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GINAと共に    谷口 恭    



第 1回 06年 7月 理性では解決しない病
第 2回 06年 8月 もうひとつの少子化対策
第 3回 06年 9月 美しき同性愛
第 4回 06年10月 タイはもはや”微笑みの国”ではないの
第 5回 06年11月 アイスの恐怖
第 6回 06年12月 『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』完
第 7回 07年 1月 「風俗嬢ダイアリー」へようこそ
第 8回 07年 2月 エセNGOを排除せよ!
第 9回 07年 3月 GINAは風俗嬢を応援します!
第10回 07年 4月 HIV検査でわかる生命の尊さ
第11回 07年 5月 "Independent Sex Workers in Thailand"
第12回 07年 6月 レディボーイの苦悩
第13回 07年 7月 恐怖のCM
第14回 07年 8月 リタイア後の楽しみ
第15回 07年 9月 ”HIV陰性=OK”という誤解
第16回 07年10月 コンドームの限界(前編)
第17回 07年11月 コンドームの限界(後編)
第18回 07年12月 第21回日本エイズ学会とGINAの今後
第19回 08年 1月 美しきイサーン地方
第20回 08年 2月 医療機関でHIV検査を受ける意
第21回 08年 3月 院内感染のリスク
第22回 08年 4月 タイのHIV陽性者の苦悩
第23回 08年 5月 「HIV恐怖症」という病
第24回 08年 6月 6月20日は何の日か知っていますか? 2008年度版
第25回 08年 7月 ドラッグ天国に舞い戻ったタイ
第26回 08年 8月 HIV感染夫婦の体外受精は中止すべき
第27回 08年 9月 幼児買春と臓器移植
第28回 08年10月 「自分探し」はよくないことか
第29回 08年11月 大麻の危険性とマスコミの責任
第30回 08年12月 2008年のGINA
第31回 09年 1月 バンコク人 対 イサーン人
第32回 09年 2月 2009年タイのHIVとGINA
第33回 09年 3 私に余生はない・・・
第34回 09年 4 カリフォルニアは大麻天国?!
第35回 09年 5月 アートメイクとピアスとタトゥー
第36回 09年 6月 HIVを特別視することによる弊害 その1

 

第36回 HIVを特別視することによる弊害 その1         (2009年6月)

 




 2009年6月17日、厚生労働省のエイズ動向委員会は、2008年に新たに報告されたHIV感染者とエイズ発症者の確定値を公表しました。

 同省によりますと、HIV感染者は1,126人(2007年は1,082人)、エイズ発症者は431人(2007年は418人)で、ともに過去最多を更新しています。さらに、これらの数字は6年連続で過去最多を更新していることになります。

 6年連続過去最多、となると、「気になる人は検査にいきましょう」「HIVはもう稀な感染症ではありません」、などと言われるようになり、行政やNGOなどの団体は、HIVの検査キャンペーンなどをおこない、積極的に検査を促すようになります。

 GINAでもこれまで検査の重要性を訴えてきたつもりではありますが、では、HIVの検査を積極的にしていればそれで問題はないのか、と言えば決してそんなことはありません。

 このウェブサイトをみてメールで質問される人は少なくありませんが、それらのメールを読んだり、また私は太融寺町谷口医院で毎日のようにHIVに関する相談を患者さんから直接受けますが、患者さんの悩みを聞いたりしていると、HIVはまだまだ誤解されているんだな、と感じることがよくあります。

 今回は私が日々感じている憂うべきHIVに関する誤解についてお話したいと思います。

 なぜHIVが誤解されているのか。この答えは、HIVを特別視しすぎることにあるのではないか、と私は感じています。

 

 HIVは特別な感染症で絶対にかかってはいけない。だから少しでも可能性があるなら検査しないといけない。体液が付着していたかもしれないシーツに触れてしまった・・・、落ちているハンカチに血がついていたような気がする・・・、蚊にさされたけどこの蚊が自分の前にHIV陽性者に吸血していたら・・・。

 こういった理論的に感染しうるはずのないことでも不安から逃れられない人がいます。理論的に感染の可能性を否定できないケースで、実際の医療現場で患者さんから最もよく聞くのは次のようなことです。

 先日、(交際相手以外の人と)性交渉を持ってしまった。コンドームはしていたけど、相手の体液が自分に触れたような気がする。HIVが心配になってきた・・・。

 この場合、リスクはゼロではないかもしれません。まず、日本人というのは、コンドームはしているといっても、よく聞くと、フェラチオ(fellatio)の際にはコンドームを使用しなかったという人が非常に多いという特徴があります。(これはGINAがおこなったタイのsex workerに関する調査であきらかとなりました)

 また、クンニリングス(cunnilingus)の際に用いるデンタルダム(女性器に覆うカバーのようなもの)は日本ではほとんど売れないそうです。ということは、日本人はオーラルセックスについてはかなり無頓着ということになります。

 HIVはオーラルセックスで感染する可能性はそれほど高くありませんが、ないわけではありません。タイでは以前から、オーラルセックスの危険性が繰り返し強調されていますし、日本での症例については拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』で述べたとおりです。

 ですから、少しでもリスクのある性交渉があるならHIVの検査を受けるべき、というのは間違いではありません。

 問題はここからです。

 HIVが気になって検査を・・・という人の何割かは、ともかくHIVが気になっていて他の性感染症については驚くほど無関心なのです。B型肝炎ウイルス(以下HBV)のワクチンを打っていない人も少なくありません。

 以前にも述べましたが、HBVのワクチンを打たないでよく分かっていない相手と性的接触をもつなどというのは医療者からみれば考えられないことです。HBVはHIVと異なり、オーラルセックスでも”簡単に”感染しますし、なかにはディープキスで感染したという報告もあります。

 医療の現場では、性交渉による感染でなく患者さんの体液に触れることによる感染を危惧して様々な感染予防対策がとられています。HIVに関して言えば、たいていどこの医療機関でもマニュアルが作成され、針刺し事故など感染の危険性のある出来事があればすぐに抗HIV薬を内服することになっています。(太融寺町谷口医院にももちろんスタッフのための抗HIV薬を常備しています)

 しかし、HIV対策というのは、医療現場で感染しうる多くの感染症のなかのひとつにすぎないわけで、しかも感染力がそれほど強くないわけですから、例えば感染予防対策マニュアルの1ページ目にHIVの記載があるわけではありません。

 針刺し事故などのカテゴリーに入れられる感染症のなかで、最優先の(要するに最も感染力が強く予防を徹底しなければならない)感染症はやはりHBVでしょう。ですから、医療者は全員、医師や看護師だけでなく検査技師や事務員も、HBVのワクチン接種をおこない抗体ができていることを確認しなければならないのです。

 もしもHIV対策にのみ必死になり、命にかかわる感染症でありなおかつ感染力がHIVよりもはるかに強いHBVの対策をいい加減にしているとすれば本末転倒です。そんな医療機関はあり得ませんが、もしもあったとしたら他の医療機関から笑いものになるだけではすまないでしょう。感染症に対して無知という烙印をおされ、医療界から消されるでしょう。(というよりそんな医療機関がもしあれば患者さんに被害が出る前に今すぐに消えてもらわなければなりません)

 HBVだけではありません。感染力はHBVよりは弱いと言えますが、C型肝炎ウイルス(以下HCV)も性交渉を通しての感染はあり得ます。(私の印象で言えばHCVは男性同性愛者に多いのですが、異性愛者でもないわけではありません。HIVと同等くらいには男女間のHCV感染はあると思われます)

 また、治る病気とは言え、梅毒も侮ってはいけません。ここ数年で、いったん減少しかけていた梅毒が増加傾向にあります。そして、私の印象でいえば、圧倒的に男性同性間が多かった一昔前に比べて、確実に女性の感染者や女性から感染する男性が増えています。

 さらに言えば、クラミジアや淋病、性器ヘルペスや尖圭コンジローマなどもHIVに比べると遥かに感染力が強いわけで、そういったいつかかってもおかしくない(しかもコンドームで防ぎきれないこともある)感染症が心配にならずに、HIVのみに恐怖を感じている人に対してはどうしても違和感を覚えてしまいます。

 次回は、HIVを特別視することで生じているもうひとつの弊害についてお話いたします。


第35回 ボディメイクとピアスとタトゥー         (2009年5月




 新型インフルエンザが世間を騒がせており、私が院長をつとめる太融寺町谷口医院(旧すてらめいとクリニック)にも、少しの風邪症状だけで「インフルエンザかも?」と考えて受診する患者さんが後を絶ちませんが、ほぼ毎日のように「HIVが心配で・・・」という人も来られます。

 私は、HIV感染を心配しているという人に対して、「もしも感染しているとすれば性感染ですか、それとも血液感染ですか」と尋ねるようにしています。

 すると、圧倒的に多いのが「性感染を心配しています」という答えで、「血液感染が心配」という人は、10人中1人程度です。なかには、「血液感染ってどんなのですか?」と逆に質問される場合もあり、「HIV感染=性感染」と考えている人すらいます。

 たしかに、HIV感染、特に日本のHIV感染は圧倒的多数が性的接触によるものです。ですから、「危険な性交渉を控える」「性交渉のときにはコンドームを」などというのはHIV感染を防ぐ上では大変大切なことではあります。

 しかし、それだけでは充分ではありません。もちろん、その人がどのような行動をとっているかにもよりますが、「血液感染としてのHIV」に対する意識に乏しい人がけっこう多いようだな・・・、と私は感じています。

 HIVの血液感染で最たるものは、「違法薬物の静脈注射」です。もっとありていの言葉で言えば「針の使いまわし」です。これについては、このウェブサイトでも何度も繰り返し危険性を強調してきました。薬物常用者(ジャンキー)は、医療従事者でもない限り、薬物と同様(あるいはそれ以上に)新しい針を入手するのが困難です。そのため、何度も同じ針を使うことになりますが針は一度使えば鋭利さに乏しくなりますから、何度か使用するうちに静脈に刺しにくくなります。そのため、ジャンキーはいつも新しい針をなんとかして手に入れたいと考えています。

 そんなときに、他人が一度だけ使った針がそこにあったとすれば、まだその針には鋭利さがあり静脈に刺入しやすいと考えるわけです。これが回しうちにつながりHIVを含む感染症の原因になるというわけです。

 さて、今回お話したいのは薬物の静脈注射以外の血液感染です。多くの人にとってノーマークなのが、アートメイクとボディピアス、そしてタトゥーです。これらは、日本でおこなうよりも海外で施術をした方が安くつくこともあり、安易な気持ちで海外旅行に出掛けたときに、開放的な気分が後押しすることもあるのかもしれませんが、試してしまうという人が少なくありません。

 最近私が知り合った人(日本人女性)も、海外のある国でHIVに感染しました。その人は、いつどこでどのようにHIVに感染したのか見当もつかない、と私に話しました。外国人との性交渉はありますが、交際相手だけですし、危険な性交渉(unprotected sex)の経験もないと言います。しかし、よくよく聞いてみれば、1年ほど前に海外でアートメイクの施術を受けたことが分かりました。確証はできませんが、状況からこの人はアートメイクの施術でHIVに感染した可能性が強いのです。

 今のところ、日本のタトゥーショップやアートメイクの施術でHIVに感染したという症例は私の知る限りではありません。では、日本では安全なのかというと、そうは言い切れないと考えた方がいいでしょう。HIV感染は表に出てこないだけで実際にはありうる可能性もありますし、C型肝炎ウイルス(以下HCV)やB型肝炎ウイルス(以下HBV)などは充分にあり得ます。実際、私が診察した患者さんのなかにも日本のタトゥーショップでHCVに感染した人は何人もいます。

 興味深いことに、タトゥーなどでHCVに感染した人のなかには、HIVに対しては豊富な知識を持っている人が少なくありません。最近私が診察した患者さんのなかに、「大丈夫だとは思うけどタトゥーでHIVに感染したことを否定したいので・・・」と言ってHIV抗体検査を希望された方がいました。私は問診時にその人に、「HIVもみておいた方がいいかとは思いますが、HCVは大丈夫と言い切れますか」と質問すると、意外にもその人はHCVがタトゥーで感染するということを知りませんでした。”意外にも”と私が感じたのは、HIVに関しては充分な知識を持っていたからです。HIVに対しては知識が豊富でHCVについてはほとんど何も知らない・・・。医療者からみれば、HIVよりも感染力が(少なくとも血液感染で言えば)強く、感染者もはるかに多い(日本のHCV陽性者は200万人以上とも言われています)HCVがノーマークになっていることに大変な違和感を覚えるのです。

 私がすすめたこともあり、この人はHIVだけでなくHCVの検査もおこないました。結果は、HIVは陰性であったものの、HCVは「陽性」でした。(HBVは陰性でした)

 ここで、なぜタトゥーやアートメイクでHIVやHCV、HBVといった感染症に罹患するのかについて考えてみましょう。おそらく世界中どこのタトゥーショップに行っても、「針は使い捨てを使用しています」と答えるに違いありません。では、使い捨ての針を使っているのにもかかわらずどうして感染するのか。学術的な調査がなされたわけではありませんが、おそらく色を付けるための墨が入っている「墨つぼ」に一番の原因があるのではないかと思われます。

 感染予防対策を徹底しようと思えば、針や彫刻刀だけではなく、墨つぼも使い捨てにしなければなりません。実際に、HIVやHCVに感染している人がいることを考えると、アートメイクショップやタトゥーショップで使用されている墨つぼは客ごとに新しいものに取り替えられていない可能性があります。あるいは、墨つぼの製造過程に問題があるのかもしれません。

 さらに、針や彫刻刀、墨つぼが完全に無菌状態であったとしても、施術者がHIVやHCVに感染している場合は、感染のリスクが完全にゼロにはならないと考えるべきでしょう。また、施術をおこなう際の環境にも注意を払うべきでしょう。(医療の手術現場では、術野を完全に滅菌された状態に保ちますが、同じような環境でタトゥーやアートメイクがおこなわれているとは考えられません)

 このように述べると、タトゥーやアートメイク、ボディピアス(ボディピアスは墨を使いませんが海外のショップでは不衛生なところがあると言われています)は、感染予防上おこなってはいけないもの、と聞こえてしまいますが、こういったものが衛生上の観点からのみ語られることには問題があります。

 こういったものは芸術、あるいは文化とも言えるわけで、感染のリスクがあるからという理由だけで否定することはできません。(例えば、アンジェリーナ・ジョリーの背中に入っている虎のタトゥーは、タイの伝統的な寺で入れられています)

 医療機関の手術室でタトゥー、というのが解決策であるようにも思いますが、現実的ではありません。まずは、施術を受ける方も、施術をおこなう方も、感染症の知識を確かなものとすることが大切でしょう。正しい知識を持つ持たないで、感染症のリスクは天と地ほど変わるのですから。

参考:太融寺町谷口医院ウェブサイト メディカル・エッセィ 第16回 「タトゥーの功罪」(http://www.stellamate-clinic.org/med_esse-1.htm#16)2005年6月1日


第34回 カリフォルニアは大麻天国?!         (2009年4月


 昨年(2008年)秋ごろから、日本全国で、大麻取締法で逮捕という事件が増えてきています。いっときのように芸能人や有名人の逮捕報道は少し減少したように思われますが、代わって大量販売や栽培のニュースが増えてきているように感じます。

 今月(2009年4月)には、大阪市住之江区の住宅ビルの一棟が「大麻製造工場」として機能しており、大量の大麻が栽培されていたことが大阪府警薬物対策課によってあきらかとなりました。この「工場」では末端価格で5億円もの大麻が栽培されていたそうです。(報道は2009年4月7日の日経新聞)

 群馬県では、ベトナム人3人が住宅街の木造二階建住宅で鉢植えの大麻草約160本を栽培していたことが群馬県警の調査で発覚しました。このベトナム人らは木造の民家に通常より太い電気配線を引き込んでいたことが発覚のきっかけになっています。大麻を栽培するには適切な光、温度、水などが必要になりますから、家庭用の40から50アンペア程度の配線では充分でなく、そのため240アンペアに対応できる配線工事をしていたそうです。(報道は4月18日の読売新聞)

 さて、大麻は依存性は強くないものの、違法薬物の入り口となることが多く、大麻をきっかけに覚醒剤(もしくは麻薬)の使用、初めはアブリ、その後静脈注射、HIVを含む感染症のリスク、という話はこのウェブサイトでも何度もおこなってきました。私なりに大麻はキケンということを訴えてきたつもりですが、最近この私の考えにまったく矛盾する社会状況になりつつある地域があります。

 それは、カリフォルニアです。

 2009年4月12日のWashington Postによりますと、現在、カリフォルニア州では「医療用大麻」が、なんとほとんど誰でも簡単に入手できるようなのです!

「医療用大麻」について解説しておきます。大麻はいくらかのリラックス(鎮静)作用があります。痛みのある患者さんに対しては鎮痛作用もあると言われています。またジャンキーたちがよく言うように、大麻が食欲を亢進させるのは事実です。ですから、食欲不振や嘔気(吐き気)のある人が大麻を吸入すれば食欲がでてくることがあります。

したがって、例えば、ガンの末期で痛みがありご飯が食べられないような状況であったり、エイズの症状を発症しているような状態であったりすれば、大麻にはいくらかの症状改善を期待できると思われます。実際、ガンやエイズの末期に大麻を使用するという治療は、異論はあるものの世界のいくつかの地域でおこなわれています。

 ところが、今回Washington Postが取り上げているカリフォルニアの現実は、一応は「医療用大麻」となっていますが、記事をよく読めば、”ほとんど誰でも簡単に入手”できることがわかります。

 記事によりますと、カリフォルニアに住民票があり21歳以上であれば、医者を受診し150ドル(約1万5千円)を払って「医師の推薦状(physician's recommendation)」をもらうことができます。後は薬局で大麻を購入するのみです。

 医者を受診するのに、ガンやエイズを患っている必要はありません。眠れない、食欲がない、背中が痛い、ひざが痛い、・・・、そのような理由で医師は推薦状を書いてくれるというのです。

 薬局も大麻の調剤を収入源にしているようです。「LA Journal of Education for Medical Marijuana(医療用大麻の教育雑誌)」というタブロイド紙には、カリフォルニアで営業する400以上の薬局が扱っている「マジック・パープル」や「ストロベリー・カフ」、その他の商品の広告が、多くのページに掲載されているそうです。

 この記事を読んでぞっとしたのは私だけでしょうか。大麻の種類に「マジック・パープル」とか「ストロベリー・カフ」という親しみやすい名前が付けられ、タブロイド紙に広告が載せられているというのです。これではまるで新しく発売されたチョコレートのような扱いではないですか!

