増え続ける北タイのエイズ孤児

谷口 恭     2006年7月
目 次

1 エイズ孤児が増える理由
2 教科書が買えない優等生
3 笑顔を見せない少年
4 里親の必要性


1 エイズ孤児が増える理由

 現在GINAが、エイズ孤児対策に最も力を注いでいる地域は北タイにあるパヤオ県です。さらにパヤオ県のなかでも、プーサンというエリアに住む子供たちの支援を中心におこなっています。

 北タイは、90年代前半にHIV感染者が爆発的に増加し大きな社会問題となりました。行政やNPO(NGO)の力、さらには抗HIV薬が登場したことにより、以前に比べると、その状況は、少しは改善しています。
 実際、新規感染者は減少しているような印象があります。「印象」というのは、なかなか正確なデータが把握しにくく、統計そのものがあまりありませんし、あったとしても信頼度に乏しいことが少なくなく、正確な数字が分からないのです。HIVに従事するものの間でも、「感染者は増えている」という人もいますし、逆に「もはやHIVは大きな問題ではない」、という人もいて、全体像ははっきりと分かりません。
 現在のタイのエイズ問題は、地方ではなく、都心部で若い世代が安易な性交渉で感染することだ、という人は少なくありませんが、これがバンコク在住の大学生などを中心に流行しているのか、地方から出稼ぎに来るセックスワーカーの間で流行しているのか、正確に把握することはできません。(おそらく双方が問題なのでしょうが・・・)
 私がみたところ、北タイで新規感染する人は減少しているように思えるのですが、バンコクを中心におこなったセックスワーカーに対する調査では(この調査結果は後日公開いたします)、北タイ出身の者も少なくなく、彼女らがHIVに感染して故郷に帰る、という可能性も充分にあるわけです。

 そんな北タイで、ひとつだけはっきりしていることがあります。
 それは、着実にエイズ孤児が増えているということです。
 なぜ、新規感染者が減っている(と予想される)のに、エイズ孤児が増えているのか・・・。
 これは、エイズを発症した両親が死亡することにより、結果としてエイズ孤児になる子供が増えているからです。エイズは現在では「死に至る病」ではありませんが、それは適切な時期に適切な薬を内服するという前提での話です。
 北タイではHIV感染の発見が遅れて、すでにエイズを発症しており、すぐれた抗HIV薬の服薬を開始したがもはや手遅れ・・・、という患者さんが少なくないのです。
 
 エイズ孤児の定義は、「両親をエイズで亡くした子供」です。したがって、その子供が母子感染によりHIVに感染していても、感染していなくても、エイズ孤児の定義にあてはまります。
 HIVに感染していれば、定期的な診察と必要に応じた投薬が必要となり、この点については、地域にもよりますが、全額行政が負担するところもでてきて、金銭的な問題は次第に減りつつあります。
 しかし、こういった子供たちが満足した生活ができるかというと、そういうわけではありません。医療費の心配をしなくてもよくなっても、生活費が支給されるわけではありません。また、田舎では病院に行くこと自体が一苦労です。両親を亡くしているわけですから、誰が病院まで連れて行くんだ、という問題があります。
 エイズ孤児たちの多くは、祖父母や親戚が面倒をみていることが多いのですが、裕福な家庭というのはほぼ皆無であり、もちろん車などありません。バスを乗り継いで受診するとしても、ある程度のお金は必要となります。
 また、学校までどうやって通学するんだ、という問題もあります。通学費をどこからか工面しなければなりませんし、昼食代も必要となります。(タイでは弁当を持っていくという習慣があまりないようです。暑さで食べ物がもたないからでしょうか。)
 さらに、現在のタイでは小中学校は義務教育となっていますが、教科書は有料ですし、それ以外にも様々な費用が必要となります。
 結局、医療費の心配をしなくてもよくなった、と言っても、何らかの支援がなければ学業を続けることができないのです。そればかりか、生活そのものもままならない子供たちが大勢います。
 
 現在GINAでは、こういったエイズ孤児たちが、安心して生活、そして勉強ができるように支援をおこなっています。
 ここでは、そんな子供たちのことを紹介したいと思います。


