GINAと共に

第64回 増加する「いきなりHIV」(2011年10月)

 「いきなりエイズ」という言葉は次第に市民権を得てきているような印象があります。HIVとエイズの言葉の違いを聞かれることも減ってきていますし、「いきなりエイズ」とはエイズを発症して初めてHIVに感染していることが発覚したケース、という説明をすることも最近はあまりありません。しかしこれは話す相手がHIVに関心を持っている人だからでしょう。

 2011年10月1~2日、京都市で「第1回AIDS文化フォーラムin京都」というエイズ関連のフォーラムが開催されました。私自身も「プライマリケア医が出会うHIV/AIDS」というタイトルで講演を依頼され、10月2日におこないました。

 私の講演の主題、というか、もっとも強く主張したのは、「いきなりHIV」が増加している、というものです。

 「いきなりHIV」などという言葉は実際には存在せずに、私が勝手につくって勝手にしゃべっているものなのですが、意味は、「エイズを発症していない段階で、発熱や下痢、皮疹などの症状から、本人が気づいておらず医療機関でHIV感染が発覚する症例」となります。

 これについて説明するには、もう一度エイズの定義をおさらいしておいた方がよさそうです。エイズの定義は「HIVに感染しており、なおかつ特定23疾患のいずれかを発症している症例」となります。「特定23疾患」というのは、結核やトキソプラズマ脳症、イソスポラ症など、免疫不全に陥ったときに発症するような疾患です。23疾患のなかには単純ヘルペスウイルス感染症というよくある感染症も含まれていますが、これは、「1か月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍」という注釈がついています。(ですから「HIV感染+1週間で治った口唇ヘルペス」であればエイズとは呼びません)

 私が勝手に提唱している「いきなりHIV」は、エイズを発症していないものの、何らかの症状が出現し、そこからHIVの診断がついた、そして、本人はHIVなどとは夢にも思っていなかった、というケースで、このような症例が2009年以降増加している、というのが講演で述べた主題です。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(開院当初は「すてらめいとクリニック」)は2007年1月にオープンしました。2007年と2008年は、HIV感染が発覚した症例の大半(およそ8割)は患者さん自身がHIVに感染した可能性がある、と考えていた症例でした。「症状は何もないけれども危険な行為があったから・・・」というのが検査を受ける理由であることが大半でした。こういった場合、検査は保健所などの無料検査もありますから、あえて医療機関で受けなくてもいいようなケースが多かったわけです。

 ところが、2009年あたりからこの傾向が大きく変わりました。まず、「症状はないけれども危険な行為があるから・・・」という理由で検査を希望する人が大きく減少したのです。代わりに保健所での検査が増えれば問題ないのですが、残念ながら2009年からは保健所で検査を受ける人も大幅に減少しています。これは、HIVに対する関心が全国的に低下したことを示しています。

 2009年は新型インフルエンザが流行したからそのせいで一時的にHIVへの関心が低下したんだろう・・・、そのような声もありましたが、残念ながら2010年は検査を受ける人がさらに減少しました。2011年の現在もその傾向に変わりはありません。

 一方、厚生労働省が定期的に発表する報告では「いきなりエイズ」が増加しています。2010年は、いきなりエイズが469人に昇り、これは過去最高を記録しています。そして2011年9月に公表された2011年4月~6月の第2四半期のいきなりエイズは、136人となり、これは四半期ごとの数字では過去最高となります。

 さて、「症状はないけれども危険な行為があるから・・・」という理由で検査を受ける人は全国的に減少し、いきなりエイズが増加しているということは厚労省の報告で明らかなわけですが、私が講演で述べたのは、「いきなりHIV」の増加です。

 2007年と2008年には、「いきなりHIV」の患者さんは、クリニックでHIV感染が判った人の2割程度だったのが、2009年には約半数となり、2010年にはさらに割合が増え、2011年(8月まで)は、ついに6割以上の新規HIV感染発覚者が、「まさかHIVなんて考えてもみなかった・・・」という人だったのです。

 では、どのような患者さんを診たときに我々医師はHIV感染を疑うのでしょうか。

 頻度として多いのは「急性HIV感染症」です(注1)。発熱、倦怠感、リンパ節腫脹、皮疹などからHIV感染が発覚するというケースです。ただし、こういった症状をみてすぐにHIV感染を疑うわけではありません。「この症状があれば必ず急性HIV感染症を疑うべき」という指標はひとつもありません。最初は頻度の高い感染症、例えばインフルエンザとかそのときに流行っている感染症(2011年であれば手足口病、マイコプラズマ肺炎、リンゴ病など)をまずは疑います。リンパ節腫脹が顕著なら、伝染性単核球症やサイトメガロウイルス感染なども鑑別にいれます。もちろん溶連菌による咽頭感染や、下痢を伴っている場合であれば病原性大腸菌やサルモネラによる消化器感染症も考えます。そして、こういったよくある感染症(common infectious disease)を否定したときにHIVも鑑別に入れることになります。

 もしも患者さんの方から、「実は薬物の針の使いまわしがあって・・・」とか、「危険な性交渉があって・・・」といった申告があれば、初めからHIVも疑うことになりますが、通常このようなカムアウトを自ら診察室でおこなう患者さんというのは自分でもHIV感染を疑っていますから、こういうケースは「いきなりHIV」には含めません。

