるのも事実であり、このようなことは避けなければなりません。では、どうすればいいのかというと、実は簡単な話で、若者に覚えてほしいポイントはたった3つだけです。

 ひとつめは「不誠実な性交渉をしない」ということです。性感染症の各論についてはここでは述べませんが、コンドームがあれば大丈夫、というのも誤りです。性器ヘルペスやB型肝炎といった、その後の人生を大きく変えることもある性感染症にコンドームは無力です。

 2つめは、交際相手ができれば「初めて性交渉を持つ前にお互いの性感染症のチェックをする」、ということです。性感染症のやっかいなところは感染していることに本人が気づいていない、ということです。これはHIVや梅毒を含むほとんどの性感染症にあてはまります。

 そして3つめは、(特にHIVに対して)すでに感染している人に対する偏見を持つことはおかしい、ということです。

 これら3つを遵守していれば、性感染症の心配はもはや不要であり、性教育についても(避妊の問題を除けば)おこなう必要はありません。では、なぜこんなにも簡単なことが生徒たちに伝わらないのでしょうか。

 それは、「大人たちが守っていないから」に他なりません。今述べた3つのポイントをよくみてもらえれば分かりますが、これらは別段、生徒たちをターゲットにしているわけではなく誰にでもあてはまることばかりです。

 性教育に従事する人のなかにはいないでしょうが、世間には<不誠実な性交渉>をしている大人たちが少なくありません。そして、性感染症に罹患する10代の若者がいるのは問題ですが、罹患する大人がいるのはある意味ではもっと問題です。性感染症が原因で破局した(大人の)カップルは枚挙に暇がありませんし、なかには離婚にいたった夫婦、さらに裁判へと進み悲惨な顛末をたどったケースもあります。

 最も効果的な性教育、それは、生徒に対する教育ではなく、周りの大人たちに対する性教育ではないかと私は考えています。親が子供にいくら「勉強しなさい」と言っても、その親が勉強嫌いであれば子供はしません。その逆に、「勉強しなさい」などと言わなくても、親が当たり前の習慣として日々何らかの勉強をしていれば、子供は自然に勉強するようになります。

 性教育に従事する人たちは、生徒たちに対してではなく、まずは周囲の大人に目を向けるべきです。教育者においてさえ<不誠実な性交渉>をしている者がまったくいないとは言い切れないでしょう。教育者によるわいせつ犯罪がときおり報道されていますし、犯罪ではないにせよ不貞行為をおこなっている教育者は探せばみつかるに違いありません。

 周りの教育者の次は、生徒の両親、さらに地域社会と広げていき、「特定の相手とのみの誠実さを伴う性交渉が最も幸せであること」を社会に浸透させ若者に伝えていくことが、我々大人の義務ではないでしょうか。私のこの意見が「つまらない正論」に聞こえる人もいるでしょう。しかし、それでも私はこのことを言い続けていくつもりです。

 若者に誠実になってもらいたいのであれば、まずは大人たちが誠実にならなければならないのです。