 周知のようにアメリカ合衆国という国は連邦制をとっています。連邦法もありますし、それぞれの州にも州法という法律があります。大麻に関しては、カリフォルニア州法に従って合法的に(医療用)大麻を所持できたとしても、連邦法では所持すること自体が禁止されていますから違法になります。ところが、Washington Postによりますと、今後DEA(米連邦麻薬取締局)は、(医療用)大麻に対して強制捜査をおこなわないそうです。

 カリフォルニア州がここまで大麻を受容するようになったのはなぜでしょうか。記事によりますと、ひとつには同州の財政の問題があります。関係者によりますと、カリフォルニア州全体での大麻のマーケットは140億ドル(約1兆4千億円)あり、現在1千8百万ドル(約18億円)の税収入があり、今後13億ドル(約1,300億円)にもなる見込みがあるそうです。

 ここまでくれば行政が積極的に大麻の使用を促しているようにすら感じられます。一方で、日本を含めたほとんどの国では大麻は違法なのです。オランダやインドの一部の州で大麻が合法なのは、昔からよく知られていたことでありますが、それらの地域は”例外”とみなされていると思われます。

 しかし、カリフォルニア州でもこのように事実上ほとんど誰もが大麻を入手できるようになったのであれば、大麻は本当に使用すべきでないのか、あるいは使用してもいいのか、について改めて議論すべきではないでしょうか。

 私自身の個人的意見としては大麻に反対ですが、その最大の理由は「他の危険な違法薬物の入り口となることが多いから」というものです。しかし、実際には、他の危険な違法薬物に手を出すことなく”上手に”大麻と付き合っている人が少なくないのも事実です。

このWashington Postの記事によりますと、アメリカでは1億人以上が生涯のうちに一度は大麻を経験し、2,500万人は過去1年以内に使用しているそうです。ということは、(アメリカの人口は約3億1千万人ですから)、全人口の3人に1人が生涯で一度は大麻を使用し、12人に1人は過去1年以内に使用していることになります。

 大麻を禁じている法律は世界中でいくつもありますが、実際には多くの人が大麻を使用しているのが現実で、国や地域によっては堂々と使用できるというわけです。

 いったい大麻はどれだけ医学的に有益性があるのか、また大麻を使用することによって健康被害はどれくらい起こりうるのか、依存性や中毒性については実際のところどうなのか、もしも一定のルールの下で使用可能とするのであれば、適正な使用量はどれくらいなのか、医療用として使う場合、適応となる症状や疾病はどのようにすべきなのか、「眠れない」「嘔気がする」といった確認しようのない症状を訴えた症例に対して全例処方すべきなのか、健康保険は使用可能とすべきなのか、健康保険が使えたとしても使えなかったとしても適正価格というのはどれくらいなのか、その他起こりうる問題としてどのようなことが想定されるのか、・・・。

 我々は、このようなことを世界規模で検討すべき地点にまで来ているのではないでしょうか・・・。

参考:

GINAと共に 第29回(2008年11月)「大麻の危険性とマスコミの責任」     


第33回 私に余生はない・・・          (2009年3月


 現在GINAが支援しているひとつに、タイのパヤオ県にあるエイズ患者・孤児のグループがあります。GINAの支援先は、エイズ患者さんが収容されている施設であることがほとんどなのですが、パヤオ県のHIV陽性者に関しては、施設を支援しているわけではありません。

 この地域にはエイズ患者・孤児を収容している施設というのは(私の知る限りは)なくて、地域でエイズ患者・孤児を支えています。

 そして、そういったエイズ患者・孤児を現地で支援している人たちのなかでリーダー的存在なのが、日本人である谷口巳三郎先生(以下、巳三郎先生)なのです。

 巳三郎先生については、このウェブサイトの他のところでも紹介していますが、もう一度どのような先生なのかについてお話したいと思います。

 巳三郎先生は、1923年熊本県の生まれです(今年86歳になられます)。戦中は学徒動員でジャワ戦線にも行かれたそうです。特攻隊に選ばれながらも出撃の機会がないまま終戦となりましたが、同胞が次々と死んでいったのを目の当たりにされたと言います。

 戦後、鹿児島大学農学部を卒業され、県庁や熊本県立農業大学校などで農業に従事されてきました。60歳の定年退職後、単身でタイに渡られ北部のパヤオ県で、現地の人々に農業の指導をおこないました。

 巳三郎先生も、最初は数年間の農業技術の指導をすれば、あとは現地の人たちだけでやっていけるだろうと考えられていたそうです。ところが、現在でも、まだ現地の人だけでは農産物の生産を維持していくのは困難で巳三郎先生の指導が必要とされています。

 巳三郎先生が関わったのは、農業だけにとどまりませんでした。この地域には社会的に様々な問題があります。パヤオ県の北部には山岳民族が住んでいますが、山岳民族はタイ国籍をもっていません。そして貧困という問題があります。また、貧困にあえいでいるのは山岳民族だけではありません。タイ国籍を持っているパヤオ県の県民も、ほとんどの人は貧しい生活を強いられています。タイは地理的に南北に長い土地ですが、パヤオ県のある北部は土地が貧しく、農作物がまともに育たないのです。(だからこそ、巳三郎先生の農業指導が必要なのです)

 貧困が深刻化するとどうなるか・・・。パヤオ県は地理的にゴールデントライアングル(世界的な麻薬の産地)のすぐ近くです。貧困にあえいだ若者は、違法薬物の生産・販売に手を染め出します。女性はどうしたか・・・。バンコクやプーケットといった都心部に売春をしにいきます。

 その結果、薬物の静脈注射か売買春、あるいはその両方でHIVに感染する人が急増しました。都心に売春婦として出稼ぎにいった妻からその夫に感染するケース、HIVに感染していることを知らずに出産し生まれてきた赤ちゃんがすでにHIV陽性だったというケースなどは、この地域では枚挙に暇がありません。実際、人口あたりのHIV陽性者の数は、パヤオ県は全国一なのです。

 さて、今でこそ少しはましになっていますが、90年代の半ばはエイズとは偏見に満ちた病気でした。感染者は家族から追い出されたり、地域社会にいられなかったりといった事態になり生活ができなくなってしまいます。行き場を失くした感染者たちは、巳三郎先生を頼ることになりました。

 頼まれると放っておけない巳三郎先生は、HIV陽性者のために立ち上がります。農作物を無償で与え、仕事ができる程度の体力が残っている人たちには農業を教えたり、女性であれば日本からミシンを輸入し裁縫の指導をしたりしました。(日本で中古ミシンを集め巳三郎先生に送るプロジェクトを担ったのは、熊本から巳三郎先生の活躍を支えている奥様の恭子先生です)

 GINAは、こういった巳三郎先生のHIV陽性者への取り組みに感銘を受け、巳三郎先生を通してこの地域のHIV陽性者を支援することになりました。また、タイ人のなかにも、地域のHIV陽性者やエイズ孤児を支援したいと考える人もいます。最近では、そういった支援活動をしているタイ人に対してもGINAは支援を開始しています。

 さて、その巳三郎先生が今月(2009年3月)一時的に日本に帰国されました。大変多忙な方ですから、帰国時はいつも全国各地からひっぱりだことなります。講演をされたり、様々な人と会われたりと、休んでいる時間がないほどです。今回の帰国では、西日本国際財団という財団法人から、「西日本国際財団アジア貢献賞10周年記念特別賞」という賞も授与されています。

 そんな忙しいスケジュールのなか、巳三郎先生は大阪まで来られ私に会っていただきました。お話する時間は1時間程度でしたが、最近のパヤオのHIVに関する様々なお話を聞くことができました。

 巳三郎先生によりますと、最近のパヤオのHIV情勢は、一般的なマスコミの報道とは異なり、感染者は減っていないどころかむしろ増えているような印象があるそうです。というのも、巳三郎先生は、今でも週に2回、HIV陽性者のために農作物を無償で供給されていますが、その農作物を受け取るHIV陽性者の人数が増加しているそうなのです。

 巳三郎先生は、これまで感染に気づいていなかった人がエイズを発症して初めてHIV陽性であることが判ったというケースがこの地域は依然多く、発表されている人数よりもかなり多くのHIV陽性者がいることを確信していると言われます。

 また、抗HIV薬は以前に比べると広く行き渡るようになっているそうですが、例えば、支給された薬で副作用が出てそれ以上使えなくなると、もうお手上げとなることが多いそうです。(日本なら当然別の抗HIV薬を使うことになります)

 また、抗HIV薬が支給されたとしても、エイズに伴う様々な症状に使用する薬は簡単には手に入りません。(お金があればもちろん買えますが、先にも述べたようにこの地域はタイのなかでも最貧県のひとつです)

 巳三郎先生は今年86歳です。86歳というと、普通は仕事をリタイヤして自分の好きなことをゆっくりとおこなってもいいはずです。ほとんどの人は「余生を楽しむ」ことを考えるのではないでしょうか。

 けれども、巳三郎先生は違います。『九州流』という西日本タウン銀行が発行している雑誌のインタビューで巳三郎先生はこのように答えています。

 私に余生はない。いつも人生の最前線。死ぬ時が最も輝いているというのが理想です・・・。

 




第32回 2009年のタイのHIVとGINA      (2009年2月


 タイ国内で今年新たにHIVに感染するタイ人は11,700人になることが予想される・・



 これは、タイ保健省が2009年2月11日に発表した数字で、翌日のBangkok Postが報じています。タイでは、これまでに1,127,168人のHIV感染が報告されていて、613,510人がすでに死亡しています。生存しているのは516,630人とされています。

 これらの数字を並べられても、実感としてはなかなか分かりづらいですから、今回は日本との比較で考えてみましょう。

 日本のHIV陽性者はおよそ1万5千人で、新規感染はだいたい1,500人です。日本の人口は約1億2千万人ですから、国民1万人に1.25人の割合でHIV陽性の人がいることになります。甲子園球場が満員になるとだいたい5万人ですから、満員の甲子園球場に6人ちょっとHIV陽性の人がいることになります。

 一方、タイの人口は日本の半分の約6千万人です。現在約52万人のHIV陽性の人がいるとして、およそ100人にひとりがHIV陽性ということになります。満員の甲子園球場に例えると、およそ600人がHIV陽性となります。タイは、一応は「HIV減少に成功した国」ということに世界的にはなっていますが、現在もこれだけの人がHIV陽性であるわけです。甲子園球場の例でいえば日本のおよそ100倍ということになります。

 2009年の新規感染の予想が11,700人ということですが、これは、一応は減少傾向にあります。ここ数年の新規感染を振り返ってみると、2005年が約17,000人、2006年が約15,000人、2007年は約14,000人と次第に減少していることが分かります。(2008年の公式データは現在調査中ですが現時点で信憑性の高いものは見つかっていません・・・)

 さて、新規感染について検討するときは数字だけをみていては実態がつかめません。その内容が大切です。

 タイでは、ここ数年、新規感染で最も多いのは「恋人から感染する女性」です。これには「夫から感染する妻」も含まれます。次いで多いのが(危険な性感染をおこなう)男性同性愛者です。

 今回の保健省の発表によりますと、セックスワーカーから感染する男性がさらに妻に感染させるケースが多く、売春産業が依然盛んであることが問題視されています。また金銭の伴わないカジュアルセックスでのHIV感染も増加傾向にあることが指摘されています。

 カジュアルセックスと売春について、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

 現在タイのエイズ予防委員会の議長は、「Mr.コンドーム」の異名をもつミーチャイ氏です。(氏は90年代初頭にコンドームを普及させたことで有名です) そのミーチャイ氏によりますと、新たにセックスワークを始める女性の平均年齢は16歳で、全体の44%は生徒です。

 また、ミーチャイ氏は、セックスワークだけでなく、若い世代がカジュアルセックスをおこなっていることに懸念を示しています。そして、若い世代の間で性感染症が増加していることを最も深刻な課題(gravest concern)と述べています。

 ミーチャイ氏によりますと、2007年のデータでは、何らかの性感染症に罹患した人の32%が若い世代であり、その最大の理由が「コンドームを用いないこと」です。実際、タイの若い世代の間では、実に5人に1人しかコンドームを常には使用していないというデータがあります。また、HIV関連のある組織が昨年(2008年)12月におこなった調査によると、若い世代の69%がコンドームを用いない性交渉をしています。

 さて、HIV/AIDSの対策についてみていきましょう。

 現在、タイの保健省はHIV/AIDS対策として3つのポリシーを掲げています。1つは、2011年までに新規感染を大幅に減らすこと(数値目標は報道されていません)、2つめは、国民全員がHIVの治療を受けられるようにすること、そして3つめが、感染者と家族の80%以上が社会福祉を受けられること、です。

 2つめの「国民全員がHIVの治療を受けられるように」について考えてみましょう。タイ国民健康安全委員会(National Health Security Office)の関係者によると、昨年は151,900人のHIV陽性者がHIVの治療を受けることができたそうです。

 一般に、HIVは感染しても数年間は投薬が必要ありません。HIVに感染していないときとなんら変わりなく生活することができます。ですから、この151,900人という数字からは、「治療が必要な人のどれだけが治療を受けることができているのか」は分かりません。GINAとつながりのあるタイ人もしくは現地の日本人から伝わってくる情報によりますと、全体では以前に比べてかなり治療を受けることのできる割合が増えているそうです。

 ただ、必ずしもそうではないという声もあります。

 例えば、タイのあるエイズ関連施設に携わっている人は次のように言います。

「最近は、タイでもエイズの治療が誰でも受けられるかのような報道もありますが、必ずしもそうではありません。北部の山岳民族やミャンマーやラオスからの移住者は治療を受けられませんし、タイの国籍を持っている人だって、身寄りがなかったり行政と交渉する力がなかったりすればまともな医療を受けられていないのです」

 最近は、エイズに関する偏見や差別は減少してきていますから、地域社会からHIV陽性者が追い出されるという事態は随分減ってきています。ですから、HIV陽性者を支える家族がいて地域社会に理解があれば、治療を受けることはかなりの確率で可能となってきています。(ただし、タイで一般的に使用される抗HIV薬は少し前のものが多く、日本を含めた先進国で使用されている新しい薬剤が安く買えるわけではありません)

 しかしながら、この関係者が言うように、身寄りのない者やタイ国籍を持っていない人にとっては、治療に必要な薬を入手するのがかなり困難なのです。

 それに、薬があればいいというわけではありません。抗HIV薬が必要となっている人の何割かは、身体や精神の不調を訴えることがしばしばあります。社会的な様々なトラブルも耐えません。そんなとき、誰がどのようにサポートするんだ、という問題があります。

 2009年のGINAは、新聞報道からは見えてこないタイのHIV陽性者の苦悩に取り組んでいきたいと考えています。ミッション・ステイトメントにもあるように、「草の根レベル(grass roots)の支援」を徹底するつもりです。





第31回 バンコク人 対 イサーン人            (2009年1月


 年末年始にタイに行っていたのですが、半年も前に予約を入れてあった便が急遽なくなったかと思うと、また復活となったりして、直前までどの便でいけるのかどうかが分かりませんでした。これは、PAD(The Peoples' Alliance for Democracy)が12月初旬にスワンナプーム空港を占拠したことが原因で、空港閉鎖が解除された後も治安の不安定さを懸念する動きもあり、旅行者が減ったことにより各航空会社が便を減らしていたからです。

 結局私は、当初の便を変更することとなり、12月29日の午前に関西国際空港を発ちました。行きの機内のなかでBangkok Post(タイの英字新聞)を手に取ると、一面にはUOD(United Front of Democracy against Dictatorship)が国会議事堂の前で座り込みをしているというニュースが大々的に取り上げられていました。

 ここで、PADとUODについて説明しておきます。

 分かりやすく説明すれば、PADとは反タクシン派の市民団体のことです。そして、UODとは親タクシン派の市民団体です。

 タクシンについて少し解説をしておきます。タクシン・シナワット(チナワット)はタイ愛国党の党首で2001年に首相となりました。それまでの首相とは異なり、北タイ及びイサーン地方(東北地方)の生活レベルの向上を実現させました。生活レベルの向上、というと何やら高尚なことをおこなったように聞こえますが、分かりやすく言えば大量の公的資金を北タイとイサーン地方に投入したのです。もっと端的に言えば北タイとイサーンにお金をばらまいたわけです。北タイはタクシンの出身地で当然といえば当然かもしれませんが、イサーンを手厚くしたのは画期的だったといえます。

 タイに渡航する日本人は年間100万人を超えますが、多くはバンコク、チェンマイなどの北タイ、プーケットやクラビーなどの南タイを訪問する人が多いと思います。一方、観光地と言えるところがそれほど多くないイサーン地方に好んで訪れる人はそう多くはないでしょう。しかし、人口比率でみるとイサーンの人口はタイ人全体のおよそ3分の1に相当します。北タイが約2割ですから、北タイとイサーンで支持を得れば国民の過半数の支持が得られることになります。北タイとイサーンで絶対的な支持を得たタクシン政権は選挙では圧倒的な力をもつことになりました。

 ところが、タクシンはバンコク人からはあまり好意的には見られていませんでした。その最たる理由が脱税です。タクシン一族の所有する携帯電話の会社(シン・コーポレーション)をシンガポールの政府系企業に売却した際、税金を不当に低くしたとのことで批判をあびました。このことがきっかけでタクシン一族は、様々な脱税をおこなっていることを疑われ、これが原因となり、2006年9月19日にクーデターが起こりタクシンは失脚することになります。

 タクシンを嫌うのはバンコク人だけではありません。タイに在住する西洋人からも好意的には思われていませんでした。実際私は親タクシン派の西洋人とは出会ったことがありません。これは、不正を悪と考える西洋資本主義的発想を持ち合わせている人からみれば当然なのかもしれません。

 ここで私自身の考えを述べておくと、私は多くのバンコク人や西洋人とは異なり、タクシンをどちらかといえば好意的に思っています。その最たる理由は、売春施設の取り締まりやナイトスポットの深夜営業禁止をおこない、さらに違法薬物の取り締まりを徹底的におこなったことです。違法薬物の取り締まりは冤罪で射殺された人が数千人にも上るとの噂もあり、もちろんこれは問題ではありますが、それでも、これらの政策によりタイは随分クリーンな国になりました。違法薬物に依存しているジャンキーたちはタイを去り、児童買春目当ての西洋人(日本人も)は他国に移動したと言われています。

 北タイやイサーンに手厚い政策を施したことも、私がタクシンを好意的に感じている理由のひとつです。特に北タイでは生活水準が大きく上昇し、タクシン政権以前には小学校しか卒業していない若者が大勢いましたが、タクシンの政策のおかげで、今では高校に通うことが当たり前になりつつあります。

 イサーンでは、まだ高校進学は一般的ではありませんが、家族を助けるために売春をしなければならない10代の女子は大きく減少していますし、違法薬物の売買で生計をたてざるを得ないような男子もかなり減っています。(とはいえ、今でも仕事がなく貧困にあえいでいる人たちが大勢いますが・・・)

 さて、タクシンが失脚することとなったクーデター以降、タイの首相は、スラユット、サマック、ソムチャイと続きますがいずれも親タクシン派(タイ愛国党派)です。いくら反タクシン派の運動が首都バンコクで起こったとしても、ほとんどが親タクシン派で占める北タイとイサーンの支持が得られないわけですから当然と言えば当然でしょう。

 これに業を煮やしたPADは、ついにスワンナプーム空港占拠という暴挙にでます。このため、行政側としてもPADの要求を認めざるを得ず、2008年12月15日、反タクシン派のアピシットが首相となります。

 ところが、親タクシン派はこれに黙っていませんでした。UODを結成し、今度は国会議事堂前の座り込みなどをおこないアピシット政権に抗議活動をおこなうこととなりました。

 以上、PADとUODの行動の流れを簡単におさらいしましたが、タイ人と話をすると、PAD対UODは、そのままバンコク人対イサーン人の構図であるように思われます。実際、バンコク人とイサーン人が仲良くしている光景を私はほとんど見たことがありません。少し仲良くなると話してくれますが、バンコク人はイサーン人を「キーギアット(怠け者)」と言い、イサーン人はバンコク人のことを「ニサイ・マイ・ディー(性格が悪い)」と、互いを中傷するようなことを言います。また、バンコク人とイサーン人では民族の系統が違い、イサーン人は肌の色が黒く鼻が低いため、白い肌に価値が置かれるタイではあまり美しいとされません。このためイサーン人のなかにはバンコク人にコンプレックスを持っている人も少なくありません。

 私自身は、タイという国に対してはHIV/AIDSの問題で深く関わっていますから、イサーン人の立場に立って物事を考えることがよくあります。貧困だから売春や違法薬物の売買をせざるを得ず、結果としてHIVに感染した人たちは大勢いますが、彼(彼女)らは、私には怠け者(キー・ギアット)とは思えません。土地が貧しくて農作物もろくに育たないところで育ち小学校さえ卒業するのがむつかしい彼(彼女)たちにはまともな仕事がないのです。これは、先進国の若者が「不況で仕事がない」というのとはレベルが違うのです。

 私はときどきタイ人と政治の話をしますが(タイ人は比較的政治の話が好きです)、タクシンの話になると口調を荒くして、いかにタクシンがすばらしいかを熱弁するイサーン人にときどき出会います。彼(彼女)らは理性をなくしているというか、狂信的にタクシンを擁護します。こういう状態になると、もはやまともな会話にはなりませんから私は黙ってうなずくしかないのですが、彼(彼女)らの気持ちが分からないでもありません。反タクシン派に政治をやらせれば以前のような貧困が待っているかもしれないのですから。

 PADとUODの対立は、自民党と民主党の対立とはわけが違います。どちらが勢力をもつかで彼(彼女)らの生活に天と地ほどの差ができるかもしれないのです。

注:イサーンはタイ語の発音では「イーサーン」とする方が正しいと思われますが、なぜか出版物の多くは「イサーン」となっていますので、ここでも「イサーン」としています。




第30回 2008年のGINA      (2008年12月)


