GINAと共に

第 9回 GINAは風俗嬢を応援します!(07年 3月)

 タイのNGOに「エンパワー・ファウンデーション(Empower Foundation)」という組織があります。この代表者がチャンタウィパ・アピスク氏(Ms.Chantawipa Apisuk)という女性です。

 チャンタウィパ氏は、1947年にバンコクで生まれ、タマサート大学の社会人類学部を卒業し、その後ニューヨークに渡り人権についての研究をおこなっています。1984年にタイに帰国し、すぐに「エンパワー・ファウンデーション」を設立しました。

 チャンタウィパ氏は、まずパッポン(バンコクのゴーゴーバーが密集する地域)に事務所を設立し、パッポンのバーで働く売春婦たちに英語のレッスンをおこないました。外国人の買春客に対して、対等に交渉するコミュニケーション力を身に付けてもらうことが目的でした。

 しかし、パッポンの売春婦たちが身に付けたのはコミュニケーション能力だけではありませんでした。英語圏の文化に触れたことにより、当時のタイにはほとんど存在しなかった女性の人権というものを売春婦たちが理解するようになり、現在ではいろんなセミナーやフォーラムで、女性の、そして売春婦の人権が訴えられるようにまでなりました。現在、検討されているタイの新憲法の原案に対しても意見を言えるようにまでなっています。

 チャンタウィパ氏のスマートなところは、法律や警察の力を初めから当てにしていないことです。氏は言います。

 「この国では1960年から売春行為は法律で禁止されているわ。けど、現実は今でも売春婦の数は増え続けているのよ。法律に頼って何ができるというの? 警察だって同じよ。警察は時々、売春施設に踏み込んで売春婦を摘発しているけど、それが彼女たちに少しでも幸せをもたらしているかしら。警察はときに彼女たちを逮捕して写真を公開するようなこともしているわ。それを見た両親や親戚は恥かしい思いをしているのよ。彼女たちは両親を助けるために売春をおこなっているのよ。警察はそんな彼女たちを"犯罪者"として扱っているだけだわ」

 チャンタウィパ氏は、高い理想を掲げながらも、単なる理想主義に走ることなく現実を適切にみていると言えるでしょう。氏は言います。

 「売春婦はこの社会から決して消えることがないという現実に目を向けるべきです。ならば、他の職業と同様、その価値を認めるべきなのです」

 現在「エンパワー・ファウンデーション」が売春婦たちにおこなっているのは、「教育」と「(性感染症の)予防」です。チャンタウィパ氏は、政府が予算を削っているせいで、いったん減少しかけたHIVの感染率も、売春婦たちの間、そして買春客の間で再び上昇に転じていることを指摘しています。

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 「売春はよくない」とキレイ事を言ったところで何も始まりません。チャンタウィパ氏が指摘するように、売春婦はこの社会から決して消えることがありません。古今東西を振り返って売春婦がいない地域など存在しないのです。

 そもそも法律や警察なんてものはそれほど当てにできません(と私は考えています)。

 例えば、日本では1992年に暴対法が施行されましたが、これによって犯罪は減ったでしょうか。否、むしろ凶悪犯罪や地下組織の犯罪が増加しているのが現状です。この法律の根底にあるのが「暴力団など社会に存在してはいけない」という"キレイ事"です。

 しかし、売春と同様、暴力団、ヤクザ、マフィアなどが存在しない社会などはありません(北朝鮮が唯一の例外とする考え方もあります)。官僚や政治家がその非現実的な"キレイ事"を社会に押し付けたために、それまでは一応表の世界にいられた暴力団の構成員たちは地下に潜ることになりました。暴力団の構成員だって社会の一員です。にもかかわらず、彼らからは税金は取るが人権は認めないという政策を無理やり施行したのが暴対法ではないかと私は考えています。

 さて、売春婦の話に戻しましょう。チャンタウィパ氏が主張するように、道徳的な良し悪しは別にして、売春婦という存在がある以上は、彼女たちの人権を擁護し健康上のリスクから彼女たちを守ることを考えるべきです。

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 GINAは今月から、「風俗嬢が身を守るために」と題して、無料のセミナーをおこなっています。このセミナーでは、性感染症のことだけでなく、日本の風俗嬢がよく訴える身体的な悩みや精神的な悩み、さらに暴力などのリスクについてもアドバイスをおこなっています。

 風俗嬢であることを堂々とアピールする必要はありませんが、どんな職業に従事する人間にも社会的人権があり、病気のリスクを回避し健康に生きる権利があります。GINAは、そんな女性たち(男性たちも)をこれからも応援していきます。

 最後に、「エンパワー・ファウンデーション」がつくっているTシャツに掲げられているスローガンをご紹介いたします。

 「良い女の子は天国に行く。悪い女の子はどこへでも行ける!」(Good girls go to heaven, bad girls go everywhere.)

参考:Bangkok Post (Perspective) 2007年3月11日 「Empowering "bad girls"」

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