2 教科書の買えない優等生

ユピンちゃん(仮名) 小学校5年生 女の子

 ユピンちゃんは2歳のときに両親を亡くし、現在はおばさんに育てられています。両親ともに、エイズで亡くなったのは間違いないのですが、どちらが先に感染したのか、そしてその原因は何だったのかは誰にも分かりません。ただ、幸なことに、ユピンちゃんにはHIVが感染していませんでした。
 ユピンちゃんは、そんな両親のことをほとんど覚えていません。まだエイズという病をはっきりと分かっていないユピンちゃんが、そんな両親に想いを巡らすのは、もう少し先になるのでしょう。
 ユピンちゃんは、勉強が大好きで成績もトップクラスです。どの科目も一生懸命に勉強しているのですが、一番好きな科目は英語です。(現在のタイでは小学校低学年から英語を学び始めます。)
 ユピンちゃんは、家にお金がないためにお小遣いをもらえません。もちろん、ユピンちゃんを育てているおばさんも、ユピンちゃんにお小遣いをあげたいのですが、極度の貧困状態にあるために、そんな余裕はないのです。
 そこで、ユピンちゃんは、担任の先生から仕事をもらってお小遣いをもらっています。その仕事とは、毎日学校に朝早く行って教室を掃除するのです。掃除は夕方にもおこなわなければなりません。そのため、ユピンちゃんは毎朝5時に起きて6時に学校に行きます。夕方は、掃除が終わってから帰りますから、友達よりも帰宅が遅くなります。担任の先生からもらうお小遣いは、月に100バーツ(約300円)だけです。
 (この話は、我々日本人には少し理解しがたいと言えるでしょう。タイでは(この学校では)教室の掃除は先生がすることになっているようです。その仕事を生徒にさせて、月にわずか300円(タイの物価を考えても安すぎます)しか渡さない、というのは納得しがたいのですが、ユピンちゃんだけでなくユピンちゃんのおばさんも満足しているようなので、外国人がとやかく言う問題ではなさそうです。)

 ユピンちゃんの将来の夢は、バンコクの企業で英語を使った仕事をすることです。ユピンちゃんは、中学卒業後、できれば高校に進学したいと考えていますが、何らかの支援がなければ卒業と同時に働かなければなりません。
 タイでは現在でも、貧困が原因で、義務教育であるはずの中学も卒業できない生徒が少なくありません。ユピンちゃんが、そうならないようになるためには、援助がどうしても必要となるのです。

ユピンちゃん(左から3人目)と彼女の家族の写真。
(尚、この写真のwebsiteへの掲載には、本人、保護者、学校の先生から許可をいただいています。)

3 笑顔を見せない少年

ソムサック君(仮名) 3歳 男の子

 ソムサック君のお父さんは先月亡くなりました。HIVに感染しているのが分かったのは、エイズを発症してしばらくしてからで、発見が遅すぎたのです。
 お父さんは、お母さんからHIVをうつされました。そのお母さんはすでに昨年亡くなっています。
 現在、ソムサック君は、お父さんのお父さん(おじいさん)とお母さん(おばあさん)に育てられています。
 おじいさんとおばあさんは、ソムサック君のお父さんが、結婚することに反対でした。お父さんがつれてきた女の人は、数年間都会で売春をしていたからです。
 けれども、ソムサック君のお父さんが、その女性とどうしても結婚したいと言ったために、おじいさんとおばあさんも最終的には認めたのです。
 ところが、ソムサック君のお母さんは売春していたことが原因でHIVに感染していました。結婚前にはそれが分からなかったために、結婚後お父さんにも感染し、そして不幸なことにソムサック君もHIVに感染した状態で生まれてきたのです。(このようなケースがあまりにも多いために、最近この地域では結婚前に双方のHIV抗体検査が義務付けられました。)
 ソムサック君は3歳ですが、3歳児にしては身長が90センチに満たず、かなり小柄です。これはHIV感染が原因である可能性があります。
 しかし、ソムサック君の最大の特徴は、その小さな身体よりも、まったく笑顔を見せないということです。「微笑みの国」と呼ばれるように、タイの人々はよく笑みを浮かべます。けれども、ソムサック君は、終始無表情で笑顔を見せません。この原因は、HIVが直接作用しているためとは考えにくく、HIV感染が原因で、両親や親子の関係が悪化し、その結果として笑顔を見せなくなっている可能性が強いのです。
 ソムサック君のおじいさんとおばあさんは、部屋に亡くなった息子の写真を飾っています。そしてその横には、当初結婚に反対していた嫁の写真も飾っています。生前のふたりは、無邪気な笑顔を浮かべており、笑わないソムサック君とは対照的です。
 ちなみに、ソムサック君のおじいさんとおばあさんには、もうひとり息子がいますが(ソムサック君のお父さんの弟)、その息子はバンコクに出稼ぎに行き、売春婦と性交渉をもったことが原因でHIVに罹患したそうです。
 ソムサック君は定期的な通院が必要ですが、病院までの交通費がなくて困っています。