 私はGINAの代表を務める傍ら、2006年12月からはクリニックの院長を務めています。クリニックを開院させてからタイに渡航できる機会がめっきり減ってしまいました。

これはクリニック開院前から想像していたとおりではあるのですが、やはりタイに渡航できず、エイズ患者さんや、患者さんを日ごろケアしている施設のスタッフに長期間会えないのはさみしい気持ちになります。

 クリニック開院の前の1年間は、トータルで60日くらいタイに滞在できましたから、多くの患者さんやスタッフに何度も会うことができていました。2005年から2006年にかけては、タイのindependent sex workerの意識調査をおこない、これはかなり大変だったのですが今ではいい思い出です。(この結果は、2007年の第21回日本エイズ学会、及び第15回国際女性心身医療学会で学会発表しています) 

また、タイのエイズ研究者と合同で調査をおこなったこともありましたし、エイズ問題に取り組むタイの大学院生と日タイの違いを語り合ったこともありました。その頃の活動に比べると、今年のGINAの活動はずいぶんと間接的なものになっています。

 実際、私自身はタイに渡航してGINA関連の仕事をすることがまったくできませんでした。別のスタッフは何度か渡航し、北タイのエイズ事情について新しい情報も仕入れ、その一部は11月におこなわれた日本エイズ学会でも発表しています。(私自身は昨年は日本エイズ学会で発表をおこないましたが、今年はクリニックの都合で学会に参加することすらできませんでした)

 私自身はタイに渡航できなかったのですが、タイへの支援はもちろん継続しています。今年は、特に北タイの支援に力を入れました。パヤオ県で、「21世紀農場」を運営し、同地区のエイズ患者さんのために力を注いでおられる谷口巳三郎先生(以下、巳三郎先生)の活動に対しては特に積極的に支援するかたちとなりました。

「21世紀農場」では、パヤオの貧しい人たちに農業を伝えて、自立できるような支援がおこなわれています。パヤオ県は土地が貧しく、定期的な収入が得られる農作物がほとんどありません。80年代初頭にこのパヤオ県にやってきた巳三郎先生は、そんな土地でも栽培することのできる農作物を見つけ、日本式の農作業の方式を伝授することによって、パヤオ県のこの地域に住む人たちが自立できるように支援をおこなっているのです。

 巳三郎先生は、北タイの山岳民族の支援にも力を入れています。

山岳民族の子供たちは、学校に通うことができません。なぜなら山岳部には学校がないからです。

ですから、山岳地帯に生まれた山岳民族の子供たちが文字を覚えて勉強するには、パヤオ県やチェンライ県、チェンマイ県といった、タイ北部の町の学校に通わなくてはならないのです。そして、山岳地帯から通うことはできませんから寮に入らなければならないのですが、タイという国は福祉に乏しいですから、行政が寮を用意してくれるわけではありません。寮がないならつくるしかない! というわけで巳三郎先生が中心となり、日本から寄附金を集めていくつかの寮がつくられ運営されているのです。

 パヤオ県というところは、人口あたりのHIV陽性者の数がタイのすべての県のなかで群を抜いてトップです。2006年のデータで言えば、人口10万人あたりのHIV陽性者が32.8人です。2位はペチャブーン県の14.5人ですからいかにパヤオ県でのHIV感染が蔓延しているかが分かります。参考までに、首都バンコクは人口10万人あたり10.4人です。

 これだけ、HIV陽性者が多い最大の理由が「貧困」です。農作物がろくに育たずに特に産業もないパヤオ県では、若い女性は都会に出稼ぎにいきます。そしてその何割かは「売春」でお金を稼ぎます。売春でHIVに感染し、故郷のパヤオに帰ってきて、故郷の恋人に感染させて、さらに母子感染で・・・、というケースがこの地域では多いのです。

 山岳民族の場合は、アヘンを中心とした違法薬物の栽培・売買で生活をしている人が少なくありません。一時はタクシン政権の強力な薬物対策の下で、薬物に手を出す者が減りましたが、最近になって山岳民族の薬物生産量が増えていることが判ってきました。そして、薬物に関与するようになると静脈注射に手を出すようになり、HIV感染のリスクが増えます。

 巳三郎先生は、パヤオ県に20年以上も住んでこの地域のHIV感染の広がりを見てきています。このパヤオ県になんとか産業を繁栄させて、新たなHIV感染者を防ぎ、すでに感染している人々についても自立・自活ができるように日々努めています。

 今年、GINAはパヤオ県に森林をつくるプロジェクトにも参加しました。

パヤオ県は、農作物はもちろん、他の草木も育ちにくい赤土が広がる荒地といった感じの土地で、日本の森林のような美しい情景がほとんどありません。

その貧しい土地に木を植えてきれいな森をつくるプロジェクトが巳三郎先生の下で発足し、GINAも協力したというわけです。

森がつくられるのは美しい情景が得られるだけではありません。

水害が減り、農作物を栽培しやすくなり、また動物が住みやすい環境ができます。その結果、パヤオ県の人々の生活が安定するというわけです。GINAが協力してできる森は「GINAの森」という名前が付けられる予定です。「GINAの森」は近いうちにこのウェブサイトで紹介したいと思います。


 GINAの活動はタイへの支援活動だけではありません。日本国内で講演などを通してHIVやAIDSに関する正しい知識を伝え、依然として存在する偏見やスティグマと戦っていくこともGINAのミッションであります。


 この点では、2008年のGINAは大きく飛躍したといえるかもしれません。私自身は、学校や市民団体から何度か講演の依頼を受け、HIVの知識を伝えてきました。私以外にも、たとえばちょふは、いくつもの学校で講演をおこないましたし、マスコミの取材も積極的に受けています。現在はラジオやテレビ出演も検討しているところです。

 2009年になっても、私自身がタイに行くことはできない可能性が強いのですが、それならば日本国内での活動を広げていきたいと思います。


 というわけで、皆様、来年もよろしくお願いいたします。





第29回 大麻の危険性とマスコミの責任     (2008年11月)


 ここのところ「大麻取締法で逮捕」という新聞記事をよく目にします。

 同志社大学の女子学生、関西学院大学を中退した元学生が大麻取締法で逮捕され報道されだしたあたりから、次々と同じような事件がマスコミをにぎわせています。

 慶応大学ではキャンパス内で大麻の取引があったことが発覚し、鹿児島県では高2の男子生徒が自宅で大麻を栽培していたことが判りました。

 富山県では河川敷で大麻を栽培していた夫婦が逮捕されたかと思えば、佐賀県では17歳の男子が大麻保持で逮捕・・・、と新聞の隅の方まで読めばいくらでもでてきそうです。

 有名人でも逮捕者が相次いでいます。10月に加勢大周氏が大麻栽培で逮捕され(加勢氏は覚醒剤取締法でも逮捕されています)、その後プロの格闘家やプロテニスプレーヤーも逮捕されています。

 実は、大麻で逮捕される者のなかには医師や歯科医師もいます。医道審議会といって罪を犯した医師・歯科医師の処分を決定する行政機関があるのですが、その医道審議会が発表する「医師・歯科医師の処分リスト」のなかには、毎年必ず、大麻取締法で逮捕された医師・歯科医師が入っています。

 つい先日(11月20日)も、大阪歯科大学附属病院の歯科医師が車に大麻を隠し持っていたことが、パトロール中の警察官の職務質問で発覚しています。

 さらに驚くべき事件は、渋谷区の歯科クリニックで、クリニックの院長(48歳男性)が通院していた患者(20歳女性)と一緒に大麻を吸引していたというものです。実際にこんなことがあり得るのか・・・、大衆週刊誌のガセネタではないのか・・・、と思ってしまいますが警視庁が発表し共同通信が報道していますから事実なのでしょう。

 さて、大麻擁護者たちがよく言うセリフに、「大麻は身体に悪くない。タバコの方が依存性があってずっと害になる。実際、オランダやインドの一部の州では合法じゃないか」というものがあります。

 今回はこれについて検証していきたいと思います。まず、大麻は身体にどれくらいの害を与えるかについてですが、たしかに教科書的には大麻は「依存性は低い」とされています。タバコ(ニコチン)の方が、はるかに依存性が強いのは自明です。

 オランダやインドの一部の州で大麻が合法なのは有名で、大麻目的でこれらの地域に旅行する人も少なくないと言われています。(ただし、インドでは外国人が大麻を吸えば違法になるはずです。実際には、外国人が大麻で逮捕されることはほとんどないようですが・・・)

 また、カンボジアでは大麻が伝統料理に使われることもあり、吸引する大麻は大変安く、「タバコを買う金のない貧乏人が大麻を吸う」と言われることもあるそうです。

 伝統料理に使われるんだったら、一概に「大麻=悪」とは言えないんじゃないの・・・。そのように感じる人もいるでしょう。

 では、実際に大麻を吸うとどのような快楽が得られるのでしょうか。(もちろん私は経験がありませんが)、視覚や聴覚が鋭敏になるとされています。例えば、音楽が身体の奥に染み入るように聞こえ、雲のかたちが動物に見えたり天井のシミが虫に見えたり(これをパレイドリアと呼びます)、といった感じになります。80年代後半に公開された『レスザンゼロ』という映画では、白いはずの壁が、シーンによってはピンクや紫のモヤがかかったようになっていました。これは、実際に大麻を吸ったときに見えるような光景をつくっているそうです。

 アルコールは依存症になると社会生活が営めなくなることもありますし、ニコチン依存症は心筋梗塞や肺がんの原因になります。覚醒剤や麻薬が身を滅ぼすのは自明でしょう。

 では、なぜ大麻が「悪」なのでしょうか。実は、私自身もこの答えについては”本質的には”よく分かりません。大麻が悪なのは法律で禁じられているからです。では、なぜ法律で禁じられているかというと、おそらく国民の大半がこんなことをすれば、誰も働かなくなり国家が存続できなくなるからかな・・・、という推測くらいしか私にはできません。

 ただし、本質的には分からない私も、「大麻=悪」と言い切れる理由を知っています。それは、大麻が違法薬物の入り口になることがまったく珍しくない、というものです。「大麻はタバコよりも安全なんだよ」とか言われて大麻を吸いだしたという若い人がいますが、売人は初心者に対して、大麻の「敷居の低さ」を訴えかけます。ここで大麻だけで済めば、ある意味では”軽症”かもしれません。(ただしこの時点ですでに法律はおかしています)

 ここからが“本質的に”問題です。違法薬物の「先輩たち」、あるいは売人は、大麻以上の薬物をすすめるようになります。覚醒剤やMDMA(エクスタシー)がメジャーなところですが、最近は実際には危険性の強い様々な「合法ドラッグ」が普及しています。ここまでくれば身を滅ぼす可能性が一気に上昇します。そして、ここまで来た人のいくらかは静脈注射に手を出します。こうなれば社会的に身を滅ぼす以外にも感染症の可能性がでてきます。(私はこのパターンでHIVに感染した多くのタイ人をみてきました)

 大麻は確かに吸ってはいけないものです。しかし、それ以上の薬物はもっともっと危険なのです。このことはもっともっと強調されなければならないと私は考えています。

 実際に大麻取締法と覚醒剤取締法、さらに麻薬取締法では罪の重さが違うのですが、なぜか一部のマスコミの報道はこのあたりが非常にあいまいになっています。例えば、最近放映されたある民法番組では、大麻の氾濫が取り上げられていましたが、テロップには、なんと「麻薬に汚染される若者たち」と書かれていたのです!

 これでは、大麻と麻薬が同じようなものというイメージを視聴者に与えかねません。もしも、心のどこかで大麻と麻薬、あるいは覚醒剤が同じようなカテゴリーに入ってしまっていると、大麻を吸ってしまったときに、覚醒剤や麻薬への敷居が低くなってしまうのではないかと思われます。

 しかし、そうではないのです。他人を殴るのは列記とした罪ですが、殴り殺せば罪のレベルがまったく異なります。大麻と麻薬・覚醒剤についても同じことが言えるのではないでしょうか。

 マスコミには、大麻の危険性を訴えるのと同時に、覚醒剤や麻薬が大麻とは比べ物にならないくらいに危険であることをしっかりと報道していもらいたいものです。





第28回 「自分探し」はよくないことか   (2008年10月)


 前回も取り上げた映画『闇の子供たち』のなかで、ジャーナリストの清水哲夫(豊原功補)が、タイのNGOで働く音羽恵子(宮崎あおい)に、「なぜタイなんだ。どうせ自分探しなんだろ」と、こけおろすように尋問するシーンがあります。音羽恵子は、「そんなんじゃありません!」とむきになって反論しますが、私がこのシーンを見たときは、「そうそう、こういう若者って自分探しのためにタイに来てるよなぁ・・・」というものでした。

 また、他人の目をみてしゃべることのできないカメラマン与田博明(妻夫木聡)に対しても、「こういう自分探しのヤツもいるよなぁ・・・」と感じました。

 私はこれまでタイの様々なところで、自分探しをしている若者と会ってきました。なかには好感のもてるタイプもいますが、そうでない若者もいます。好感のもてるタイプというのは、やはり音羽恵子のように、始めから目的を持ってタイに来ているような場合です。

 音羽恵子は東京の大学で福祉を学び、タイの大学に短期留学もしています。タイでは、社会福祉センターでもあるNGOの「バーンウンアイラック(愛あふれる家)」にボランティアとしてやってきて、学校に行けない子供たちの世話をしています。

 目的をもっているのに、なぜ自分探しをしているように見えるのか・・・。これは、おそらく音羽恵子のようにはっきりとした意思をもっている者は少数で、タイに来ている若者の多くが「なんとなくタイに来てしまって・・・」というような印象を(私に)与えるからだと思います。

 映画は進行するにつれて、音羽恵子が子供たちのために真剣に尽くすシーンが増えてきます。おそらく映画を最後まで見て、音羽恵子が「単なる自分探しの若者ではない」と感じない人はいないでしょう。

 一方で、タイには「単なる自分探し」としか思えないような日本人の若者がたくさんいます。なかには「自分探しのためにタイにやって来ました!」と答える者もいます。

『闇の子供たち』を見て、「自分探し」について思いを巡らせていて、ふと気がついたことがあります。それは、「もしかして私がタイのエイズ問題に関わったのも自分探しなのではなかったか・・・」ということです。

 私は医学部の学生の頃、ある本で世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺のことを知り、いつか訪問したいという強い希望をもっていました。エイズには元々関心がありましたし、タイでは大勢の患者さんが差別に合い、行き場を失ってそのホスピスに収容されていると聞いていたからです。私が大好きな国タイで「そんな差別があってもいいのか・・・」という思いもありました。そしてパバナプ寺訪問が実現したのが2002年、医師1年目の夏休みです。

 当時のパバナプ寺(というかタイ全体)では、まだ抗HIV薬というものがなく、ホスピスに収容されている人たちは「死」を待つしかありませんでした。なにしろ1日に何人ものエイズ末期の人が亡くなるのです。

 2002年の夏、私はそのパバナプ寺でひとりの患者さんであるノイ(仮名)と出会いました。ノイは自分の夫からHIVをうつされ、その夫はすでに他界しています。ノイは家族からも地域社会からも追い出され、行き場を失ってパバナプ寺にたどりついたのです。

 ノイがパバナプ寺にやってきたときは、失望しかありませんでした。1、2年のうちに死ぬことはほぼ確実なのです。すでにノイの皮膚にはエイズ特有の皮疹がでていました。同じような皮膚症状のある人が毎日何人も死んでいくのを目の当たりにしているのです。このような状態で「生きる希望を持て!」などと言う方がおかしいのです。

 しかしノイは、食事ができなくなりやせ細り死を直前にしている患者さんに対して話をするようになりました。自分にできることは何もないけれど、死を待つしかない人の話し相手にくらいはなれると思ったのです。

 やがて、ノイは元気を取り戻しました。皮膚症状がすでに出現していますがまだ食欲はありますし、簡単な軽作業ならおこなえます。

 私がパバナプ寺を訪問したとき、ノイは米を袋に入れる作業をしていました。私が挨拶をするとノイはにっこりと笑って、生い立ちを聞かせてくれました。そして、今はこの作業ができて楽しいと言います。この仕事をするようになってこんなに力がついたのよ、と言って右腕の力こぶを見せてくれたのです。

 私はこのときのノイの笑顔を忘れることができません。力こぶをつくっているノイは、もうすぐ夫の元に旅立つことを知っているのです。

 2004年の夏、今度は長期の休暇をとって私は再びパバナプ寺にやってきました。そのときに私が真っ先にしたことは、あのノイの笑顔を探すことでした。しかし・・・、ノイはすでに帰らぬ人となっていました。

 2回目となる2004年の訪問の目的は、単なる見学ではなく、長期にわたりパバナプ寺で医師としてボランティアをおこなうことです。すでに私は2年間の研修医生活を終えていましたから、少しくらいは患者さんの役に立てるはずです。

 パバナプ寺にはアメリカ人のボランティア医師もいました。その医師はエイズ専門医ではなく、どんな疾患もみるプライマリケア医だと言います。そういえば、2002年に私がパバナプ寺を訪問したときに治療をしていたボランティア医師もプライマリケア医だと言っていました。

 2人の西洋人のプライマリケア医の活躍をみた私は、ひとつの決断をしました。それは、自分もプライマリケア医を目指そう、という決断です。エイズ専門医のように、抗HIV薬の投薬を中心にケアする医師よりも、実際の現場でそれぞれの患者さんに耳を傾け、その患者さんの求めていることに応えられる医師になりたいと考えたのです。

 タイから帰国後、私は母校の大学病院の総合診療科の門をたたきました。そして、総合診療医(=プライマリケア医=家庭医)を目指すことにしたのです。

 私が2002年に初めてパバナプ寺を訪問したときは、自分が「自分探し」をしているとはまったく思っていませんでした。しかし、後になって考えてみると、ノイとの出会い、2人のプライマリケア医との出会いを通して、自分の道が決まったような気がします。私は、タイで「自分」を見つけてしまったのです!

『闇の子供たち』を見て、こんなことを考えていると、それまであまり好感を持っていなかったタイによくいる「自分探し」の若者を突然応援したくなってきました。

「自分探し」の旅にでてもかまわないのです! 始めから「自分」が分かっている人なんていないのですから!

