GINAと共に

第45回 長崎のコンドーム論争(2010年3月)

 「避妊用品を販売することを業とする者は、避妊用品を少年に販売し、また贈与しないよう努めるものとする」
 
 これは、長崎県の少年保護育成条例、第9条第2項の文言です。要するに、長崎県では、未成年に対してコンドームを売ってはいけません、という規定があるのです。

 コンドームを未成年に販売できないような規定がある地域など長崎県以外にはありません。長崎県の「こども未来課」によりますと、この条例は1978年に改正され、そのときに「青少年を取り巻く社会環境を向上させようと条文を盛り込んだ」そうです。

 では、長崎県では実際にコンドームはどのように販売されているのでしょうか。県の「こども未来課」によれば、「未成年がこっそり買えないようにコンドームの自販機は屋内への設置が義務づけられ、またドラッグストアやコンビニなどでは、未成年の疑いがある場合には身分証の提示を求めるように指導している。市町村単位で少年補導員が巡回し、違法な自販機や販売方法がないかもチェックしている」とのことです。

 県がコンドーム販売を規制する目的は、要するに未成年に性行為をさせないようにしましょう、ということです。では、実際にどうなのかといえば、考えるまでもなく、このような規制があろうがなかろうが、性交渉をもちたいと考えている未成年は性交渉をおこなうわけです。

 あくまでも参考にですが、平成15年の人口妊娠中絶の実施率(15~49歳の女子人口千人に対する人数)は、全国平均が11.2なのに対し、長崎県は15.9もあります。この数字は未成年に限った数字ではありませんが、他の都道府県と比較しても、長崎県の未成年の人口妊娠中絶数が少ないわけでは決してありません。ということは、このような条例があるから、未成年の性交渉の件数が少なくなっているとはいえないわけです。

 この条例が形骸無形化しているのは、このようなデータからも自明だと思われますが、条例存続を強く支持する人が多いようで、県少年保護育成審議会でも「(条例を見直せば)性非行を助長する」などといった意見が過半数を占めるそうです。

 一方、このような条例はあっても意味がないどころか、条例のせいで望まない妊娠や性感染症が増える可能性もあるわけですから、条例撤廃を求める意見もあります。長崎県内の医療関係者などがつくる「性感染症予防啓発のための連絡会議」は、2005年に「性感染症が低年齢層にも広がっており、規制の撤廃を」という申し入れをおこなっています。

 しかしこのような申し入れに対して、県の審議会は、条例存続を決定し続けています。何度も各団体から条例見直しの要望が相次いでいるようで、2009年の8月から再び審議がおこなわれたそうですが、いまだに条例が見直しされる見込みは立っていないようです。

 さて、私個人の意見を言えば、未成年の(望まない)妊娠や性感染症が少なくとも減少はしていない状況を考えると、やはりコンドームの存在を未成年から隠すようなことはすべきでないと考えています。これだけ情報が簡単に入手できる時代では、コンドームを隠し通すことは不可能です。

 しかし、その一方で、長崎県民の「(未成年にコンドームを販売できないようにして)性モラルを維持する」という考え方は嫌いではありません。というより、これだけ(性に限らず)モラルの低下した現代社会で、倫理や道徳を大切にし、全国唯一の条例を維持させようとするその県民を大切に思う気持ちに対しては敬意を払いたいと思います。

 ところで、これを読まれているあなたには長崎県出身の知人がいるでしょうか。

 個人的な話になりますが、私の友人、知人、親戚などで長崎県出身の人を思い出してみると、老若男女問わず、ほぼ全員が強い倫理観を持っています。そして長崎県の人は、他人、特に弱者に対して優しいのです。

 もちろん、例外もありますし、そもそも私は「○○県民の人は~」という言い方が好きではないのですが、私自身の経験に照らし合わせて考えると、大枠ではこのように感じるのです。

 そこで、少し長崎県について調べてみたのですが、NHK世論調査によると、「うそをつくことは許せない」「賭け事は悪いことだ」と考えている人の割合は全国平均よりかなり高いそうです。また、犯罪発生率も全国で 44位という少なさです。そういえば、沖縄では米軍キャンプの軍人による犯罪がしばしば報道されますが、同じように外国人の多い佐世保での犯罪はほとんど耳にしません。

 このような長崎の県民性は、歴史的な出来事と無関係ではないでしょう。16世紀から長崎にはポルトガルやスペインの伝道師や貿易商人が訪れるようになり、カトリック系のキリスト教が人々に浸透するようになりました。

 江戸時代の鎖国が実施されていたときでさえも、長崎には一部で西洋の文化が伝わっていました。その結果、カトリックがもつ倫理観や道徳観が自然なかたちで人々に浸透していったのでしょう。そして、その倫理観が今も人々の間に根強く存在しているのではないでしょうか。1921年、日本で初めて共同募金が行われたのも長崎です。

 また、きちんとしたデータがあるわけではありませんが、長崎県の人は「他人の意見に左右されない」、もしくは「自分の意見をはっきり主張する」人が多いように私は感じています。そして、「議論好きで物事に筋道が通っているかどうかを重要視する」ように思います。もしかすると、このような性格もキリスト教徒の西洋人と似ているのかもしれません。

 さて、コンドームの話に戻したいと思います。私は、現実をみて条例撤廃を主張する意見ももっともだと思う一方で、性モラルの低下を懸念している人たちの気持ちも尊重したいと考えています。

 では、このような案はどうでしょうか。

 長崎の人はキリスト教の影響かどうかはともかく、強い倫理観をもっていて論理的に物事を考え個人の意見を主張することが得意なわけです。ならば、高校生全員(もしくは+中学生)に、この条例を存続させるべきか撤廃すべきかを討論してもらうのです。この時代にコンドームの存在を知らない高校生などいませんから、「学校でコンドームの存在を生徒に話した結果、性モラルが低下して・・・」などということはあり得ないでしょう。

 学校のホームルームの時間を利用して、徹底的に条例について討議をおこなうのです。そして長崎県全域の高校生(もしくは+中学生)に条例存続か撤廃かの投票をおこなってもらうのです。

 これをおこなうことにより、投票の結果がどちらになったとしても、セックスのこと、妊娠のこと、性感染症のこと、あるいはHIVに関する社会的諸問題などについても各自が深く考えるようになり、その結果、人工中絶や性感染症の罹患率が減少するのではないかと私は考えています。