GINAと共に

第 8回 エセNGOを排除せよ!(07年 2月)

 2月2日に報道されたチェンマイの少女暴行事件は、大勢の人々に大変大きな衝撃を与えました。まずはこの事件を振り返ってみましょう。

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 2月2日の読売新聞によりますと、チェンマイ県で少数民族の子供の通学を支援する寮を運営する佐賀県出身の日本人男性(38歳)が、入所していた14歳の少女を暴行したとしてタイ警察に逮捕されていたことが2日に分かりました。

 地元警察によりますと、この男性は1月2日に寮で少女に乱暴した疑いで、1月8日に逮捕されました。男性は容疑を認め、現在は釈放されています。

 男性は、タイ人の妻らとともに寮を運営し、学校までの距離が遠くて通えない山岳民族の子供を受け入れており、現在も5人が入所しています。2005年7月には、宿舎建設や車購入費として、日本政府の無償資金協力で約73,000ドル(当時のレートで約785万円)相当を受けていたそうです。

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 GINAにとってこの事件が大変ショッキングだったのは、現在GINAはタイ北部の少数民族(山岳民族)の子供たちの支援に力を入れているからです。

 GINAはタイ中部ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)の患者さんの支援からスタートし、北部のエイズやハンセン病関連の施設の支援、南部のエイズ関連問題の調査、外国人を相手にする売春婦の調査、などをおこなうようになりました。

 タイという国は、地域によって経済状況も文化も大きく異なり、そのため同じエイズという問題を考えるにしてもその地域の特徴を把握しなければなりません。

 現在のタイ北部は、経済状況が好転しており、貧困から売春せざるを得ない少女がある程度は減少しています。また、旧与党のタイ愛国党の徹底した薬物対策で、北部のアヘン生産はほとんどなくなりつつあります。さらに、エイズが「死に至る病」ではないことが世間で認知されはじめたこともあり、エイズに伴う差別やスティグマが減少し(といってもまだまだ問題ですが)、実際タイ北部のエイズ関連施設は減少傾向にあります。

 しかし、タイ北部ではあらたな問題が浮き彫りになってきています。

 まず、ミャンマーからの違法薬物がタイに大量に流入しだしていることがあげられます。タイ愛国党がドラッグ密売人を容赦なく殺してきたこともあり(正式発表では2,500人が殺害されたことになっていますが、実際は5千人以上ではないかという噂もあります)、現在は「疑わしきは裁かない」という方針になっています。

 また、抗HIV薬が普及し、ほとんどのタイ国民が無料もしくは廉価でエイズの治療を受けられるようになってきたのは事実ですが、「タイ国民」には、山岳民族やミャンマー・ラオス・中国などからの移民は含まれていません。このため、こういった少数民族や移民はまともな治療を受けられないのが現状です。

 リス族、モン族、アカ族、・・・、といった国境付近の山岳民族には、学校がなく、その地域で育てられれば、文字の読み書きができず、タイ語が話せないままとなります。アヘンがなくなり(もちろんこれは歓迎すべきことですが)、民芸品以外には特に産業をもたない山岳民族の文化で育ち、教育を受けていなければ、少女たちは両親を助けるため、やがて自らの身体を売ることになるのです。

 山岳民族の子供たちが教育を受けようと思うと、チェンマイ県やチェンライ県の小・中学校に通学することになります。山の上からはもちろん通えませんから、子供たちはチェンマイやチェンライの寮に入らなければなりません。本来はタイ政府が寮をつくるべきかもしれませんが、公的な寮はほとんど存在しないため私立の寮に入ることになります。

 山岳民族の子供たちのために私立の寮を運営しているのは、タイ人だけではありません。日本人も含めた外国人もいくつかの寮を運営しています。しかし、寮を運営するといっても行政から補助金がでるわけではありませんし、子供たちの親にもそんなお金を払う余裕はありませんから、寮の運営費は必然的に寮の設立者が自らの資財を投げ打っておこない、不足する分は寄付金でまかなっているのが現状です。

 GINAは主にタイ人が運営している山岳民族の寮の支援を現在おこなっています。タイ国籍をもつ子供たちには里親奨学金というかたちの支援をしていますが、寮の生徒たちの支援については寮の運営者に(わずかですが)寄附をおこなっています。

 こういった寮を運営している人たちは、タイ人であれ日本人であれ本当に立派な方々です。収入も得ずに休みなく働いている姿は、単に「美しい」「すばらしい」などといった形容詞で表現できるものではなく、私は彼(女)らにお会いする度に胸をうたれます。

 現在のGINAの課題に、「山岳民族の子供たちの寮に対する支援の拡充」というものがあります。現在支援している寮への寄付金を増やすという目標の他に、新たに支援を必要としている寮を探すというのも課題のひとつです。

 そんななか、この佐賀県出身の日本人男性が少女に暴行という事件が報道され、GINAは大変大きなショックを受けたのです。

 この男性も、寮を設立した当初は純粋な目的でおこなっていたのかもしれませんが、このような事件を起こせばどんな善意も帳消しになりますし、罪を償わなくてはなりません。被害者の女性が受けた精神的なショックは計り知れないものでしょうし、他の子供たちにしても安心して寮で生活することができなくなってしまいます。

 NGOやNPOというのは安易に始めるべきではない、と私は考えています。一度始めると簡単に引き下がれませんし、一生奉仕活動をおこなうという覚悟がなければ初めから手を出さないのが賢明です。たしかに、困窮している人を救いたいという気持ちは誰にでもありますが、それなら、しっかりしたNGOやNPOに寄附をしたり、一時的なボランティア活動をおこなったりすればいいわけで、施設や寮をつくるといった行動は、よほどの強い精神力がなければできるものではありません。

 しかしながら、NGOやNPO、あるいは施設運営といった行動には、一般の仕事では経験できない深い感動が得られることを私は確信しています。

 最後に、ある施設で働く人の声をご紹介したいと思います。

 「(施設の)入所者からは感謝されないことも多いし、貯金はどんどんなくなっていくし、私自身がこれから生活できるかどうかも分からない。けど、それでも私は続けるんだ。私を必要としてくれる人はいるし、ここで得られる感動は他では味わえないものなんだよ」

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