 




第27回 幼児買春と臓器移植  (2008年9月)


 2008年9月23日に開幕したバンコク国際映画祭には、当初、日本の作品『闇の子供たち』が上映される予定でしたが突然中止となりました。

 一部のマスコミの報道によりますと、映画祭が始まる数日前に、この映画監督の阪本順治氏に上映禁止の通知が届いたそうです。バンコク国際映画祭の主催者であるタイ国政府観光庁の関係者が「観光地タイをアピールする映画祭にふさわしくない」との判断をしたとされています。

『闇の子供たち』は、梁石日氏(ヤンソギル)氏の原作をもとに阪本監督が製作したタイの裏社会を舞台とした映画で、幼児買春や臓器移植を露骨に表現しており、また日本の一流の俳優を多数起用していることから(江口洋介、佐藤浩市、豊原功補、宮崎あおい、妻夫木聡など)かなり話題を呼んでいました。(しかし上映はなぜか「単館系」でした・・・)

 GINAでは以前から、タイの幼児買春をなんどか取り上げていたこともあり、この映画を観た人から意見を求められることがありました。『闇の子供たち』で問題提起されているテーマは主に2つあります。1つは(生きている子供の)臓器移植、もうひとつは幼児買春です。

 臓器移植からみていきましょう。まず、本当にこんなことがタイではあるのか、という疑問です。たしかに、タイでは戸籍のない子供も多く、山岳民族やミャンマーの子供たちが売買されているのは事実です。冒頭のシーンにあったような、人身売買のブローカーが北部や山岳民族を訪れて小さな子供を親から買っているという現実は間違いありません。

 しかしながら、子供の臓器が売買されているかというと(しかも生きた子供の心臓を取り出すようなことがあるかというと)、これは疑問に思えます。私の知る限り、日本の子供がタイで(心臓だけでなく)臓器の移植を受けたという事実はありません。

 そもそも心臓移植をおこなおうと思えば、高度な設備が不可欠となり、少なくとも3人の執刀医、複数の看護師、それに人工心肺を動かす技師が必要となります。つまり、生きたまま心臓を取り出そうなどと考える医師が仮にいたとしても(いるとは思えませんが)、複数の医療従事者と病院がグルにならなければこのような移植手術をおこなうことはできないのです。

 臓器移植がさかんにおこなわれているのは、タイよりもフィリピンと中国です。特にフィリピンでは多くの日本人が生体腎移植を受けています。腎臓は心臓と異なり、2つありますから生きたままの状態で1つの腎臓を取り出しても命に別状はありません。フィリピンは、臓器移植に関してはかなり積極的な国で、死刑囚が臓器を有償で提供しています。これは倫理上の問題がもちろんありますが”合法”です。

 では、フィリピンでおこなわれている臓器移植がすべて合法かというと、そうでもなさそうです。これはあくまでも”噂”ですが、『闇の子供たち』にあったような人身売買された子供の腎臓が摘出されているという噂があります。また、数年前に肝硬変を患った日本の有名プロレスラーが、フィリピンで生体肝移植を受け、肝臓の一部を提供したフィリピンの若い男性が術後に亡くなったという報道もありました。(ただし、そのフィリピンでも心臓の売買があるとはとうてい思えません・・・)

 タイでも、もしかすると腎臓くらいなら違法に子供の臓器を摘出するということがあるかもしれませんが、映画(及び原作)にあったような生きたまま子供の心臓を取り出すということはやはりあり得ないと考えるべきでしょう。

 それでは、『闇の子供たち』で取り上げられた人身売買と幼児買春についてはどうかというと、これはおそらく”ありのまま”だと思われます。

 映画のシーンにあったような、白人男性が子供(男の子でも女の子でも)を買って性的虐待をおこなっているのは間違いない事実です。(実際、タイの現地新聞ではパタヤやバンコクでのこのような事件がときどき報道されています)

 白人のカップル(原作ではレズビアンのアメリカ人カップル)がタイ人の9歳くらいの男の子のペニスを勃起させるために、ホルモン剤(実際には「ホルモン剤」というよりも「血管拡張剤」が正しいと思われます。原作にはプロスタグランジンとあります)を注射して、その副作用で男の子が死亡するシーンは、この映画で最もインパクトのあるシーンのひとつですが、このあたりもタイの裏社会をよく知る人なら「ありえるだろう・・・」と感じていると思われます。

 また、日本人のオタク風のメガネをかけた男性が、まだ処女の7歳くらいの女の子(センラーちゃん)を売春宿から買って(スーツケースに入れて持ち帰り)、ホテルでビデオ撮影をしながら虐待していくシーンも、「充分にありえるだろう・・・」と思われます。

 さて、GINAはこのウェブサイトを通して“売買春のむつかしさ”を訴えてきました。最初は客と売春婦の関係でもそれが恋愛や結婚に発展するケースは決して珍しくありませんし(幸せな恋愛中の二人を誰が非難できるでしょう・・・)、日本人の女性がタイのゴーゴーボーイに恋している姿は、非難すべきというよりもむしろ”微笑ましく”私には感じられます。

 しかしながら、買春の相手が「子供」となると話がまったく異なります。幼児愛(pedophilia)は絶対に許されるものではありません。幼児愛者(pedophiliac)に対しては、衝動を抑えられないなら社会から”隔離”されるしかないと私は考えています。

 もちろん世論の大多数が「幼児愛は絶対に許すべきでない」と考えていますから、最近では世界的に、幼児買春施設は随分と減ってきています。一時世界中の幼児愛者が集まってきたと言われているカンボジアのスワイパー村では、まだ生理も始まっていないくらいの年齢の女の子(男の子も)がわずか1ドルで売買されていたと言われています。このスワイパー村も、国連やNGOなどの活動で、幼児買春は最近ではほとんどなくなっているそうです。

 タイもタクシン政権の頃には、かなり幼児買春がなくなったとされていましたが、最近になってにわかに増えているのではないかとの”噂”もあります。これはタイの経済発展も影響して、ミャンマーやカンボジア、ラオスなどの近隣国から難民が大量に入国していることと関係があります。戸籍もなく生きていくためのお金もない子供たちが、悪質なブローカーに買われているのです。そして、ドラッグや売買春に対して再び規制が緩くなったタイに、世界中の幼児愛者が流入してきているのではないかと思われます。

映画『闇の子供たち』のラストシーンは、少し後味が悪いのですが、このラストシーンによってストーリーが上手くまとめられているように思えます。(このシーンは原作にはありません)

 タイの実情を知りたい人、幼児愛や売買春といった問題に興味のある人、貧困から学校に通えないような子供について知りたい人などは、一度観てみることをおすすめします。


参考:

(タイの買春宿の実態については)「南タイの売春事情」

(日本人女性がタイ男性を買っている実態については)「魅惑のゴーゴーボーイ」

(フィリピンの臓器移植については)「臓器売買の医師の責任(後半)*すてらめいとクリニックサイト

 


第26回 HIV感染夫婦の体外受精は中止すべきか  (2008年8月)


 2007年1月に「GINAニュース」で、東京の荻窪病院で共にHIVに感染している夫婦に対する体外受精が倫理委員会で承認されたというニュースをお届けしました。
(2007年1月11日「東京の病院でHIV陽性夫婦が体外受精実施」)

 しかしながら、この承認に対し、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」との理由でストップがかけられ現在中断していることが先月わかりました。(2007年7月20日の毎日新聞)

 まずはこの経緯を振り返りたいと思います。

 荻窪病院では、精子からHIVを取り除く方法を開発し、夫のみが感染している夫婦に対し体外受精をおこない、これまでに65人の子供が誕生しています。母子ともにHIVが感染した例は1例もありません。

   

 同病院では、厚生労働省研究班の研究事業として、この方法を共にHIVに感染している2組の夫婦にも適用することを検討してきました。同院の倫理委員会でこの2組に体外受精を実施することが決定されたのですが、厚生労働省が中断を要請してきました。その最大の理由は、「子供が成長する前に両親が亡くなる可能性があるから」というものでしょう。 

 薬害エイズ被害者らでつくられている「はばたき福祉事業団」は、この件に関して、「一番大切なことは新たな悲劇を作らないこと。感染した場合の責任についての議論が必要。また、社会的援護も必要になる。もし実施するとしても広くコンセンサスを得ながら進めるべきだ」と述べています。

 また、2004年に欧州連合などの専門医らで構成される特別委員会は、「少なくとも片方の親が子供の成人まで養育すべきだ」との見解を発表し、生殖補助医療(体外受精)は片方の親が感染している場合のみに限るように勧告しています。

 しかし、この勧告に対しては、英国の研究者が、「感染者の予後は同じではない。(認めないことは)希望するカップルの生活の質を低下させる」と反論し、海外でも一定のコンセンサスは得られていません。

 これらをまとめると、HIV感染夫婦の体外受精について、賛成派は「子供を欲する権利は厚生労働省らの勧告で踏みにじられるべきではない」という考えで、反対派は「万一両親が死亡した場合、その子供は誰が育て支援していくのか」と主張しています。

 日本ではHIVの母子感染はそれほど多くないものの、海外では珍しいことではなく、タイでは現在でも母子感染でHIVに感染する子供は少なくありません。

 そもそも、タイ(特に北部)では、夫婦がどちらかの(あるいは双方の)HIV感染に気付いていない例が少なくなく、そのため県によっては夫婦が籍を入れるときにHIV検査を義務付けているところもあります。しかし、タイ(特に北部や東北部)では、正式に籍を入れずに事実上の結婚生活をおこない、子供が産まれて初めて籍を入れるという夫婦もいまだに少なくありません。(いわゆる日本の「できちゃった婚」と同じようなものです)

 そういった場合、妊娠中に初めて妊婦のHIV感染が分かったということもあって、帝王切開に切り替えるなどの対策をとったとしてもHIV陽性の子供が誕生するケースもあります。そして、得てしてこういうケースでは父親もHIVに感染している場合が多いのです。(このウェブサイトで何度もお伝えしているように、タイでは最大のハイリスクグループは、薬物常用者でもセックスワーカーでもなく「主婦」なのです)

 さて、母親からHIVに感染して誕生した子供たちは、誰が支援することになるのでしょうか。もちろん、両親、もしくはどちらかの親が健在であれば、親が子供の面倒をみることになりますが、タイでは治療開始が遅れるケースが多く(感染発見が遅れることが多いのです)、子供が誕生してしばらくすると両親の容態が悪化し死亡することも多々あります。

 北部のパヤオ県では、こういう子供たちがかなりの数に昇り、いわゆる「エイズ孤児」が珍しくありません。(大半は両親をエイズで亡くしたものの自身はHIV陰性というケースですが、母子感染でHIV陽性の子供もおそらく1割程度はいます)

 では、自らはHIVに感染していてもしていなくても両親がエイズで死んでしまった場合、その子供たちは誰に育てられているのでしょうか。

 GINAが支援をしているパヤオ県の地域にも、こういう子供たちは大勢います。その子供の祖父や祖母が健在の場合は、祖父母に育てられます。しかしながら、祖父母だけでは肉体的にも経済的にも孫を育てる余裕がない場合がほとんどです。たとえ、祖父母と同居することができたとしても何らかの社会的支援がなければ子供は生活することができません。

 また、祖父母が他界しているなどの場合は、親戚が子供の世話をすることになりますが、やはり限界があります。

 ではエイズ孤児が入れる施設があるかというと、チェンマイやチェンライまで行けばないことはないのですが、施設の数は多くなく、まったく身内のいない遠くに行くことにも問題があります。

 実は、パヤオ県のこの地域では、数年前にエイズ孤児が入所できる施設をつくろうとする動きもあったのですが、最終的には「施設をつくるのではなく地域社会全体でエイズ孤児の支援をしよう」ということになりました。

 この地域では、エイズ孤児が生まれた場合、両親だけで育てられなければ地域社会全体で支援しているのです。学校までの送迎や、食事の面倒まで地域社会が支援しています。そして、その中心的な役割を担っているのが「HIV陽性者の団体」なのです。

 この地域では、HIV陽性者がHIV陽性者を支援しており、それが実に見事に機能しています。(この詳細は、第20回日本エイズ学会(2006年)で「HIV陽性者によるHIV陽性者の支援」というタイトルで発表しました)

 日本では、現時点では、エイズ孤児を含めたHIV陽性者を地域社会で支援していこうという動きは私の知る限りありません。

 もしも、日本国内に上に紹介したパヤオ県のような地域社会があれば、荻窪病院に対して厚生労働省がストップを要請するようなことはなかったかもしれません・・・。



第25回 ドラッグ天国に舞い戻ったタイ  (2008年7月)


「日本に帰ると、またドラッグに手をだしてしまうと思うんだ。だから私はタイに住み続けるんだよ・・・」

 これは、私が以前GINAの取材で知り合った日本人男性から聞いた言葉です。


 この男性は、昔ドラッグにどっぷりと浸かった生活をしていて覚醒剤の静脈注射まで経験したと言います。その頃は、日本とタイの往復を繰り返しており、どちらにいてもドラッグを手放せなかったそうです。

 ドラッグユーザーがドラッグを断ち切ろうと思ったときに、もしそこにドラッグがあればどれだけ強い意志を持っていたとしてもドラッグの魅力に負けてしまうものです。

 この男性もそれに気づいていて次第に日本には帰らなくなっていったそうです。彼がドラッグを断ち切りたいと考えた2003年当時、タイではタクシン前政権がかなり強引な薬物対策をとっており、薬物ディーラーやユーザーが次々に政府に射殺されていました。ほんの1年前までは、いとも簡単に入手できていた薬物が(少なくとも”普通の”外国人には)実質入手不可能になったのです。

 多くのドラッグユーザーがこれを哀しんだのとは逆に(2002年頃まではタイは世界でも有数のドラッグ天国とされていました)、この男性はこの事態を喜びました。日本では、(少なくとも日本人であれば)覚醒剤を含めた違法薬物などごく簡単に手に入りますし、警察はそれなりの対策を立てているのでしょうが、実際には薬物の流通量はそれほど減っていません。

 日本に帰らずにタイでのみ生活をする・・・。これが、この男性がドラッグを断ち切るために出した決断です。


 タクシン前政権のとった強引な薬物対策は、かなりの冤罪者をだし(無実で射殺された人が一説には数千人になるとも言われています)、政府内や世論から大きな反発を受けましたが、結果としては「ドラッグ天国」の名を返上し、一気にクリーンな国に生まれ変わりました。

 ところが、です。クーデターによりタクシン政権が崩壊した2006年後半以降、じわりじわりと、そしてある時(私の調査では2007年の夏)からは急速にドラッグが再び普及しだしました。タクシン崩壊後の政府はかつてのような強引な対策をとることもできず、ドラッグに汚染されていく社会を見て見ぬふりといった状態です。

 2008年7月2日のBangkok Postにタイの刑務所の実情が紹介されています。同紙によりますと、タイ国内の受刑者は合計約17万人で、そのうち薬物関連の服役者がなんと9万人です。実に服役者の半数以上が薬物関連なのです!

 そのタイの刑務所で現在最も問題になっているのが、服役者に対する薬物の”差し入れ”です。これまで、外部から受刑者に差し入れされた歯磨き粉やカレーなどから薬物が見つかっています。また、外から刑務所の敷地内に投げ込まれたカエルの死体に薬物が隠されていたこともあったそうです。

 こういった事態に対し、内務省矯正局は、「郵送を含めて刑務所内の受刑者に差し入れすることを全面的に禁止する」という通達をだしました。当局によりますと、「薬物密売で服役している受刑者が全国で2万人いて、その一部は刑務所内で薬物の販売をしている」そうです。

 一部のジャンキーからは、日本も「世界有数のドラッグ天国」と呼ばれていますが、いくらなんでも刑務所内の受刑者の半数以上が薬物関連ということはないでしょう。

 もうひとつ、タイがドラッグ天国に舞い戻ってしまったことを象徴するようなニュースがあります。

 7月14日のBangkok Postによりますと、タイ北部でケシの栽培量が急増しています。

 ケシとはもちろんアヘンの原料植物で、これを加工したものが麻薬(ヘロインやモルヒネ)です。

 タイ北部は、麻薬王クンサーが暗躍したゴールデントライアングルの一角をなす地域で、かつては世界で最も有名な麻薬産生地でした。麻薬は90年代の終わりごろまではタイ北部(特に山岳民族)の主要な収入源だったのですが、政府の対策(ケシから農産物の栽培への転換)が徐々に浸透しだし、さらにタクシン前政権の薬物対策がこれを加速することになりました。その結果、ケシ畑は激減し、「もはやタイ北部は麻薬の産地ではない」と言われるようになりました。

 ところがです。Bangkok Postの報道によりますと、2004年に700ライだったケシ畑の面積が(「ライ」はタイで土地の広さを表す単位で、1ライは400メートル四方)、2008年には1,200ライまで急増しています。

 私は以前、タイ北部を取材したとき、あまりにも多くの人が麻薬や覚醒剤を使用(それも静脈注射で!)しているという話を聞いて驚いたことがあります。そしてその結果がHIV感染なのです。

 違法薬物を少なくするには、徹底的に法律を厳しくすることが必要です。タクシン前政権のとった数千人を射殺したような強攻策がよくないのは自明ですが、逆に「薬物はいけませんよ〜」といった生ぬるい忠告では何の効果もありません。

 ドラッグを断ち切りたいと考えている人、あるいは過去にドラッグをやっていた人からみたときには、たとえどれだけ強固な意志を持っていたとしても、目の前にドラッグを置かれたら、そんな意思など一瞬で吹き飛んでしまいます。ドラッグとはそれほど恐ろしいものなのです。決して安易な気持ちで手をだしてはいけないのです。

 ドラッグ天国に舞い戻ってしまったタイ・・・。冒頭で紹介した男性について、私は本名も連絡先も知りませんが、今では日本でもタイでもない別の国に移動しているかもしれません・・・。再びドラッグに手をだした、なんてことだけはないことを願いたいと思います・・・。



第24回 6月20日は何の日か知っていますか? 2008年度版  (2008年6月)


 6月20日が何の日か知っている人はどれくらいいるでしょうか。


 正解は、「世界難民の日」です。

 私はこのことを以前別のところで述べたことがあります。(すてらめいとクリニックのウェブサイト『谷口恭のメディカル・エッセィ』2005年7月「6月20日は何の日か知っていますか?」)

 今回のコラムのタイトルに「2008年度版」と加えているのは、繰り返しこの疑問符(?)付きのタイトルで、6月20日が世界難民の日であることを訴えていきたいからです。

 さて、これを読まれている皆さんは、世界中に「難民」と呼ばれている人がどれくらいいるのかご存知でしょうか。また、その難民は増えているのか減っているのかを知っていますでしょうか。


 その前に、「難民」とはどういった人たちのことを指すのかについておさらいしておきましょう。

 1951年の「難民の地位に関する条約」では、難民は、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義されています。今日、難民とは、政治的な迫害のほか、武力紛争や人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々を指すようになっています。(UNHCRのウェブサイトより要約)

 この定義にあてはまる難民は、UNHCRが支援対象とする人数でみると、2007年末の時点で1,140万人です。また、国際移動に関するモニタリング・センター(International Displacement Monitoring Center)によれば、紛争によって影響を受け、国内避難民となった人の数は2,440万人から2,600万人へと増加しています。

 実は難民の人数はこの2年間は増加傾向にあります。2001年から2005年は5年連続で減少していたことを考えると現在は危機的な状況にあるといえるでしょう。

 私はこういった情報をUNHCR、ユニセフ、WFPなどのウェブサイトや定期的に送られてくる情報誌から得ていますが、”普通の”日本の新聞や雑誌にはこういった情報はほとんど掲載されていないのが現状だと思われます。

 実際、今年の6月20日に「世界難民の日」について報じた新聞は私の知る限りありませんでしたし、テレビのニュースや報道番組でも取り上げられることはありませんでした。

 たしかに、「人種、宗教などで迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」などと言われても、そのような可能性がほとんどない日本人にはピンとこないかもしれません。

 

 しかし、自然災害で家族や家を失った人たちのことを想像するのはむつかしくないでしょう。


 今年は現時点で、アジアで非常な大きな天災がふたつもおこっています。

 ひとつは、5月上旬にミャンマーで発生したサイクロン「ナルギス」です。6月中旬に発表された国連の予測では、東南アジアで77,000名以上が死亡、さらに、55,000人が行方不明と報告されています。

 もうひとつは、5月12日に中国四川省で発生した四川大地震で、こちらは6月中旬の時点で、死者およそ7万人、怪我人37万人以上と発表されています。

 今年は日本でも岩手・宮城内陸地震がおこりました。6月14日午前8時43分に岩手県内陸南部でマグニチュード 7.2の地震が発生し、死者12人、行方不明12人(6月24日現在)と報告されています。

 岩手・宮城内陸地震は、ちょうど梅雨の季節と重なったこともあり、土砂崩れなどの災害が続いており、連日マスコミは被害の状況を伝えています。支援活動もおこなわれ、寄附金も集まってきているようです。

 日本国内でこのような被害が起きているわけですから、海外の事情よりもまずは日本の被災者の人たちに何ができるかを各自考えることは大切なことだと思います。

 そして、同時に、岩手・宮城内陸地震の数万倍の被害者をだしたミャンマーのサイクロンと中国の地震について考えてみるのも大切なことだと思うのです。

 私は、日本のマスコミにミャンマーや四川省の現状を積極的に伝えてほしいと感じていますが、被害から1ヶ月以上たった今ではほとんど何も報じられていません。一方、海外のメディア、例えばBBCやCNNでは現在も現地の状況をレポートしており、日本のメディアとは対照的です。

 日本のメディアが報道しないなら、情報は自分でとりにいくしかありません。BBCやCNNは日本でも見れますから、こういった番組をチェックするのもひとつの方法ですし、UNHCRやユニセフのウェブサイトからもいろんな情報が入ってきます。

「難民」という言葉を聞くと、「彼(女)らに何ができるか」ということを考える人も多いと思いますが、私はまずは、「彼(女)らのことをもっと知るべき」と考えています。実際に、難民や被災者が喜ぶのは、例えば現地に赴いてボランティア活動をおこなったり、寄附金を送ったりすることだとは思いますが、それ以前に、彼(女)らの現況を知ることが大切だと思うのです。