 急性HIV感染症以外で、いきなりHIVが発覚するケースは大きく2つに分類できます。1つは、"特殊な"感染症があるときです。どのようなものがあてはまるかというと、梅毒、(難治性の)尖圭コンジローマ、帯状疱疹、B型肝炎などです。梅毒や尖圭コンジローマは珍しい感染症ではありませんが、我々の経験上、HIVを合併していることがときおりあるのです。

 帯状疱疹は、最近では若い人にもよくみられますが(過労や睡眠不足で出現します)、複数回発症している人や、初発であったとしても高熱や倦怠感を伴う重症の場合はHIVを鑑別に入れることになります(注2)。

 B型肝炎は、感染力が強く性的接触などがあれば誰にでも起こりうるものですが、成人になってから感染したケースで慢性化している場合は、HIVも疑うべきだと思われます。特に自覚症状はないけれども健診で肝機能低下を指摘されたからという理由で受診され、B型肝炎ウイルスに感染していることが判り、そのウイルスが慢性化するタイプのものであることが判り、それが危険な性交渉による可能性があることが判って、HIVの検査をして発覚、というケースがときどきあります。(従来、成人になってからB型肝炎ウイルスに感染するケースは、症状を発症しても自然に治ることが多く、劇症肝炎に移行しなければ後遺症もなく完治することがほとんどでした(注3)。しかし2000年代になってから慢性化するタイプのウイルスが増加し問題となっています)

 もうひとつ急性HIV感染症以外で、HIV感染を疑うのは、発熱やリンパ節腫脹、皮疹、下痢といった非特異的な症状が重なって長期で出現している場合です。例えば、単なる脂漏性皮膚炎でHIVを疑うことは通常はありませんが、脂漏性皮膚炎+長引く微熱、や、脂漏性皮膚炎+半年前から続く下痢、などでは場合によっては疑うこともあります。リンパ節腫脹も、疲れたときに出現すること(特に女性の鼡径部リンパ節)は珍しくありませんが、それが強い痛みを伴ったり、倦怠感や微熱も有していたりするような場合はHIVを疑うこともあります(注4)。

 急性HIV感染症が疑われる場合であっても、長引く慢性症状からHIVが疑われた場合でも、「いきなりHIV」は、患者さんにとっては「青天の霹靂」なわけですから、まず大変驚かれますし、これを伝えるのがとても大変なことがあります。(検査の同意を得るときも、HIV陽性であることを伝えるときも大変なのですが、ここが医師の"腕の見せ所"なのかもしれません)

 あまり不安を煽るような報道などは避けるべきですが、これほどまでにHIVに対する社会の関心が低下していることに我々は危機感を持っています。保健所や医療機関でHIVの検査を受ける人が減ったことで問題となるのは、「感染の発覚が遅れること」だけではありません。HIVの関心の低下は、危険な行為(危険な性交渉や針の使いまわし、安易なタトゥーやアートメイクなど)につながることが問題なのです。


注1:急性HIV感染症はHIVに感染するとすべての人に起こるわけではありません。報告によって異なるのですが、だいたい半数程度はなんらかの急性症状が出現するとされています。当院でHIV感染が発覚した患者さんについても、だいたい半数くらいに何らかの症状(軽症から重症まであります)がでています。そして残りの半数の患者さんは、まったく症状がなかったと言います。

注2:帯状疱疹を2回以上発症すればHIVだけが強く疑われる、という意味ではありません。特に女性の場合は、このようなケースではHIVよりも膠原病の可能性をまず鑑別に加えるべきだと思われます。また、特に基礎疾患がないのだけれど帯状疱疹を2回発症したことがある、と言う人もなかにはいます。

注3:これは厳密に言えば少し注意が必要です。最近は、リウマチの新しい治療薬(生物学的製剤)や様々な疾患に対する優れた免疫抑制剤が使われることが増えてきており、こういった薬剤を使用すると自然治癒したはずのB型肝炎ウイルス(以下HBV)が再び活性化することがあります。なぜこのようなことが起こるのかというと、HBVが逆転写酵素を持っているからです。逆転写酵素というものがあると、自分の遺伝子をヒトの遺伝子に植えつけることができるのです。ヒトの免疫で駆逐されたはずのHBVは完全に死滅したのではなく、実はヒトの遺伝子のなかに潜り込んで生きていたというわけです。ですから、従来は、「抗体(HBs抗体)が形成されれば二度とB型肝炎の心配をする必要はありませんよ」、という説明でよかったのですが、最近では、免疫を抑える薬を使用する際には、過去のHBV感染についても考慮しなければならないことになっています。尚、逆転写酵素をもつウイルスは他にHIVとHTLV-1が有名です。

注4:患者さんがどのような症状を呈していても、医師が患者さんの同意を得ることなくHIVの検査をおこなうことはありません。実際、HIV感染を強く疑っても患者さんが検査に同意されなければ、「いずれどこかで検査を受けておいてくださいね」とは言いますがそれ以上のことはおこないません。尚、これは他の感染症についても同様です。ただし、例えば救急外来などに意識消失で運ばれてきて、(例えばエイズ特定23疾患の進行性多巣性白質脳症やHIV脳症が疑われ)HIV感染の可能性があると考えられれば、同意なしで検査をされることもないわけではありません。