写真左から、ソムサック君の村、自宅、おじいさんとおばあさん(写真の掲載には本人の許可をいただいています。)


笑顔を見せないソムサック君と筆者。
(尚、この写真のwebsiteへの掲載には、本人、保護者から許可をいただいています。)


亡くなったソムサック君のお父さんとお母さんの生前の写真。


4 里親の必要性

 ここでは2人の子供のみを紹介しましたが、このほかにも両親をエイズで亡くし、貧困から生活がままならない子供たちがたくさんいます。
 GINAではこういった子供たちを支援していきたいと考えています。
 行政としては、医療費を無料にするなどの対策を取っており、これは評価されるべきですが、それだけでは不十分で、子供たちが他の子供とかわりなく勉強を続けるには、NPOなどによる支援が不可欠です。

 里親制度には、大きくわけてふたつの方式があります。
 ひとつは、里親(支援者)が特定の子供に対して支援するという方式です。この方式では、里親はその子供の成長ぶりをより実感できますから、里親サイドからみたときには満足度が高いかもしれません。
 けれども欠点もあります。ひとつは、何らかの事情で里親を続けられなくなったとき(実際によくあります)、突然支援が打ち切られることになり、次の里親が見つかるまでその子供の生活が不安定になってしまうということです。場合によっては学校を辞めざるを得なくなります。
 また、小額の支援ではひとりがひとりを支援することができない、という欠点もあります。
 さらに、もうひとつ重要な欠点があります。それは、里親が子供に対して愛情を持ちすぎたときに発生します。成長する子供の様子が見たくて、里親は現地に会いに行きたくなります。もしも、里親全員がその地域に行くことができればいいのですが、行く人と行かない人がいれば、「あの子の里親は来てくれたのに、私の里親は来てくれないの・・・」、という問題が起こります。また、日本からお土産を持っていったりすると、子供たちの間に不公平感が出てきます。

 里親制度のもうひとつの方式は、特定の里親(支援者)が特定の子供を支援するのではなく、趣旨に賛同した人たちがお金を出し合い、いったん合算して、その後子供たちに再分配するという方式です。この方式だと、突然支援が打ち切られたり、子供たちのあいだに不公平感が出現したりすることはありません。また、いったん合算するわけですから、小額の寄付でも受け付けられます。
 ただし欠点もあります。ひとつは、現地のコーディネーターが、公平に再分配してくれるのかどうかを確認しなければならないこと、もうひとつは、里親は特定の子供を支援しているわけではないので、個人宛の手紙などがもらえずに愛情を持ちにくいこと、です。
 
 どちらの方式にしても長所と短所があるわけですが、GINAでは後者の方式を採用しています。
 突然支援が打ち切られ、退学を余儀なくされることをどうしても避けたいというのがその最大の理由です。
 上に述べた欠点に対しては次のように対策を考えています。
 まず、GINAと提携している(あるいはこれからする)現地のコーディネーターは、GINA幹部がしっかりと面談をおこない、信頼できる人のみにしています。そのため日本語もしくは英語ができて(GINA幹部のタイ語は心許ないので・・・)、なおかつ信頼のできる組織に所属している人に限定しています。さらに、GINAスタッフが電話やFAXなどで定期的に連絡をとるようにしています。
 里親は子供から個人宛の手紙がもらえない、という問題については、個人宛の手紙の代わりに、子供たちの絵や作文をwebsiteで公開していこうと考えています。また、エイズ孤児の子供たちが、どういう気持ちを持っているのか、とか、どんな夢があるのか、といったことなどについても発表していきたいと考えています。

 皆様の力で子供たちが安心して勉強を続けることができます。勉強する意欲はあるのに、義務教育である中学も卒業することができない子供たち・・・・。

 そんな悲劇をなくすために、是非とも皆様のご協力をお願い申し上げます。

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