 私はGINAの関連で講演をしたりインタビューを受けたりするときに、「寄附金をお願いします」と言ったことがありません。これは、「寄附金を集めること」よりも「(主にタイの)エイズの現状を知ってもらうこと」が重要だと考えているからです。

 タイのエイズ関連のある施設に働く人が私に話してくれたことがあります。その施設には多くの見学者が訪れるそうですが、なかには「貧しくて寄附ができなくて申し訳ない」と言う人がいるそうです。しかし、その施設で働く人は、「寄附を求めているわけではない」と答えるそうです。そうではなくて、「エイズを患った人の現状を知ってもらえたらそれでいい」そうです。

「お金がなかったら何もできないじゃないか。現状を知ってもらえたら満足なんてのはきれいごとじゃないの・・・」、そのように感じる人もいるでしょう。

 しかし、そうではないのです。お金がなかったら施設の運営はできませんし、GINAも存続できなくなるかもしれませんが、まずは「現状を知ってもらう」ことがGINAを含めて支援活動をしている側の”想い”なのです。

 6月20日は世界難民の日。これを知ってもらうことが今回の「GINAと共に」の”想い”です。


第23回 「HIV恐怖症」という病            (2008年5月)


 これから述べる訴えはすべて実際の患者さんからのものです。あなたはどう思いますか。


【症例1】 32歳男性
先日コンビニで買い物をしてレジでお釣りをもらうときに店員がくしゃみをした。そのくしゃみが自分の身体にかかったような気がする。HIVに感染していないか心配・・・

【症例2】 28歳女性
先日駅の公衆トイレを利用した。用を足した後、便器が濡れていることに気付いた。HIVに感染していないか心配・・・

【症例3】 42歳男性 インド人
先日道に落ちていたハンカチを拾った。広げると体液のようなものがついていたような気がする。後から自分の指に「さかむけ」があったことが分かった。HIVに感染していないか心配・・・

 

 さて、彼(女)らがHIVに感染している可能性はあるでしょうか。
 もちろん答えは「可能性はない」です。
 しかし、彼(女)らはHIVに感染しているという可能性を”真剣に”考えてクリニックを受診しています。



 クリニックでHIVの検査をおこなうと有料になります。しかも、これらは到底感染しているとは思えないケースであり、特に自覚症状もないわけですから、HIVの検査には保険適用がありません。つまり、検査をするのは自費扱いとなります。

 にもかかわらず、こういったことでHIVを心配する患者さんは少なくありません。私が院長をつとめるすてらめいとクリニックでも、月に1〜2名はこういったことでHIVの検査を希望される方が来られます。

 もちろん、診察をした上で、「その程度のことでHIVに感染していることはありえないから検査を受ける必要がない」ことを説明します。しかし、なかには「どうしても不安をぬぐいきれないから自費でもいいから検査を受けたい」という人もいます。

 私はこういったケースを「HIV恐怖症」と呼んでいます。(英語のできる外国人に説明するときは「HIV phobia」と言います)

 HIV恐怖症は、理屈の上で感染の可能性がないことは分かっていてもどうしても不安が払拭できないという特徴があります。

 HIVはそんなに簡単に感染する感染症ではありません。一方、HIVよりははるかに感染しやすいような感染症、例えばB型肝炎ウイルスや梅毒に対してはどうかというと、不思議なことに彼(女)らはあまり気にしていません。特に、B型肝炎は感染力が極めて強いですし(唾液から感染したという報告もあります)、感染すると命にかかわる状態になることもあるのに、なぜか「B型肝炎ウイルス恐怖症」という病は(私の知る限り)存在しません。

 HIV恐怖症に罹患する人の特徴を簡単に紹介します。男女比は、圧倒的に男性に多く、私の印象では、男性:女性=8:2くらいです。年齢は10代半ばから50歳くらいまでです。興味深いのは、比較的高学歴者に多いという点です。職業でいえば、学校教師、税理士、医師、など比較的高い地位と考えられている職種に多いのが特徴です。

「医師がなぜ?」と思われるかもしれませんが、HIV恐怖症は「理屈の上では感染の可能性がないことは分かっていてもどうしても不安が払拭できない」のが特徴です。HIVについて知識のある医師でもそれは同じなのです。

 彼(女)らは、少しでも感染の可能性がないかを必死で考えています。例えば、症例1では、「コンビニの店員がその日に歯の治療を受けていたということはないだろうか。治療後間もないために口腔内に出血があり、くしゃみをして自分の皮膚にかかったとすればどうだろう。自分の皮膚に傷はないが、もしかして自分でも気付いていない目に見えない小さな傷があるのではないだろうか。そういえば昨日の晩、腕がかゆくてかいたかもしれない。そこからHIVが侵入した可能性は否定できない・・・」、といった感じです。

 私は、HIV恐怖症の人を診察したとき、感染の可能性はなく検査はお金の無駄であることを説明しますが、なかにはあえて検査を受けてもらう場合もあります。それは、検査の結果を示すことで不安が払拭できることを期待する場合です。しかし、なかには、検査の過程で他人の血液と入れ替わったのではないか・・・、など検査結果の信憑性に不安をもつ人もいます。

 HIV恐怖症の人を診察したときに、私が最も重要視していることは、「どうやって不安を取り除くか」です。ケースによっては、不眠や頭痛、胃痛、食欲不振などが伴っていることもありますから、こういった症状についてもケアが必要になってきます。頭痛薬や胃薬が有効なこともありますし、不安をやわらげるような薬が必要になることもあります。一時的に睡眠薬を処方することもあります。

 HIV恐怖症が重症化すると、ときにやっかいな事態になることがあります。それは、検査を受けてHIVが陰性であることが分かり、それを納得できるようになったとしても、今度は別のことで「不安」になるのです。HIV恐怖症という不安が別の不安に置き換わるのです。例えば、今まで思ってもみなかった仕事のことや家族のことに対する不安が出現してくるのです。

「不安」というのはある程度のところで断ち切ってあげないと、次から次へと「不安の連鎖」が起こることがあります。これは、ちょうど「痛み」や「アレルギー」に対して、適切な治療をしないと、どんどん症状が悪化していくのと似ています。

 最後に、「リスクのある行為からどれくらい時間がたてば検査ができるか」について述べておきます。どのような検査をするかにもよりますが、不安が強い人は、「抗体検査」ではなく「抗原検査」を受けるべきかもしれません。

「抗原」とはHIVそのもののことで、抗原検査にも様々なものがありますが、例えば、すてらめいとクリニックでおこなっている抗原検査は9〜11日程度経過していれば検査が可能です。

 自分もHIV恐怖症かもしれない・・・。そのように思う方は医療機関を受診してみればいかがでしょうか。

 不安が大きすぎないうちに・・・


第22回 タイのHIV陽性者の苦悩            (2008年4月)


 世界各国のエイズ状況を振り返ったとき、タイは比較的、感染者が過ごしやすい国ということになっています。抗HIV薬は無料で支給されることになっていますし、貧困層であっても必要な医療サービスは無料(2006年10月までは30バーツ)で受けられることになっています。

 しかし、実際は陽性者が満足しているかというとそういうわけではありません。

 まず、「適切な抗HIV薬が実際には支給されていない」という問題をとりあげてみたいと思います。

 現在チェンマイでUNAIDSの定例会議が開かれています。この会議で「Violet House」というゲイの団体が、抗HIV薬が適切に支給されていない現状を報告しました。

 タイでは、国内で製造されている「GPO-VIR」という抗HIV薬が広く普及しています。この薬は、HIV陽性者が抗HIV薬が必要になるとまず投与されることが多く、タイ国籍を有している者なら必要性があれば支給されないということはまずありません。

 しかしながら、現在はこの「GPO-VIR」でウイルスの増殖を抑えられないケースが増えてきており、そうなればもっと新しい抗HIV薬が必要になります。

 現在のタイのエイズ治療の原則は、「GPO-VIRなどの抗HIV薬(これらをファーストライン・ドラッグと言います)が効かないケースには、セカンドライン・ドラッグと呼ばれる新しい薬を使用する」ということになっています。

 しかし、「Violet House」によりますと、実際はファーストライン・ドラッグが効かず、セカンドライン・ドラッグが必要な者に対して、すみやかに適切な抗HIV薬が支給されるケースは決して多くないそうです。「Violet House」のメンバーのおよそ200人がHIV陽性ですが、この半数はすでにファーストライン・ドラッグが効かない状態なのにもかかわらず、セカンドライン・ドラッグが支給されていないといいます。

「Violet House」の幹部は次のようにコメントしています。

「ほとんどの病院はセカンドライン・ドラッグを必要な患者に支給すると言うんです。でも実際は支給されるまでにどれくらい待たないといけないかさえ分からないのです」

 タイでは、毎年約14,000人が新たにHIVに感染していますが、タイ保健省によりますと、ゲイの占める割合は全体の24%を占めます。これは、最大のハイリスクグループの主婦層に次いで2番目に大きなグループということになります。(何度かこのウェブサイトで紹介しましたが、タイでは自身の夫から性交渉で感染する主婦が最も多いという特徴があります)

 現在のタイではおよそ10万人が抗HIV薬を必要としています。タイ疾病管理局によれば、このうち約12%の感染者が「GPO-VIR」などのファーストライン・ドラッグに耐性ができて、セカンドライン・ドラッグを必要としています。

 適切な薬が支給されていないという問題は抗HIV薬に限りません。

 エイズという病は、進行すると様々な感染症を発症します。感染症といっても細菌感染、真菌感染、原虫の感染、ウイルス感染と様々です。エイズを発症している人には、抗HIVを投与するだけでは不充分です。現れている感染症の治療も同時におこなわなければなりません。

 比較的安価な抗生物質で治癒するような細菌感染症もありますが、実際にはそうでないケースも多々あります。私がボランティア医師をつとめていたパバナプ寺では、薬が入手できなくて特に問題になっていたのが抗真菌薬とサイトメガロウイルスというウイルスに対する薬です。これらは、一人当たり月に数万円から10万円以上もするために、病院を受診しても保険診療の枠では処方されません。ボランティアがお金をだしあっても全員に行き渡りません。私は何度か日本から送付したり持ち込んだりもしましたがとてもひとりの力では追いつきません。(私ひとりの力が微々たるものであると感じた想いがGINA設立につながりました)

 このように、適切な抗HIV薬(セカンドライン・ドラッグ)や適切な感染症の薬が実際には必要とする人々に行き渡っていないのが現状なのです。

 さらに、もうひとつ、注目すべき現在のタイのエイズに関する問題があります。

 それは移民や少数民族は治療を受けられないということです。このウェブサイトでも何度か指摘していますが、無料の診療や無料の抗HIV薬が支給される対象となるのは「タイ国籍を有している人」です。

 北タイには多数の山岳民族(少数民族)が存在し、彼(女)らにはタイ国籍がありません。また、ラオス、ミャンマー、中国雲南省などから職を求めて不法に入国してくる人たちにもタイ国籍は与えられず医療は受けることができません。

 そして、少数民族や不法入国者は、リスクの高い仕事をすることが少なくありません。リスクの高い仕事、すなわち遺法薬物や売春に携わる仕事にはHIV感染というリスクも伴います。

 例えば、ミャンマーからタイに売春婦として出稼ぎに来て、タイ国内でHIVに感染、その後エイズを発症というケースがよくあります。こういう人たちは、自国に帰ることもできず(エイズを発症した状態で帰国すれば当局に抹殺されるという噂もあります)、タイ国内でも適切な治療を受けることができません。

 チェンマイで開かれているUNAIDSの定例会議では、200人を超える活動家や患者が会場の外に列をつくりました。少数民族や外国人にもエイズの治療が受けられるようにUNAIDSに訴えることを目的とした抗議の列です。

 供給されないセカンドライン・ドラッグ、抗真菌薬など入手困難な高価な薬剤、治療を受けられない少数民族や外国人、・・・、と、表向きはエイズ対策に成功しているとみられがちなタイでは、実際は問題が山積みです。

 現在、国連やWHOなどの公的機関や大きなNPOは、エイズ患者の支援先をタイではなく、他のアジアやアフリカ諸国にシフトしています。実際、北タイのエイズ関連施設は数年前に比べて減少傾向にあります。

 GINAのミッションは”草の根(grass roots)レベル”の活動です。現在のタイのHIV陽性者が直面している問題に積極的に取り組んでいきたいと思います。

第21回院内感染のリスク           (2008年3月)


 病院でHIVに感染したかもしれない・・・

 こう言って、HIVの検査を受けに来られる方がいます。しかし、実際にこのようなことがあるのでしょうか。

 たしかに、このウェブサイトでも何度か紹介してきたように、リビアの病院での大規模HIV感染やカザフスタンでのHIV院内感染は世界中のマスコミで報道され、一部の国での不衛生な院内環境が浮き彫りになっていますが、日本を含めた先進国ではHIVの院内感染などは到底考えられないことです。

 しかしながら、最近、この「先進国では院内感染はありえない」という”神話”が崩れつつあります。

 まずは日本の話です。2007年12月、神奈川県茅ヶ崎市のある病院で、心臓カテーテル検査を受けた患者5人が相次いでC型肝炎を発症したことが明らかとなりました。2008年3月5日、茅ヶ崎市は、注射筒などの使いまわしが原因となった可能性があることを発表しました。

 この病院は、この5人と同じ日に心臓カテーテル検査を受けた18人、さらに過去に検査を受けた約600人を調べたところ、C型肝炎の感染はなかったことを発表しています。

 通常、注射筒はディスポーザブル(使い捨て)のものを使うか、患者ごとに新たに滅菌したものを使用しますから、もしも注射筒の使いまわしで感染させたのであれば病院の責任が厳しく追求されることになると思われます。

 もうひとつ、院内感染の例をみてみましょう。今度は、アメリカのラスベガスです。

「2004年3月から2008年1月の間に、南ネヴァダの内視鏡センターで麻酔の注射を受けた人は全員、HIV、C型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルスの検査を受けてください」

 これは、ラスベガス当局が2008年2月に発表した市民への案内です。この病院(内視鏡センター)で、麻酔の注射を受けた患者6人がC型肝炎ウイルスに感染していることが発覚し、当局では他にも被害があるとみて、およそ4万人の該当者に検査を呼びかけています。

 この病院では、医師がバイアル(薬液の入っている小さなビン)から薬液を引き抜く際に、針を交換せずに作業をしていた可能性が強いそうです。その作業のせいでC型肝炎ウイルスの院内感染がおこったとみられています。

 医療先進国であるアメリカと、先進国とは言えないにしても安全対策はしっかりとしていると思われている日本で、立て続けにこのような事件が起こったのは、私にとって大変ショックでした。

 ところで、これら2つの事件をよくみたときに、内容は同じようなものですが、事件発覚後の対応は大きく異なっています。

 茅ヶ崎市のケースでは、感染の疑いがあるとみて過去に受診した約600人の患者に対してC型肝炎ウイルスの検査のみをおこなっています。一方、ラスベガスのケースでは、当局が約4万人の患者に検査を呼びかけ、検査項目には、C型肝炎ウイルスだけでなくB型肝炎ウイルスとHIVを加えています。

 まったく同じようなC型肝炎ウイルスの院内感染発覚に対し、アメリカと日本で対応が異なるのは興味深いと言えるでしょう。

 どちらの対応が適切か、という点については議論が分かれるでしょうが、私はアメリカの対応がすぐれている、言い換えれば、茅ヶ崎市の対応が不充分だと感じています。

 なぜなら、C型肝炎ウイルスを院内感染させてしまうような環境をつくっていた現場であれば、同じような感染ルートのB型肝炎ウイルスやHIVの院内感染が起こっていてもおかしくないからです。

 特にB型肝炎ウイルスについては、日本人のワクチン接種率は他の先進国に比べて驚くほど低いという事実があります。一方、アメリカではアメリカ生まれの人であれば成人するまでに通常はB型肝炎ウイルスのワクチンを接種していますから、一部の移民の人や、ワクチン接種が始まる前の世代の高齢者を除けばB型肝炎ウイルスに感染する可能性のある人はほとんどいないのです。ワクチン接種率が極めて低い日本だからこそ、院内感染の可能性があるときには、積極的にB型肝炎ウイルスの検査をすべきなのです。(もちろん検査よりも大切なことは、まだ接種していない人は早急にワクチンをうつということです)

 HIVについては、感染者の数はアメリカの方がはるかに多いですが、日本でも毎年増えているのは事実ですし、献血された血液のなかにもHIVがみつかることがあるのです。C型肝炎ウイルスの院内感染が発覚した以上は、HIVも合わせて調べるべきでしょう。(もちろん対象者の同意があってのことですが・・・)

 さて、問題は、今回院内感染が発覚した日米の2つの病院が特殊なのか、あるいはこれら2病院が「氷山の一角」なのかということです。心情的には、これら2病院が極めて特殊なケースであると信じたいのですが、これらの病院は地域からの信頼が厚い大病院であることを考えると、同じような事件をおこす可能性を孕んでいる医療機関は少なくないのかもしれません・・・。

 患者さんからときどき言われる冒頭の言葉、「病院でHIVに感染したかもしれない・・・」に対して、私はこれまで、「日本も含めて先進国ではそのようなことはあり得ないですよ。だから検査の必要はありませんよ」と説明してきました。

 しかし、これからは、検査結果をみるまでは患者さんを安心させることはできないと考えるべきなのかもしれません・・・。





第20回  医療機関でHIV検査を受ける意義           (2008年2月)


 日本の厚生労働省のエイズ動向委員会は、2008年2月12日、2007年に日本で新たに報告されたHIV感染者及びエイズ発症者の数を発表しました。

 発表によりますと、2007年に新規にHIV感染がわかった人が1,048人、すでにエイズを発症していた人が400人で、合計1,448人となります。これは過去最多であり、感染者・発症者の合計報告数は2003年以降、5年連続で最多を更新し続けています。

 これだけ多くの人が新たに感染が判った理由のひとつとして、厚生労働省は「検査を受ける人が増えたからではないか」と分析しています。

 たしかに、保健所など公的機関で検査を受ける人は増えていますし、すてらめいとクリニック(私が院長をつとめるクリニック)にもHIVの検査目的で受診される方がおられます。

 HIVの検査は保健所で受けるべきか、それとも医療機関で受けるべきか・・・。

 この点で悩まれている方は少なくないのではないでしょうか。今回は、どういった方が保健所に行くべきで、どういった方が医療機関を受診すべきなのか、について述べてみたいと思います。

 まず、「何の症状もないけど、念のために検査しておきたい」、「何の症状もないけど、記念検査としてHIVを調べたい」、などといった「何の症状もない」人は保健所で充分だと思います。

 ただし、多くの保健所などの公的機関では、結果が出るまでに1週間程度かかりますから、「何の症状もないんだけど、どうしても結果をすぐに知りたい」、という人は、医療機関を受診すればいいかもしれません。(ただし、医療機関のなかにも検査結果がすぐに出ないところもあります)

 一方、何か症状のある人は医療機関を受診する方が賢明でしょう。

 例えば、こういうケースを考えてみましょう。

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 1ヶ月前にタイ旅行をした30歳の男性。現地で仲良くなったタイ女性と性交渉をもってしまった。腟交渉のときはコンドームを使ったけど、フェラチオではコンドームを使わなかった。帰国後1ヶ月してから身体がだるくなって熱が出てきたので突然HIVが心配になった。

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 この人は、HIVの急性症状を心配しています。急性症状とは、HIVに感染後、数週から数ヶ月以内に生じる倦怠感や発熱などをいいます。この人がHIVのみを心配して保健所を受診したとします。そして結果は陰性だったとします。さて、これで問題は解決したでしょうか。

 答えは否です。

 通常、我々医師は、キケンな性行為(unprotected sex)の後に発熱や倦怠感を認めた場合は、まずB型肝炎とC型肝炎を疑います。(さらに同性愛者の場合はこれにA型肝炎を加えます)

 また、このケースでは、東南アジアから帰国後の発熱ですから、下痢や体重減少、腹痛、嘔気などの有無を問診で確認した後に、時間をかけて身体の診察をおこないます。考えるべき疾患として、マラリアやデング熱、結核、場合によってはアメーバ赤痢やランブル鞭毛虫なども検討するかもしれません。

