GINAと共に

第32回 2009年のタイのHIVとGINA(2009年2月)

タイ国内で今年新たにHIVに感染するタイ人は11,700人になることが予想される・・

 これは、タイ保健省が2009年2月11日に発表した数字で、翌日のBangkok Postが報じています。タイでは、これまでに1,127,168人のHIV感染が報告されていて、613,510人がすでに死亡しています。生存しているのは516,630人とされています。

 これらの数字を並べられても、実感としてはなかなか分かりづらいですから、今回は日本との比較で考えてみましょう。

 日本のHIV陽性者はおよそ1万5千人で、新規感染はだいたい1,500人です。日本の人口は約1億2千万人ですから、国民1万人に1.25人の割合でHIV陽性の人がいることになります。甲子園球場が満員になるとだいたい5万人ですから、満員の甲子園球場に6人ちょっとHIV陽性の人がいることになります。

 一方、タイの人口は日本の半分の約6千万人です。現在約52万人のHIV陽性の人がいるとして、およそ100人にひとりがHIV陽性ということになります。満員の甲子園球場に例えると、およそ600人がHIV陽性となります。タイは、一応は「HIV減少に成功した国」ということに世界的にはなっていますが、現在もこれだけの人がHIV陽性であるわけです。甲子園球場の例でいえば日本のおよそ100倍ということになります。

 2009年の新規感染の予想が11,700人ということですが、これは、一応は減少傾向にあります。ここ数年の新規感染を振り返ってみると、2005年が約17,000人、2006年が約15,000人、2007年は約14,000人と次第に減少していることが分かります。(2008年の公式データは現在調査中ですが現時点で信憑性の高いものは見つかっていません・・・)

 さて、新規感染について検討するときは数字だけをみていては実態がつかめません。その内容が大切です。

 タイでは、ここ数年、新規感染で最も多いのは「恋人から感染する女性」です。これには「夫から感染する妻」も含まれます。次いで多いのが(危険な性感染をおこなう)男性同性愛者です。

 今回の保健省の発表によりますと、セックスワーカーから感染する男性がさらに妻に感染させるケースが多く、売春産業が依然盛んであることが問題視されています。また金銭の伴わないカジュアルセックスでのHIV感染も増加傾向にあることが指摘されています。

 カジュアルセックスと売春について、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

 現在タイのエイズ予防委員会の議長は、「Mr.コンドーム」の異名をもつミーチャイ氏です。(氏は90年代初頭にコンドームを普及させたことで有名です) そのミーチャイ氏によりますと、新たにセックスワークを始める女性の平均年齢は16歳で、全体の44%は生徒です。

 また、ミーチャイ氏は、セックスワークだけでなく、若い世代がカジュアルセックスをおこなっていることに懸念を示しています。そして、若い世代の間で性感染症が増加していることを最も深刻な課題(gravest concern)と述べています。

 ミーチャイ氏によりますと、2007年のデータでは、何らかの性感染症に罹患した人の32%が若い世代であり、その最大の理由が「コンドームを用いないこと」です。実際、タイの若い世代の間では、実に5人に1人しかコンドームを常には使用していないというデータがあります。また、HIV関連のある組織が昨年(2008年)12月におこなった調査によると、若い世代の69%がコンドームを用いない性交渉をしています。

 さて、HIV/AIDSの対策についてみていきましょう。

 現在、タイの保健省はHIV/AIDS対策として3つのポリシーを掲げています。1つは、2011年までに新規感染を大幅に減らすこと(数値目標は報道されていません)、2つめは、国民全員がHIVの治療を受けられるようにすること、そして3つめが、感染者と家族の80%以上が社会福祉を受けられること、です。

 2つめの「国民全員がHIVの治療を受けられるように」について考えてみましょう。タイ国民健康安全委員会(National Health Security Office)の関係者によると、昨年は151,900人のHIV陽性者がHIVの治療を受けることができたそうです。

 一般に、HIVは感染しても数年間は投薬が必要ありません。HIVに感染していないときとなんら変わりなく生活することができます。ですから、この151,900人という数字からは、「治療が必要な人のどれだけが治療を受けることができているのか」は分かりません。GINAとつながりのあるタイ人もしくは現地の日本人から伝わってくる情報によりますと、全体では以前に比べてかなり治療を受けることのできる割合が増えているそうです。

 ただ、必ずしもそうではないという声もあります。

 例えば、タイのあるエイズ関連施設に携わっている人は次のように言います。

「最近は、タイでもエイズの治療が誰でも受けられるかのような報道もありますが、必ずしもそうではありません。北部の山岳民族やミャンマーやラオスからの移住者は治療を受けられませんし、タイの国籍を持っている人だって、身寄りがなかったり行政と交渉する力がなかったりすればまともな医療を受けられていないのです」

 最近は、エイズに関する偏見や差別は減少してきていますから、地域社会からHIV陽性者が追い出されるという事態は随分減ってきています。ですから、HIV陽性者を支える家族がいて地域社会に理解があれば、治療を受けることはかなりの確率で可能となってきています。(ただし、タイで一般的に使用される抗HIV薬は少し前のものが多く、日本を含めた先進国で使用されている新しい薬剤が安く買えるわけではありません)

 しかしながら、この関係者が言うように、身寄りのない者やタイ国籍を持っていない人にとっては、治療に必要な薬を入手するのがかなり困難なのです。

 それに、薬があればいいというわけではありません。抗HIV薬が必要となっている人の何割かは、身体や精神の不調を訴えることがしばしばあります。社会的な様々なトラブルも耐えません。そんなとき、誰がどのようにサポートするんだ、という問題があります。

 2009年のGINAは、新聞報道からは見えてこないタイのHIV陽性者の苦悩に取り組んでいきたいと考えています。ミッション・ステイトメントにもあるように、「草の根レベル(grass roots)の支援」を徹底するつもりです。

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