GINAと共に

第11回 "Independent Sex Workers in Thailand"(2007年5月)

 2007年5月16日、この日はGINA初の国際学会での発表となりました。(大きな学会での発表は昨年の日本エイズ学会に次いで2回目となります)

 今回の国際学会は、International Society of Psychosomatic Obstetrics and Gynecology(ISPOG)という名前の国際学会で、日本語にすれば「国際女性心身医学会」となると思います。15回目となる今年の大会は京都で開かれました。

 なぜ、女性心身医学会とGINAが関係あるかというと、今回のシンポジウムのなかに、Infection and female mental state(感染症と女性の精神状態)というものがあり、そのシンポジウムのなかで、GINAが昨年おこなった研究の「タイのフリーの売春婦について」の発表の場をいただいたというわけです。

 「フリーの売春婦」というのは、店に所属せずに個人で客をとる売春婦のことですが、「free sex workers」とすれば、「無料の売春婦」となってしまいます。「フリーの売春婦」の英語は「Independent sex workers」です。

 発表の時間は12分しかなかったために、GINAが主張したかったことの一部しか話せませんでしたが、発表の後、世界中の参加者から多くの質問や意見をいただくことになり、大勢の方々に興味深く聞いてもらえたのではないかと感じています。

 なかでも、もっとも興味をもってもらえたと思われるのが、GINAの調査で明らかとなった、「顧客の数が少ないほど性感染症に罹患しやすい」という意外な結果です。そしてこの理由を、「タイのフリーの売春婦は外国人の顧客と親密な関係(intimate friend)になりやすく、危険な性行為(unprotected sex)に陥りやすい」とGINAでは考えています。

 考えてみれば、売春婦が多い国は何もタイだけでなく、中国、韓国、ロシア、フィリピン、・・・、といくらでもあります。ヨーロッパではほとんどの国で個人売春は合法ですし、オランダの飾り窓については説明はいらないでしょう。日本でも性風俗に従事する女性は少なくありませんし、一応売春は非合法ですが個人売春をしている女性などいくらでもいます。

 古今東西どこの地域にも売春に従事する女性は少なくないのに、タイでのみ、外国人が容易に売春婦と恋仲になり、その結果、性感染症に罹患するというのは非常に興味深いと言えるでしょう。

 さて、私が発表をおこなったシンポジウムには、私の他にもタイの売春事情について発表をおこなった演者がいます。

 ひとりは、タイ国ソンクラー県のタクシン大学(日本語で"タクシン"と書くと前首相のタクシンと同じになりますが、タイ語では発音が異なりタクシン大学とタクシン前首相はまったく関係がありません)のChutarat教授です。

 Chutarat教授は、昨年私がタクシン大学まで訪ねた教授で、同教授はその頃ソンクラー県の置屋などで働く売春婦の調査とケアをおこなっていました。私がそのフィールドワークに参加させてもらったこともあり、Chutarat教授の発表の共同演者に私の名前も入れてもらっていました。
 
 置屋などで働く売春婦のことを「Dependent sex worker」または「Direct sex worker」と言います。シンポジウムでは結果として、タイのdependent sex workerとindependent sex workerの双方の研究発表がおこなわれたこととなり、興味深いコラボレーションになったのではないかと思います。

 もうひとり、タイの売春婦について話した演者がいます。彼女は神戸大学大学院のAlexander教授で、内容は世界中の(強制)移民についてです。国境を越え仕事を求めて移住をおこなう女性たちのなかには売春産業に従事する(させられる)ものが少なくなく、その例として、ラオスからタイに渡り売春をおこなう女性について話されていました。

 結局、合計6人の演者のうち、私を含めた3人がタイの売春婦についての話をおこなったことになります。まとめ方はそれぞれ異なりますが、タイの売春婦についての問題提示をおこなったという点で、タイでの売買春の問題が浮き彫りにされたのではないかと思われます。

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 私は今年の1月から大阪の東梅田でクリニックをオープンさせていますが、タイでHIVに感染したかもしれないといって受診する患者さんが大変多いことに驚いています。海外でHIVを含む性感染症に罹患した(かもしれない)と言ってクリニックを受診する人に、「どこの国ですか」と尋ねると、中国と並んでタイがトップです。

 患者さんに尋ねると、中国とタイには異なった特徴があります。中国で性感染症に罹患した(かもしれない)人のほとんどは、仕事で中国に行き、仕事の一環で(?)売春婦と関係をもっています。なかには、中国でビジネスをおこなうためには買春は避けて通れない、と言う人までいます。

 一方、タイで感染した(かもしれない)と言って受診する人は、仕事の関係で・・・、と答える人もなかにはいますが、大半はバカンスでタイに行ってタイの女性と関係をもっています。

 しかも、そのタイの女性というのが、マッサージパーラーや置屋で働く女性ではなく、バーやコーヒーショップで知り合った女性であることが多いのです。興味深いことに、彼らの多くは買春をおこなったという意識がなく、「偶然知り合った」、「ナンパで知り合った」という表現を使います。

 もちろん、実際にそうであることもあるでしょうし、なかには本当の恋人の関係や結婚にまでいたるケースもあります。しかしながら、GINAの調査でも明らかになったように、そのような店で外国人男性との出会いを求めている女性の多くは売春を目的としています。

 最初は売春婦と顧客の関係であっても、幸せな関係を築いているカップルは珍しくありませんが、恋に盲目になる前にHIVを含む性感染症のリスクを考えるべきだというのはGINAが一貫して主張していることです。

 今回の国際学会で主張した、「多くの顧客をとる売春婦よりも週に1人以下の顧客しかとらない売春婦の方が性感染症に罹患しやすい」、ということはもっと注目されてもいいのではないかと思います。

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