 つまるところ、患者さんの側からみたときにはHIVしか思いつかなくても、我々医師からみたときには鑑別しなければならない疾患がたくさんあるのです。ですから、HIVが陰性であったとしても何も解決はしていないのです。上にあげた疾患には治る病気もありますが、B型肝炎やC型肝炎は“治る病気”とは言いがたい疾患です。

 このように何か症状のある人は医療機関を受診すべきと言えます。

 ”何か症状のある”は発熱や倦怠感といった身体症状でなくてもかまいません。「不安が強い」「眠れない」などといった精神症状が強い場合でも医療機関を受診する方が賢明な場合があります。

 その理由として、ひとつは、保健所などの検査では結果が出るまでに1週間ほどかかり、感染の不安に耐え切れないという問題があります。一方、医療機関であればすぐに結果が出ますから不安にさいなまれる時間が短くてすみます。(ただし、地域によっては保健所などで即日検査を実施しているところもありますし、逆に医療機関でも1週間程度待たなければならないところもあります)

 もうひとつの理由として、そしてこちらの方が重要なのですが、医療機関を受診すれば、「不安」や「不眠」に対する治療をおこなうことができるという点があげられます。「不安」や「不眠」は放っておかない方が賢明な場合が少なくありません。特に「不安」は無治療でいると、「不安」が「不安」を引き起こし、どんどん深みにはまっていくことがあります。こんなときは、早い段階で「不安」を断ち切ってあげることが大切です。

「不安」をとめるのには何も「抗不安薬」だけではありません。場合によっては、漢方薬も有効ですし、カウンセリングが著効することもあります。こういった「不安」や「不眠」に対し、より適切に対応できるのが医療機関だというわけです。

 ただ、カウンセリングに関していえば、保健所やその他検査機関でも、相談員は通常こういったケースに対応できるようにトレーニングを受けていますから、まずは保健所などで話を聞いてもらうのが有効なこともあります。

 最後になりますが、保健所など検査機関と医療機関の違いとして重要なのが、無料か有料かということです。

 検査機関での検査は通常無料です。これは国や地方自治体などがお金を出しているからです。なぜ、お金を出すかというと、公衆衛生学的にHIVを考えたとき、行政にはHIVの蔓延を阻止する義務があるからです。

 現在のところ、日本という国は、HIV感染が他に例をみないくらい低頻度におさえられています。ただ、少しずつ増えているのも事実であり、このまま進めば日本でのHIV感染が爆発的に増加するおそれがあります。もしも日本でHIV感染が一気に広まれば、急速に医療費が増加することになり、日本の医療が崩壊しかねません。これをくいとめるためには、予防にお金をつぎこんで、新規感染を防がなければならないのです。

 これが、行政がHIV検査に費用をかける最大の理由です。しかしながら、一個人でみたときには少し事情が異なります。HIVだけに気をとられてしまって、他の疾患が見逃されるようなことがあれば、不利益を被ってしまいます。

 保健所などの検査機関がいいか、医療機関がいいかは個々のケースによって異なります。

 どちらを受診する方がいいかについてよく考える必要があるでしょう。





第19回  美しきイサーン地方               (2008年1月)



年末年始に久しぶりにタイに渡航してきました。

日本と同様、タイでも年末年始は帰省のシーズンで家族が集まる貴重な季節です。会社や店も休みになりますし、みんなが休暇をとる機会ということもあって、私は今回の渡航では、GINA関連の関係者と会う時間を最低限におさえました。

いえ、というより、昨年(2007年)はクリニックをオープンさせたこともあって、休みなく働き続けることになり、精神的にけっこうまいってしまっていたので、私自身が仕事ではなく休暇としてタイでのんびりしたかったのです。

私は、個人的にバンコクがあまり好きではありません。空気が汚い、人が多すぎる、物価が高い(といってもしれてますが)、といったこともありますが、最大の理由は「私の思うタイらしさがない」からです。

私が思うタイらしい町というのは、人があまりいなくて、自然の美しい、南部や北部、そして東北地方(イサーン地方)です。

南部は今現在も治安が悪いですし、北部は、チェンマイは最近都心化がすすんで空気が汚くなっていますし、チェンマイ以外の北部はアクセスが悪く到着するのに時間がかかりますし・・・、ということで、私はひとりでイサーン地方(タイ語の発音では”イサーン”より”イーサーン”の方が適していると思うのですが、日本語のほとんどの出版物が”イサーン”となっているので、ここでも”イサーン”としておきます)に行くことにしました。


深夜バスでウドンタニ県まで移動し、のんびりしようと思っていたときに、偶然タイの知人から電話がありました。ウドンタニ県に来ていることを告げると、その知人(タイ人夫婦)はウドンタニ県の近くのサコンナコン県に帰省しているから、家まで遊びに来い、と言います。彼らは、ふだんはバンコクで共働きしているのですが、正月の間は奥さんの実家に里帰りしているそうなのです。

私はその申し入れにふたつ返事をして、サコンナコン県に向かいました。到着したのは、1月1日のお昼頃で、彼らはこれから親戚を集めてパーティをおこなうと言います。

パーティ会場(そこは田んぼの横の広場でした)に到着すると、村の若い男性数人が飼っているブタを1匹殺しているとこでした。暴れるブタを数人で押さえつけて、頚動脈をナイフでひとつきすると、ブヒと最後の叫び声をあげて死に絶えました。

彼らは慣れた手つきでブタの毛をそいでいきます。焚き火でわかした湯をブタにかけ、器用なナイフさばきで毛を落としていくのです。私も少し手伝わせてもらいましたが、彼らがおこなうようにはうまくいきません。

皮をはぎ終わると、4つの足を関節から外し(外された足は豚足として食べます)、さらに耳としっぽ、舌を切り落とし(これらも後に串焼きにして食べます)、そしておなかをあけて内蔵を取り出しました。

解剖実習や、研修医時代の腹部の手術で人のおなかをあけることには慣れているつもりでしたが、そんな私からみても彼らの包丁さばきには見とれてしまいました。腸をとりだし、肝臓を丁寧に摘出し(もちろん後に食べます)、さらに胃や肺、心臓をとりだします。タイではブタの血も料理に使いますから、大動脈を切断しそこから器用に血液を容器に入れます。残った部分が筋肉と脂肪で普通に食べられる部分です。

足を落とされ、内蔵を取り出されたブタは竹にさされて焚き火であぶられます。少し時間がたつと、いい具合に焼けてきて周囲にいい香りが充満してきました。

この作業をしながら、すでに容易されているソムタム・プララー(イサーン風パパイヤサラダのこと。バンコクなどで食べられるソムタム・タイは日本人にも人気のメニューだが、プララーと呼ばれる醗酵させた魚が入っているこのソムタムはかなりクセのある料理)と、お酒をみんなで楽しんでいます。

ブタが焼けると、これをスライスして、文字通りできたてのブタの丸焼きをみんなで食べました。このブタがどれだけ美味しかったか! 私には形容する言葉が見つかりません。

翌日は、そのタイ人夫婦とともに、ローイ県(正しい発音は“ローイ”と”ルーイ“の中間のような音です)に行きました。ローイ県はイサーン地方のなかで最北部に位置し山の上にある県です。ピックアップトラックの後ろに乗せてもらい、この県に向かったのですが、この時間が私にはとてつもなく苦痛でした。

日本ではピックアップトラックの後ろに乗る経験はできませんから(もちろん日本では違法です)、きっと貴重な楽しい体験になると思っていたのですが、私はイサーン地方の冬は寒いということをすっかり忘れていた、というかなめていたのです。

タイ人が寒いといってもしれてるだろう・・・、そのように考えていたのです。ところが、真冬のイサーン地方、それも標高が最も高い地方にピックアップトラックの後ろに乗って行くというのは苦痛以外の何ものでもありません。

けれども、その寒さに耐えてたどり着いたローイ県は本当に美しい地域でした。きれいな山に囲まれて、美しい花にめぐまれたその地域は、そこにいるだけで心が癒されるようなユートピアだったのです。人々も大変親切で、ほとんどの人が日本人と話すのは初めてだったということもあるでしょうが、誰と接してもほんとに優しくしてくれたのです。

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今回、私が訪ねたサコンナコン県、ローイ県とも、日本人どころか外国人もほとんど住んでいません。住むどころか、旅行で訪れる外国人もほとんどいないでしょう。

けれども、こういうところにこそ、本来の美しいタイがあるのではないかと私は考えています。

ローイ県からサコンナコン県に戻り、深夜バスでバンコクに帰るバスのなかで感じたことがあります。

私が今回訪ねたサコンナコン県、ローイ県は、双方ともタイのなかで最も貧しいといわれているイサーン地方のなかでも特に貧しい県です。イサーン地方のなかでも比較的裕福なナコンラチャシマ県(コラート)やウボンラチャタニ県に比べると、単に田舎というだけでなく外国人も少ないという特徴があります。

そしてもうひとつの特徴は、若い女性がほとんどいないということです。

おそらく彼女らの大半はバンコクやプーケットに出稼ぎにいっているのでしょう。そしてその何割かは売春産業に関係していることが予想されます。

貧困と売春、そしてHIV・・・、美しいイサーン地方を訪れた帰りのバスのなかで、私はそんなことに思いを巡らせていました。





第18回  第21回日本エイズ学会とGINAの今後               (2007年12月)



 昨年東京でおこなわれた第20回日本エイズ学会は、「HIV陽性者によるHIV陽性者の支援」というタイトルで、タイ国パヤオ県のある地域のピア・エデュケーションの実情を紹介、第21回となる広島で開催された今年の日本エイズ学会では、「タイ国のIndependent Sex Workersの意識と行動」というタイトルで、このウェブサイトにも紹介したタイのフリーのセックスワーカーに対する調査結果を報告しました。

 昨年の東京では、私自身は学会にはフル参加しましたが、GINAの展示はおこないませんでした。(というよりNPOの展示ブースはなかったと思います)

 今年はNPO法人のブースを出展できたので、私自身はクリニックの仕事の関係で半日しか参加できませんでしたが、GINAの活動内容を紹介する目的でブース展示をおこないました。(詳細はGINAニュース「第21回日本エイズ学会学術集会・総会 参加」

さて、今後のGINAの活動ですが、私自身がすてらめいとクリニックを始めてからというもの、タイに渡航できる時間がほとんどなくなった為に、現在のタイでの活動は、タイのGINAスタッフ、もしくは何人かのタイ在住のGINAに関連する日本人とタイ人にまかせるようにしています。こちらからは、支援金や薬剤の送付や情報提供などが今後のタイでの活動の中心になると思います。

そして最近、GINAは新たな活動を開始しました。

ひとつは「陽性遍歴」のライターである、ちょふ氏が学校や他の組織でおこなう講演です。
HIV陽性でゲイであるちょふ氏に対する講演依頼は多く、メディアやウェブサイトからは伝わってこない、いわば”生の声”を聞きたいという要望は少なくありません。

 先日は、ある関西の中学校で講演したことが毎日新聞に写真入りで大きく取り上げられ話題を呼びました。
ちょふ氏の講演は大変好評で、講演後には受講者から様々な感想や質問が寄せられています。
学校や他の団体に講演をしているHIV陽性者は他にもおられるでしょうが、日本ではまだまだ少数でしょうから、今後もちょふ氏の活躍は期待されることになるでしょう。

 もうひとつは、「風俗嬢ダイアリー」に執筆をおこなった田宮涼子氏のセックスワーカーと風俗店利用客に対する啓蒙活動です。
 彼女は現役のセックスワーカー(風俗嬢)でありながら、社会的な活動にも大変熱心で、すでに風俗店利用者に対するパンフレットを作成しています。このパンフレットは、単に性感染症に関する情報を掲載しているだけでなく、風俗嬢の生の声を紹介したり、上手く風俗店を利用する方法、あるいは風俗嬢と上手く付き合う方法なども紹介したりしています。

 このパンフレットは、上に述べたエイズ学会でのGINAの展示ブースでも紹介しましたし、いくつかの(優良)風俗店にも置いています。(また、GINAにお問い合わせいただければお送りすることも可能ですので必要な方はGINA事務局までお問い合わせください)


 さて、日本のHIV陽性者は年々増え続けており、すてらめいとクリニックで新たに判ることも少なくありません。キケンな行為(性行為や薬物摂取)があって心配になり検査を受けて陽性が判る人もいますが、リンパ節が腫れている、熱が下がらないといった症状で受診して、それがHIV感染によるものだった、というケースもあります。

 すでに行政や多くのNPOによってHIVに関する情報が提供されていますが、現時点ではまだまだそういった情報や正しい知識が世間一般には届いていないように思われます。今後、GINAとしても正しい知識の啓蒙活動に力を入れていきたいと考えています。

 もうひとつ、GINAが(私が)日本のHIVの実情で憂いているのは、陽性者に対する世間の偏見・スティグマです。

 HIV感染を職場に報告して差別的な扱いを受けたと感じている陽性者は今でも決して少なくありません。ですから、我々としては、新たに感染が判った人から「感染したことを職場に報告した方がいいですか」と聞かれたときに、「しない方がいいですよ」と答えざるを得ないことが多いのです。

 実は、こう答えるのは我々にしても(少なくとも私にとっては)大変心苦しいのです。なぜなら、HIVが世間から偏見の目で見られていることを認めることになるからです。

 本来、HIV感染は他人から偏見の目でみられる理由はないはずです。ですから、「HIV陽性であることを隠す必要なんかないですよ」と言いたい気持ちがあるのです。しかしながら、「他人には言わない方がいい」と助言しなければならないのが現状なのです。

「HIV/AIDSに関連した差別・スティグマなどを失くすために社会に対し正しい知識を啓発する」というのは、GINAのミッション・ステイトメントのひとつですが、HIV感染が判った人に「他人には言わないように・・・」とアドバイスしなければならない現実があるのです。

 HIV陽性者がまったく偏見をもたれない社会の実現化・・・。これに向けてGINAは今後力を入れていくつもりです。

 その際、ちょふ氏のような人物が積極的に講演活動をおこなうのは大変効果的でしょう。

 これを読まれている方で、「ちょふ氏を講演に招きたい」という方がおられましたらGINA事務局までお問い合わせを!!






第17回 コンドームの限界(後編)                   (2007年11月)



 最近タイでは、「夫婦間でもコンドームを!」ということがしきりに言われています。

たしかに、タイでは主婦層でのHIV感染が急増しており、主婦はタイではHIV感染の最たるハイリスクグループとなっています。

これは、主婦の浮気、あるいは生活するための売春という要素もあるにはありますが、圧倒的に多いのが、「自分の夫からの感染」です。

なぜ、自分の夫から感染するのかというと、それは夫が買春行為や違法薬物に耽溺するからです。私自身が懇意にしているタイのHIV陽性の女性のなかにも自分の夫からHIVに感染したという人が少なくありません。

では、やはり家庭内でもコンドームを用いなければならないのでしょうか。

純粋に予防医学的、あるいは公衆衛生学的に考えたときはその通りになるでしょう。主婦が夫から感染しているのであれば夫婦間でもコンドームを用いることでそのリスクが回避できる、というのは理にかなっています。

しかしながら、夫婦間の愛情やセックスをそのような観点からのみ論じることには限界があります。

主婦側からみたときに、「自分の夫も他で遊んでいるかもしれないからコンドームを使おう」、と素直に納得できるでしょうか。

タイでは”ギグ”と呼ばれる、いわばセックスフレンドのような関係をもつ男女が少なくないのは事実です。また”ミヤノイ”と呼ばれる、妾のような存在が、公然とではないにせよ、広く周知されているのも事実です。

けれども、だからといって、タイのすべての女性が自分の夫が”ギグ”や”ミヤノイ”を持つことに賛成しているわけではもちろんありません。

実際、自分の夫が浮気をしたことに逆上して、夫のペニスを切断したというニュースはよくタイの大衆紙に載っていますし、ペニス切断までいかなくても、恋人であるタイの女性を裏切って刺された日本人男性を私も知っています。

私の印象で言えば、”ギグ”や”ミヤノイ”という言葉が外国人にも広く知れ渡っている割には、タイの女性は純真無垢であるようにみえます。日本と比べると、結婚するまで貞操を守る女性は少なくありませんし、ひとりの男性に捧げる愛情の深さに感銘を受けることもよくあります。

そんなタイの女性たちが、「家庭内でもコンドーム」という政策に納得できるでしょうか。

コンドームの使用の前に自分の夫に忠誠を誓わせることの方がはるかに重要であることは明らかです。

ところで、「性感染予防のABC」というものが世界的に広まっています。Aはabstinence(禁欲)、Bはbe faithful(忠誠を誓う)、Cはcondom(コンドーム)です。

このなかでA(禁欲)が意味をなさないのは自明でしょう。歴史的には禁酒法の失敗(1920年頃、全米で禁酒法が制定されたが、結果はかえって酒の流通量が増えた)が有名ですが、最近でも、ブッシュ大統領の出身地であるテキサス州で、青少年に対する禁欲を奨励したところ、かえって若年層の性交頻度が増えた、という事例があります。

C(コンドーム)に効果があるのは事実ですが、前回から述べているように限界があるのもまた事実です。

私個人としては、B(忠誠を誓う)が、少なくとも夫婦間においてはもっとも理想的であると考えています。「理想的」ではあっても「現実的」ではないということは認めますが、そうであったとしても、繰り返し言い続けることが大切だと思うのです。

「忠誠」、あるいは「誠実」などといったことを話すのは私の役目ではないかもしれませんし、話したところで意味がないかもしれませんが、私は、どうしてもこういった根源的な原理原則の重要性を置き去りにしたまま、「家庭内にもコンドームを」というスローガンに素直に同意できないのです。

もちろん、その夫婦が納得して、夫婦間のセックスにコンドームを用いるのは悪いことではありませんし、場合によってはリスク回避のためにやむを得ない場合もあるでしょう。

最近ある患者さんに興味深い質問をされました。その患者さん(30代女性)は、結婚しているのですが、旦那が浮気や風俗遊びを繰り返していて、自分に性感染症の危険性があると考えています。それで、私に「どれくらいのペースで性感染症の検査を受けるべきか」、と質問するのです。

私はその言葉に驚き、「まずはご主人に女遊びをやめさせることが大切じゃないですか」と聞いたのですが、彼女は「それは無理だし、別にかまわないと思っている」、と答えました。

たしかに、ふたりの愛のかたちにはいろんなものがあるでしょうから、こういった夫婦関係に対し正論を押し付けるのはよくないでしょう。特に医師という立場からは、私自身の価値観を話したり、倫理観を話したりしたところであまり意味がありません。

こういったカップルには夫婦間でもコンドームの使用が大切になってくるでしょう。

しかしながら、他人の恋愛のかたちにとやかく言うべきではないにしても、「コンドームの使用よりもはるかに大切なのがふたりの間での忠誠心」、という意見を変えるつもりはありません。

現代の日本では、不倫やキケンな恋、あるいは障害を乗り越えての恋愛、などが小説や映画でもてはやされているようですが、もっと平凡でシンプルなかたちの恋愛のなかに存在する「忠誠」というものの意味を考えるべきではないでしょうか。





第16回 コンドームの限界(前編)                   (2007年10月)


 HIVや性感染症の予防にコンドームを使いましょう・・・

 日本でも80年代後半にエイズが社会問題となり、実際にコンドームの使用者が増えているかどうかは別にして、この言葉が広く浸透してきているように思います。

 タイでも90年代前半、ときの保健大臣ミーチャイ・ウィラワタイヤ(Mechai Veravaidya)氏が、コンドーム普及を強く訴え、「100%コンドームキャンペーン」なるものを展開し、主要都市の売春施設だけでなく、一部のレストランなどにも無料コンドームが配置されるようになりました。ミーチャイ氏は、小学校で「コンドーム膨らませ大会」といった奇抜なイベントもおこない、「ミスター・コンドーム」と呼ばれるようにまでなりました。

 そして、タイでは「100%コンドームキャンペーン」が功を奏し、HIV新規感染の上昇率が急激に低下してきました。1992年には軍人の4%がHIV陽性だったのに対し、10年後には0.5%程度にまで落ち着きました。

 では、コンドームがあればHIVや他の性感染症は完全に防ぐことができるのか・・・

 残念ながら答えは否でしょう。今回はその理由を考えていきたいと思います。

 まず、コンドームが性交時に破損するというリスクがあります。タイ製のコンドームの不良品率が10%を超えるというニュースを以前お伝えしましたが、コンドームメーカーによってはこのような危険性を考えなければなりません。

 日本の製品は質がいいからそんなことは考えなくていいのでは・・・。

 そのように思う人もいるでしょうが、海外で性交渉の機会がないとも言えませんし、私が院長をつとめるすてらめいとクリニックの患者さんのなかにも、「(日本製の)コンドームが破れた」と言って受診される方は珍しくありません。

 次に、ラテックスにアレルギーのある人が少なくないという問題があります。以前別のところで述べましたが、ラテックスアレルギーはときに重篤な症状をきたします。アレルギー症状が重症化し、性交中に命を落としたという事例も世界にはあります。

 この問題には、ウレタンなどのラテックス以外の材料でできているコンドームを用いることで対応できるのですが、ラテックス製のものに比べると、そのようなコンドームはまだまだ流通量が少なく、状況によっては入手しにくいことがあるかもしれません。

 次に、コンドームを装着していても罹患する性感染症の問題があります。最も多いのが性器ヘルペスです。コンドームはペニスの根元までしか覆わないために、根元付近に出現している性器ヘルペスに対しては感染のリスクをゼロにすることはできません。また、女性の外陰部に出現している性器ヘルペスはペニスの根元に接触するために、男性から女性、女性から男性、(あるいは男性から男性、女性から女性)、のいずれの場合も感染する危険性があります。

 性器ヘルペス以外には、尖圭コンジローマ、梅毒、ケジラミ、疥癬(かいせん)などもコンドームを装着していても感染することがあります。

 また、オーラルセックス(フェラチオ、クンニリングス)でうつる感染症もあります。感染力の強いB型肝炎ウイルスや梅毒が代表ですが、HIVもオーラルセックスでうつることがあります。

 タイのある病院が2006年におこなった報告では、HIV新規感染の10人に1人がオーラルセックスが原因でした。また、拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べたように、日本でもフェラチオで男性からHIVをうつされた女性もいます。

 B型肝炎ウイルスやHIVに比べると容易に治りますが、オーラルセックスでクラミジアや淋病に感染することはまったく珍しくなく、日本のセックスワーカー(風俗嬢)の多くは常にこの問題に悩まされています。

 もっとも、オーラルセックス(フェラチオ)の際にもコンドームを用いれば、感染のリスクはかなり低下するのは事実です。しかし、日本人というのは国際的にみてかなりオーラルセックスが好きな民族のようです。

 実際、タイのある医療関係者によれば、「セックスワーカーがコンドームなしでフェラチオをするのは日本くらいで、海外のセックスワーカーは原則としてフェラチオはしないか、してもコンドームを用いる」、そうです。

 この関係者はさらに興味深いことを言います。彼女によりますと、「タイで日本人を相手にする一部のセックスワーカーはリスクを抱えてコンドームを用いないフェラチオをするが、それは日本人の金払いがいいからである」、そうです。

 オーラルセックスにはもうひとつの問題があります。

 それは、(当たり前ですが)クンニリングスにはコンドームが無用ということです。クンニリングスでもHIV感染がおこったという報告が海外にはありますし、やはりB型肝炎ウイルスや梅毒には容易に感染することもあります。女性の性器ヘルペスが男性の(あるいは女性の)口唇に感染した場合、通常の口唇ヘルペスに比べて治りにくく、再発も多いという特徴があります。

 海外にはデンタルダムと呼ばれる、クンニリングスの際に使用する、いわば女性用のコンドームのようなものがありますが、おそらく需要がないことが理由で日本では流通していません。

 以上をまとめると、コンドームには、?破損するリスク、?ラテックスアレルギーのリスク、?コンドームをしていても一部の感染症に罹患するリスク、?オーラルセックスに伴うリスク、があります。

 これら以外にもコンドームの限界を考えなければならないことがらがあります。

 後編ではそのあたりを述べて、さらにコンドームを越えたHIV及び性感染症の予防について考えてみたいと思います。







第15回 ”HIV陰性=OK”という誤解          (2007年9月)

 私が院長をつとめる「すてらめいとクリニック」には、性感染症の検査目的の患者さんが毎日のように来られます。

 検査を受ける動機は、「見知らぬ相手と性交渉をもってしまった」、「酔った勢いで風俗店に行ってしまった」、「海外でついハメをはずしてしまった」、「顧客に強引なセックスを強要された」といったものもあれば、「新しい彼(女)ができたから」、「結婚することになったので」というものもあります。

 また、「特に危険な行為があるわけではないけれど、なんとなく気になって・・・」という人もいます。

 少し前までは、「カップルで来られるのは西洋人だけで、日本人はひとりで受診する」という特徴がありましたが、最近は、カップルで検査を受けに来る日本人の患者さんも増えてきました。(もちろんこれは歓迎すべきことです!) また、最初はひとりで来て、その後に彼(女)を連れてくるというパターンも増えてきています。

 HIV感染というのは性感染だけではありません。「海外でタトゥーを入れたことが心配・・・」、「昔遊び半分でシャブをやったことがあって・・・」、という理由でHIV感染を心配している人もいます。

 HIVに対する世間の関心が高まって、検査を受けに来る人が増えることはもちろん歓迎されるべきことなのですが、患者さんのなかには大きな誤解をしている人がいます。

 それは、「HIV陰性ならそれでOK」という誤解です。

 これがなぜ誤解なのかを説明していきましょう。

 まず、HIVは性感染でも血液感染でもそれほど感染力の強い感染症ではありません。例えば、医療者の針刺し事故を考えたとき、B型肝炎ウイルス(HBV)であれば感染の可能性は30%、C型肝炎ウイルス(HCV)なら3%程度です。それに対し、HIV感染の可能性はわずか0.3%です。(10分の1ずつ減っていくところが興味深いですね)

 性感染の場合は、数字のデータは見たことがありませんが、B型肝炎ウイルスの感染力がHIVとは比較にならない程強いのは間違いありません。日々の臨床の現場でも、風俗店のオーラルセックス(フェラチオ)で風俗嬢からB型肝炎ウイルスをうつされたという男性や、逆に客からうつされたという女性は、まったく珍しくありません。ディープキスでB型肝炎ウイルスがうつったという報告もあります(ただし、学会で報告されるくらいですからディープキスでの感染の頻度は多くないと思われます)

 次に、ウイルスを保有している人の数をみてみましょう。日本では、HIV陽性の人は累計で約1万3千人です。それに対し、B型肝炎では約120万人、HTLV−1で120万人から150万人、C型肝炎にいたっては200万人とも言われています。梅毒については、はっきりしたデータはありませんが、おそらく数十万人程度は病原体を保有しているでしょう。

 海外でもこの傾向は同じです。例えば、タイではHIV陽性者が約58万人、中国では65万人とされていますが(中国の実数はこれよりはるかに多いとみられています)、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスはその何十倍も多いのは間違いありません。

 つまるところ、HIVというのは血液感染でみても、性感染でみても、他の感染症と比較して、感染力が圧倒的に弱いことに加え、病原体を保有している人に出会う可能性も格段に低いわけです。

 もちろん、そのようなHIVにも感染している人はいるわけですから、危険なことをしても大丈夫ということにはなりません。実際、HIVに感染した人たちと話をすると、ごく些細なことで感染している人が多いことに驚かされます。

 しかし、全体からみれば、HIVというのはもっとも感染しにくい感染症とも言えるわけで、それならば、HIVだけを調べてその結果が陰性であればそれでOKというのは理屈の上でもおかしいわけです。

 ただ、もしもB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV−1などが、HIVに比べて治癒しやすいものであったとすれば、HIVに最も注目すべきということになります。

 けれども、実際はそうではありません。HIVに対しては、効果の高い薬剤が次々と開発されたおかげで、現在はかなりの確率でエイズを発症しにくくなっています。しかも、最近では薬を飲むのは1日1回、朝だけとなっています。これなら、薬を職場に持っていく必要もありませんし、規則正しい生活をしていれば飲み忘れることもないでしょう。

 一方、他の感染症をみてみると、例えば、B型肝炎ウイルスに感染して、ウイルスが体内に遷延し慢性化した場合、高価な薬をかなり長期に渡って服用しなければなりません。(B型肝炎ウイルスの薬は、HIVに対しても使われることのあるものです) それに、B型肝炎ウイルスに感染すれば、急性肝炎から劇症肝炎に移行することもあり、そうなればかなりの確率で命を奪われます。危険な性行為をした数ヵ月後に命を落としているかもしれないのがB型肝炎ウイルスなのです。(だからこそ、ワクチン接種が大切なのです!)

 C型肝炎ウイルスは、B型肝炎ウイルスのように劇症化することはほとんどありませんが、その多くは慢性化し、やがて肝硬変や肝癌に移行していきます。ウイルスを死滅させる薬としてインターフェロンという注射薬があります。最近は、かなり効果の高いインターフェロンが使われるようになってきましたが、それでもおよそ6割の人にしか効きません。あとの4割は何もなす術がないのです。しかも、インターフェロンの注射は週に一度、約1年間打ち続けなければなりません。副作用の少ない注射ではありませんし、それを乗り越えたとしても4割の人は効果がなく、やがて肝硬変や肝癌を待つことになるのです。

 HTLV−1はさらに絶望的で、いったん症状が出現すれば有効な治療法がほとんどありません。

 もう一度まとめなおすと、HIVよりも、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV−1などの感染症の方が、病原体を保有している人がはるかに多く、感染力も強く、感染すれば有効な手立てがないことも多いのです! 
 
 さらに、クラミジアや淋病といった尿道炎、咽頭炎、子宮けい管炎をきたす性感染症も早期発見すれば簡単に治りますが、放置しておくと危険な状態になりかねません。特に、女性が子宮けい管炎をおこした場合、進行して卵管炎がおきれば卵管がつまり不妊の原因となりますし、さらに進行しておなかのなかまでいけば緊急開腹手術になることもあります。

 HIV感染が心配ならば、HIVだけでなく、他の感染症も確認しておく必要があるということがお分かりいただけたでしょうか。

参考:
すてらめいとクリニックウェブサイト
 「はやりの病気」第43回「B型肝炎にはワクチンを
 「はやりの病気」第47回「誤解だらけのHTLV−1感染症(前編)
 「はやりの病気」第48回「誤解だらけのHTLV−1感染症(後編)






第14回 リタイア後の楽しみ                  (2007年8月)

 2006年4月に改定された高年齢者雇用安定法では、定年を65歳未満に設定している企業に対して、@定年 を引き上げる、A退職 後に雇用契約を結びなおして再雇用する「継続雇用制度」を導入する、B定年 制を廃止する、のいずれかが義務付けられるようになりました。

 また、今月(2007年8月)には、厚生労働省が、来年度から、従業員全員を70歳まで継続して雇用する企業を財政支援する方針を固めました。雇用保険を活用して、一社あたり40から200万円程度の助成金を支払うことになります。

 これは、今後日本で労働人口が急激に減少することから起こる人手不足に対する解決策というのが一番の理由だと思われますが、すでに崩壊してしまっている年金問題への対応策として、厚生労働省は年金支給年齢の切り上げを検討しているのではないかと、私には思えます。

 日頃医師として患者さんと接していると、65歳以上、あるいは70歳以上で仕事をしている人は、していない人に比べて”元気”な印象があります。”元気”だから仕事をしている、というのもあるでしょうが、私にはそれだけでないように見えます。つまり、「仕事をしているから生活にハリができて元気になっている」のではないかと思われるのです。

 一方で、65歳まで(あるいは60歳まで)働き続けたんだから、高齢者には休ませてあげればいいじゃないか、という意見もあります。

 海外ではどうでしょうか。

 欧米諸国にある程度長期で滞在したことがある人たちがよく言うのは、高齢者のボランティアの多さです。

 病院や施設で患者さんのケアをしたり話し相手になっている人、公園や街を掃除している人、地域の子供たちのためにクリスマスパーティを開いたり、伝統行事を教えたりしている人は、無償のボランティア、それも高齢者のボランティアが多いことがよくあります。

 年をとってからの過ごし方が、日本人は仕事、西洋人はボランティア、と単純に区別できるわけではありませんが、なにかとワーカホリックと揶揄されることの多い日本人はやはり仕事が好きなのかもしれません。

 私は日本人として仕事は楽しんでおこなうものだと思っていますし、仕事をしている高齢者を医師として支援したいと考えていますが、今一度「ボランティアの喜び」について日本人が思いをめぐらせてみてもいいのではないかと考えています。

 仕事とボランティアの一番の違いは、「報酬がもらえるかどうか」です。高福祉国家のヨーロッパ諸国と比べれば、たしかに日本は年をとってからの生活が保障されていません。年金ですら今後受給されるかどうかが疑わしい状況です。

 しかしながら、現在の日本では衣・食・住にこまるということはそれほどありませんし、高齢者になれば、例えば子供の教育費や交際費などに悩まされることは少なくなっているでしょうし、住宅ローンの返済が済んでいる人も多いでしょう。また、日本の高齢者の貯蓄率は世界一位だと言われています。

 それならば、全員が、というわけにはいきませんが、ある程度お金に余裕のある人はボランティアを始めてみてはどうでしょうか。お金に余裕がある、と言い切れる人はそんなに多くないかもしれませんが、例えば、アルバイトというかたちで週に2〜3日程度働けば充分にやっていけるという人は少なくないのではないかと思われます。

 もちろん、私が提案するまでもなく、すでにボランティア活動をしている人は少なくありません。団塊世代(1947年から49年生まれ)の3人に1人はすでにボランティア活動をおこなっていることが、国立教育政策研究所がおこなったアンケート調査でわかりました。(報道は2007年8月14日の日本経済新聞)

 この調査結果を詳しくみてみると、団塊世代でボランティアにかかわっている人は、全体では35.1%、男性33.6%、女性37.1%です。活動内容は、「町内会などの手伝い」が19.1%でトップ、「ゴミ拾いやリサイクル」「伝統芸能や祭りの指導」が続いています。

 また、満足度については、「満足している」「やや満足している」を合わせると72.5%と高い数値を示しています。活動の意義については、「地域に役立つ」「ものの見方が広がる」「友人・知人ができる」などの意見が多いようです。

 さて、再び西洋人に話を戻すと、タイのエイズ施設では多くの高齢の西洋人がボランティアをしています。それに対し、タイで会う日本人のボランティアの大半は若い人で、なかには「自分探し」のためにボランティアを試している、というような人もいます。それはそれで悪くはないと思いますが、若い人たちのボランティアはどうしても期間が短くなりがちで、この点が西洋人から批判されがちです。

 先に、「ある程度お金に余裕があるなら、収入が得られる仕事は週に2〜3回で・・・」という意見を述べましたが、「週に2〜3回」ではなく、「半年間は週5日間働いて、残りの半年をボランティアに費やす」という選択肢があってもいいのではないかと思います。労働力があふれている社会では無理でしょうが、これからの日本のように「超高齢化」を迎える社会では、労働者側の売り手市場になりますから、そのような勤務形態も可能になるのではないかと私は考えています。
 
 海外でのボランティアには、日本では体験できない楽しみがいくつもあります。まず、違う文化を知ることができますし、日本で得た知識や技術が現地の人から大変感謝されることもよくあります。それに、もうひとつ大きな楽しみがあります。それは世界中の人と仲良くなれることです。実際、私はタイに行くときの楽しみのひとつが、タイ人だけでなく、世界中から集まってきている人たちと交流がもてることです。(これはバックパッカーの経験がある人ならお分かりいただけるでしょう)

 私個人の意見として、ボランティア以外のリタイア後の楽しみとして、語学の習得があります。若い頃は、英語以外の外国語を勉強するのは相当困難ですが(英語だけでもかなり大変!)、リタイア後なら時間にゆとりができるはずです。

 語学の習得、海外でのボランティア、この2つは私自身がリタイア後に実践しようと考えていることでもあるのですが、私はこの2つを本格的にできることを考えると、今からリタイア後の人生が楽しみで仕方がありません。

 私と同世代か、少し上の世代の人と話をしていると、「老いることへの恐怖」を持っている人が少なくありません。

 しかし、リタイア後は、時間にゆとりがもてて、出費が減る分お金にも余裕ができますから、若い時代にできなかったことが楽しめるのです!

 70歳まで連続勤務も悪くはないですが、残された人生を最大限に楽しむにはどうすればいいか・・・。その選択肢のなかに、海外でのボランティアと語学習得を入れてみるのはいかがでしょうか。







第13回 恐怖のCM                   (2007年7月)

 おそらく今から20年以上前、私が子供の頃、政府広報のCMで覚醒剤追放を目的としたものがありました。

 現在30代以上の人なら覚えてられると思うのですが、私はあれほど恐ろしいCMをみたことがありません。

 音楽も一切なく、覚醒剤にむしばまれた無言の若い母親の横で、子供が「ママー、ママー」と泣き叫びます。その子供を無視して母親が自身の左腕に覚醒剤を注射します。このCMには音楽が一切なく、低音の男性の無機質な「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか・・・」というナレーションが流れます。

 おそらく特殊メイクだと思うのですが、その母親の表情はまさに”廃人”でした。当時、覚醒剤についてよく分かっていなかった私は、覚醒剤が怖いというよりも、その女性のとても人間とは思えない表情に大変な恐怖を感じました。

 このCMをみて、覚醒剤がとんでもないものであり、何があっても手をださないと決めたのは私だけではないはずです。テレビのCMには大変な影響力があるのは誰もが認めることですが、少なくとも私にとって、この恐怖のCMが覚醒剤の”誘惑”を打ち消す以上の効果を与えているのは事実です。

 いつのまにかそのCMを見なくなり、私は田舎を離れ都会の生活を始めました。

 都会には様々な誘惑があります。田舎にいたときは、(違法)薬物と言えば、タバコ(当時私は未成年でした)とシンナーくらいしかありませんでしたが、都会に出てくれば、大麻や覚醒剤の誘惑が次から次へとやってきます。

 今の時代も、覚醒剤で身を滅ぼしていくのは、裏社会に生きている人だけではなく、学生や主婦、サラリーマンなども大勢いると言われていますが、1980年代後半当時もそれは変わらなかったと思います。いえ、あの恐怖のCMで廃人となっていたのも子供をもつ母親だったことを考えると、大昔から日本では覚醒剤の犠牲になるのは裏社会の住人ではなく「一般人」だったと考えるべきでしょう。

 あの恐怖のCMは私と同世代の人ならほとんど全員が見ているはずなのに、それでも私の知人で覚醒剤にハマっていく人たちがいました。

 覚醒剤は初めから人間を廃人にするわけではなく、ある意味ではその人にとっての”メリット”があります。

例えば、シンナーがキマれば、動けなくなりある種の恍惚感が得られますが、覚醒剤の場合は、”恍惚感”が得られるわけではありません。

 むしろ、シャキッとして集中力がでてきます。眠気も吹き飛びます。深夜の長距離ドライバーに覚醒剤ユーザーが多いのはこのためです。私の昔の知人に、試験の前夜に覚醒剤をキメるという人がいましたが、その効果は絶大だそうです。

 ダイエット目的で覚醒剤を使用する人もいます。以前、ヒロポンが合法的に堂々と販売されていたとき(なんと、日本は覚醒剤が合法だったのです!)、その効果効能には「痩身」と記載されていたそうです。

 セックスの際に用いる人もいます。覚醒剤がキマッた状態でセックスをおこなえば、三日三晩程度ならあっという間にすぎるそうです。金曜日の晩から覚醒剤を使ったセックスをおこない気付けば月曜の朝だった、などという話もよく聞きました。

 集中力アップ、ダイエット、セックスの快楽増強、などと、その部分だけを聞けば、たしかにどれも魅力的かもしれません。少々高いお金を払っても、本当にこういった効果が得られるなら試してみたいと思う人もいるでしょう。

 実際、私も過去に何度か覚醒剤の誘惑に駆られたことがあります。

 けれども、私は決して手を出しませんでしたし、これからも一度たりとも使用するつもりはありません。

 その理由のひとつは、「現在医師をしているから」、というものです。医師であれば、覚醒剤がどれだけ有害なものであるかは理解できますし、覚醒剤をきらした状態の患者さんも数多く見ていますし、覚醒剤のせいで仕事だけでなく全財産や家庭を失った人を見る機会もあります。それに、注射針を使いまわせばC型肝炎ウイルスやHIVに感染するリスクがあります。

 しかしながら、私が覚醒剤をやらない本当の理由は別のところにあります。実際、「医師なら覚醒剤をやらない」は説得力がありません。なぜなら、毎年数回は「医師が覚醒剤取締法違反で逮捕」という新聞記事を目にしますし、長距離ドライバーと同様、深夜に集中力が要求される医療者のなかには覚醒剤が魅力的にみえる人もいるからです。

 私がこれまで覚醒剤に手を染めたことがなく、また今後も手を出さないことを断言できる最大の理由は、子供の頃に心に深く植えつけられたあの恐怖のCMの存在です。

 私が医学部に入学したのは27歳のときで、それまでは医学的な知識などほぼ皆無でした。それでも覚醒剤に手を出さなかったのは、心のどこかであの恐怖のCMが私にブレーキをかけてくれたからなのです。

 もう一度、あのCMを全国放送すればどうでしょう。特に子供がテレビをみる時間帯にすべてのキー局で一斉に放送すれば絶大な効果があることを私は確信しています。あのCMを流すためならいくらでも税金を使ってもかまわないとさえ思います。

 覚醒剤の誘惑があなたを襲ったとき、どうかあの言葉を思い出してみてください。

 「覚醒剤やめますか・・・、それとも、人間やめますか・・・?」







第12回 レディボーイの苦悩          (2007年6月)

 個人的にはあまり好きな街ではありませんが、バンコクから南東の方向にバスで2時間ほどの距離にパタヤというタイ最大の歓楽街があります。パタヤは、一応は海岸に面しておりビーチリゾートということになっていますが、海は決してきれいではなく、観光客の多くは景色ではなく娯楽を求めてやってきます。

 拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べましたが、パタヤにはありとあらゆる娯楽施設が用意されています。ゴーゴーバー、マッサージパーラー、オープンバー、ムエタイショー、ディスコ、カラオケ、置屋、・・・、と、しばらくこんなところで生活すれば社会復帰ができなくなってしまうのではないかという気にすらなります。

 また、世界中からゲイが集まってくるリゾートとしても有名で、実際、パタヤのゲイ・ストリートに足を踏み入れれば、西洋人やタイ人だけでなく、日本人のゲイも大勢集まっていることに驚きます。

 そんなパタヤで、今年で第10回となる毎年恒例の一大イベントが先月開かれました。

 それは「ミス・ティファニー・ユニバース」という名のミスコンですが、通常のミスコンとは少し趣が異なります。このコンテストでは、最も美しいレディボーイが選ばれます。

 「レディボーイ」という言い方は日本ではあまり馴染みがなく「ニューハーフ」とする方が分かりやすいかもしれません。英語では、lady-boyのほか、she-maleと呼ばれることもあります。医学的には、transvestiteと呼ばれることが多いようですが、この表現は差別的なニュアンスがあると言う人もいます。タイでは、カトゥーイと呼ばれます。(ただし、日本語にない母音が含まれるためこのまま発音しても通じません)

 さて、今年で第10回となる記念すべきコンテストで見事栄冠を手にしたのは、カセサート大学に通う20歳の大学生タンヤラート・ジラパッパコーン(Thanyarat Jirapatpakorn)さんです。

 ミス・ティファニー・ユニバースの映像はYouTubeなどで見ることができるため、ご覧になられた方も多いと思いますが、ステージに立つ彼女らの美しさに圧倒されてしまいます。

 栄冠を手にしたタンヤラートさんをはじめ、これだけの美貌をもつ彼女たちは今後華やかな人生を歩むかのように見えますが、必ずしもそうなるわけではありません。

 他国と同様、タイでも彼女たちに対する差別や偏見が存在するのです。

 たしかに、タイのショービジネスにはレディボーイの存在が欠かせません。レディボーイのショーを売り物とした高級クラブは数多く存在し日本からの観光客もよく訪れます。(私は、何度かそういったクラブに行くことを試みたのですが、あまりにも値段が高いためにいつも断念してしまいます。安くても日本円にして5000円以上もするのです・・・)

 また、タイの映画では、レディボーイが主役を演じたり、名脇役としてレディボーイが登場したりすることが少なくありません。

 しかしながら、彼女たちが芸能社会で活躍できるのは、彼女らの”性”が興味深いからであり、その”性”がコマーシャリズムに利用されているからに他なりません。

 バンコクのスリナカリンウィロット大学(Srinakharinwirot University)の臨床心理学者ヴァンロップ・ピヤマノタム(Vanlop Piyamanotham)氏は、彼女たちの”性”の歪んだ利用のされ方に危機感を抱いています。

 「以前は男女のポルノグラフィーが盛んだったが、やがてそれらに飽きる人がでてきた。その結果、幼児とのセックス、高齢者とのセックス、障害者とのセックスなどを描いたポルノが氾濫するようになった。これはビデオ供給者が人々を新たな興奮に導こうと策略したものだ。今後レディボーイが利用されることになりかねないのではないか・・・」

 ヴァンロップ氏はバンコクポストの取材に対しこのようにコメントしています。

 レディボーイが普通の会社に就職しにくいことも彼女らを悩ませています。

 2000年のミス・ティファニー・ユニバースでグランプリに輝いたソムさん(「ソム」はニックネームで、本名はChanya Moranoさん)は言います。

 「何度も何度も仕事を求めて面接に行ったわ。だけど私はレディボーイであるという理由で決して採用されないの。何度失望したか分からないわ・・・」

 ミス・ティファニー・ユニバースの主催者は、「彼女たちには可能性がある。我々は彼女らに仕事の機会を与えているのだ」と言いますが、グランプリを取ったソムさんでさえ(普通の会社には)就職ができないのです。

 結局のところ、彼女たちはショービジネスで利用されているにすぎないのかもしれません・・・

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 世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、常に何人かのレディボーイのHIV陽性者がいます。彼女たちはHIVに感染し、体力が低下していますが、ほぼ毎日のように、ホスピスを訪れる観光客に対してショーを演じて観光客を楽しませています。ショーを演じるのはわずか数十分ですが、化粧と衣装合わせに数時間を費やしています。

 私がタイで初めて出会ったレディボーイはパバナプ寺のジョイ(仮名)と言います。ジョイは、どんなに疲れていても毎日綺麗に着飾って必ず観光客の前でステージに立っていました。悲観的な表情は一切見せず、私は彼女の底抜けの明るさに何度も励まされました。

 去年も今年も、ミス・ティファニー・ユニバースの報道をみて、私の心に浮かんだのはジョイの美しい笑顔です。

 彼女の明るさを前にすると想像することすらできませんでしたが、やはり彼女も実社会では差別を受けていたのでしょう・・・

                     Bangkok Post 2007年5月17日 「Lady boys become a business」


注1 ここではレディボーイたちの三人称を「彼女」としていますが、これは正確でないかもしれません。戸籍上は「彼」ですし、レディボーイたちの性自認は必ずしも女性であるわけではありません。しかし、これ以上の議論は話が複雑になりますのでここでは「彼女」としておきます。

注2 今年の優勝者タンヤラートさんの写真はhttp://www.thaiphotoblogs.com/index.php?blog=5&p=463&more=1&c=1&tb=1&pb=1で見ることができます





第11回 "Independent Sex Workers in Thailand"     (2007/5)

 2007年5月16日、この日はGINA初の国際学会での発表となりました。(大きな学会での発表は昨年の日本エイズ学会に次いで2回目となります)

 今回の国際学会は、International Society of Psychosomatic Obstetrics and Gynecology(ISPOG)という名前の国際学会で、日本語にすれば「国際女性心身医学会」となると思います。15回目となる今年の大会は京都で開かれました。

 なぜ、女性心身医学会とGINAが関係あるかというと、今回のシンポジウムのなかに、Infection and female mental state(感染症と女性の精神状態)というものがあり、そのシンポジウムのなかで、GINAが昨年おこなった研究の「タイのフリーの売春婦について」の発表の場をいただいたというわけです。

 「フリーの売春婦」というのは、店に所属せずに個人で客をとる売春婦のことですが、「free sex workers」とすれば、「無料の売春婦」となってしまいます。「フリーの売春婦」の英語は「Independent sex workers」です。

 発表の時間は12分しかなかったために、GINAが主張したかったことの一部しか話せませんでしたが、発表の後、世界中の参加者から多くの質問や意見をいただくことになり、大勢の方々に興味深く聞いてもらえたのではないかと感じています。

 なかでも、もっとも興味をもってもらえたと思われるのが、GINAの調査で明らかとなった、「顧客の数が少ないほど性感染症に罹患しやすい」という意外な結果です。そしてこの理由を、「タイのフリーの売春婦は外国人の顧客と親密な関係(intimate friend)になりやすく、危険な性行為(unprotected sex)に陥りやすい」とGINAでは考えています。

 考えてみれば、売春婦が多い国は何もタイだけでなく、中国、韓国、ロシア、フィリピン、・・・、といくらでもあります。ヨーロッパではほとんどの国で個人売春は合法ですし、オランダの飾り窓については説明はいらないでしょう。日本でも性風俗に従事する女性は少なくありませんし、一応売春は非合法ですが個人売春をしている女性などいくらでもいます。

 古今東西どこの地域にも売春に従事する女性は少なくないのに、タイでのみ、外国人が容易に売春婦と恋仲になり、その結果、性感染症に罹患するというのは非常に興味深いと言えるでしょう。

 さて、私が発表をおこなったシンポジウムには、私の他にもタイの売春事情について発表をおこなった演者がいます。

 ひとりは、タイ国ソンクラー県のタクシン大学(日本語で”タクシン”と書くと前首相のタクシンと同じになりますが、タイ語では発音が異なりタクシン大学とタクシン前首相はまったく関係がありません)のChutarat教授です。

 Chutarat教授は、昨年私がタクシン大学まで訪ねた教授で、同教授はその頃ソンクラー県の置屋などで働く売春婦の調査とケアをおこなっていました。私がそのフィールドワークに参加させてもらったこともあり、Chutarat教授の発表の共同演者に私の名前も入れてもらっていました。
 
 置屋などで働く売春婦のことを「Dependent sex worker」または「Direct sex worker」と言います。シンポジウムでは結果として、タイのdependent sex workerとindependent sex workerの双方の研究発表がおこなわれたこととなり、興味深いコラボレーションになったのではないかと思います。

 もうひとり、タイの売春婦について話した演者がいます。彼女は神戸大学大学院のAlexander教授で、内容は世界中の(強制)移民についてです。国境を越え仕事を求めて移住をおこなう女性たちのなかには売春産業に従事する(させられる)ものが少なくなく、その例として、ラオスからタイに渡り売春をおこなう女性について話されていました。

 結局、合計6人の演者のうち、私を含めた3人がタイの売春婦についての話をおこなったことになります。まとめ方はそれぞれ異なりますが、タイの売春婦についての問題提示をおこなったという点で、タイでの売買春の問題が浮き彫りにされたのではないかと思われます。

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 私は今年の1月から大阪の東梅田でクリニックをオープンさせていますが、タイでHIVに感染したかもしれないといって受診する患者さんが大変多いことに驚いています。海外でHIVを含む性感染症に罹患した(かもしれない)と言ってクリニックを受診する人に、「どこの国ですか」と尋ねると、中国と並んでタイがトップです。

 患者さんに尋ねると、中国とタイには異なった特徴があります。中国で性感染症に罹患した(かもしれない)人のほとんどは、仕事で中国に行き、仕事の一環で(?)売春婦と関係をもっています。なかには、中国でビジネスをおこなうためには買春は避けて通れない、と言う人までいます。

 一方、タイで感染した(かもしれない)と言って受診する人は、仕事の関係で・・・、と答える人もなかにはいますが、大半はバカンスでタイに行ってタイの女性と関係をもっています。

 しかも、そのタイの女性というのが、マッサージパーラーや置屋で働く女性ではなく、バーやコーヒーショップで知り合った女性であることが多いのです。興味深いことに、彼らの多くは買春をおこなったという意識がなく、「偶然知り合った」、「ナンパで知り合った」という表現を使います。

 もちろん、実際にそうであることもあるでしょうし、なかには本当の恋人の関係や結婚にまでいたるケースもあります。しかしながら、GINAの調査でも明らかになったように、そのような店で外国人男性との出会いを求めている女性の多くは売春を目的としています。

 最初は売春婦と顧客の関係であっても、幸せな関係を築いているカップルは珍しくありませんが、恋に盲目になる前にHIVを含む性感染症のリスクを考えるべきだというのはGINAが一貫して主張していることです。

 今回の国際学会で主張した、「多くの顧客をとる売春婦よりも週に1人以下の顧客しかとらない売春婦の方が性感染症に罹患しやすい」、ということはもっと注目されてもいいのではないかと思います。





第10回 HIV検査でわかる生命の尊さ     (2007/4)

 1990年11月某日、大通りの歩道を歩いていた私は、アスファルトの隙間から必死に背を伸ばそうとしている雑草にふと目がとまりました。

 なんて美しいんだろう・・・

 その大通りは当時私が住んでいたマンションの前に位置しており、最低でも日に2回はその雑草の横を通り過ぎていたことになります。しかし、アスファルトのかたちを変えてしまうほど力強く伸びようとしているその生命に気付いたのはそのときが初めてでした。

 ひとつの命の美しさに心をとらわれた私は、その場にしゃがみ込みその生命をじっくりと眺めました。

 これから私は大阪市北区の保健所に検査の結果を聞きにいかなくてはなりません。

 ちょうど一週間前の昼下がり、さんざん悩んだ挙句、私はHIV抗体検査を受けました。検査を受けるということは、陽性と告知される可能性があると考えていたからです。

 エイズが日本で初めて報告されたのは1987年、たしか神戸の女性ではなかったかと記憶しています。

 「コンドームは避妊のためだけでなくエイズ予防のために使いましょう」

 そのようなことが言われてはいましたが、エイズなんて完全に他人ごとであり、自分に限ってあり得ないなどと何の根拠もなく信じていました。当時の私は自分が医者になるなどとは夢にも思っていなかったのです。

 1987年から1990年までの四年間というのは、私が関西の私立大学に在籍していた四年間であり、今思い出してみても大きな苦悩を感じた記憶がほとんどありません。時はバブル経済真っ盛り、毎日がお祭りみたいな時代でした。
 
 数日間続くお祭りの最後の夜が憂鬱な気分になるのと同じように、大学四年生の後半、HIVに感染したかもしれないという不安が突然私を苦しめ始めました。

 これまでにセックスした女性がHIV陽性である確率は△△%で、その女性たちから感染する確率は◇◇%くらい、そしてこれらを掛け合わせると天文学的な数字になる。だから自分が感染している確率なんてほぼゼロに等しい・・・。けど、”ゼロ”と”ほぼゼロに等しい”は似ているようでまったく異なる・・・。それに外国人が相手のときはHIV陽性である可能性が高くなるかもしれないから××%で計算しなおさなければ・・・

 こんな無意味な試算をどれだけおこなったか分かりません。

 これ以上悩んでも何も解決しない・・・

 そのことに気付いた私は意を決して検査を受けることにしました。検査は思ったよりも短時間で終わり、まるで健康診断のときの採血のようでした。今考えると、当時はHIV検査の際のカウンセリングなんてものはきちんと考えられていなかったのでしょう。

 検査はあっけなく終わりましたが、結果が出るのは1週間後。その間、不安に苛まれながら過ごさなければなりません。当時は即日検査というものがありませんでしたから、誰もが一週間もの間、押し寄せてくる不安と戦わなければならなかったのです。

 眠れない夜が七日間も続きいよいよ検査結果を聞きに行く日。ふと私の目にとまったのが冒頭で述べたアスファルトから顔を出した雑草です。

 アスファルトの隙間をこじ開けるかのように存在を誇示しているその雑草は、しかしながらほとんどの人が気にも止めません。視界に入ったとしても一秒後には記憶から消し去られていることでしょう。一日に何度も踏み続けられているに違いありませんが、踏みつけた人たちすらも気付かないような存在なのです。

 誰からも関心を持たれることがなく、命を絶ったとしても気付かれることすらないかもしれないその雑草を眺めていると、生命の尊さが私の心の奥深くに刻まれていくようでした。

**************

 あれから17年近くがたちました。

 私は医師となり、ほぼ毎日のようにHIVを含めた性感染症の患者さんを診察するようになりました。また、HIVの検査もほぼ毎日のようにおこなっています。

 時代は流れ、検査は即日結果を聞くことができるようになり、また、たとえHIVに感染してもエイズを発症させない薬も普及するようになりました。

 私が検査を受けた1990年は、まだ有効な薬がなく、エイズとは「死にいたる病」だったのです。

 私の検査結果が陰性だったことは、単に陰性であることでホッとした、という感覚よりも深い意味を私に与えてくれました。一週間の眠れない夜を通して私が思い巡らせたことは単にこれまで経験した女性たちだけではありません。自分が幼少児の頃のこと、両親や兄弟のこと、友達や恋人のこと、そしてこれからの自分の将来のこと・・・。

 これらに思いを巡らせ生命の尊さを感じた私は、HIVの検査に、そして考える機会を与えてくれたあの苦悩の一週間に感謝をしています。

 あのとき私に生命の尊さを教えてくれた雑踏のなかの雑草にも感謝をしています。検査結果を聞いた帰り道も、その雑草は力強く背を伸ばしていました。





第9回 GINAは風俗嬢を応援します!     (2007/3)

 タイのNGOに「エンパワー・ファウンデーション(Empower Foundation)」という組織があります。この代表者がチャンタウィパ・アピスク氏(Ms.Chantawipa Apisuk)という女性です。

 チャンタウィパ氏は、1947年にバンコクで生まれ、タマサート大学の社会人類学部を卒業し、その後ニューヨークに渡り人権についての研究をおこなっています。1984年にタイに帰国し、すぐに「エンパワー・ファウンデーション」を設立しました。

 チャンタウィパ氏は、まずパッポン(バンコクのゴーゴーバーが密集する地域)に事務所を設立し、パッポンのバーで働く売春婦たちに英語のレッスンをおこないました。外国人の買春客に対して、対等に交渉するコミュニケーション力を身に付けてもらうことが目的でした。

 しかし、パッポンの売春婦たちが身に付けたのはコミュニケーション能力だけではありませんでした。英語圏の文化に触れたことにより、当時のタイにはほとんど存在しなかった女性の人権というものを売春婦たちが理解するようになり、現在ではいろんなセミナーやフォーラムで、女性の、そして売春婦の人権が訴えられるようにまでなりました。現在、検討されているタイの新憲法の原案に対しても意見を言えるようにまでなっています。

 チャンタウィパ氏のスマートなところは、法律や警察の力を初めから当てにしていないことです。氏は言います。

 「この国では1960年から売春行為は法律で禁止されているわ。けど、現実は今でも売春婦の数は増え続けているのよ。法律に頼って何ができるというの? 警察だって同じよ。警察は時々、売春施設に踏み込んで売春婦を摘発しているけど、それが彼女たちに少しでも幸せをもたらしているかしら。警察はときに彼女たちを逮捕して写真を公開するようなこともしているわ。それを見た両親や親戚は恥かしい思いをしているのよ。彼女たちは両親を助けるために売春をおこなっているのよ。警察はそんな彼女たちを“犯罪者”として扱っているだけだわ」

 チャンタウィパ氏は、高い理想を掲げながらも、単なる理想主義に走ることなく現実を適切にみていると言えるでしょう。氏は言います。

 「売春婦はこの社会から決して消えることがないという現実に目を向けるべきです。ならば、他の職業と同様、その価値を認めるべきなのです」

 現在「エンパワー・ファウンデーション」が売春婦たちにおこなっているのは、「教育」と「(性感染症の)予防」です。チャンタウィパ氏は、政府が予算を削っているせいで、いったん減少しかけたHIVの感染率も、売春婦たちの間、そして買春客の間で再び上昇に転じていることを指摘しています。

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 「売春はよくない」とキレイ事を言ったところで何も始まりません。チャンタウィパ氏が指摘するように、売春婦はこの社会から決して消えることがありません。古今東西を振り返って売春婦がいない地域など存在しないのです。

 そもそも法律や警察なんてものはそれほど当てにできません(と私は考えています)。

 例えば、日本では1992年に暴対法が施行されましたが、これによって犯罪は減ったでしょうか。否、むしろ凶悪犯罪や地下組織の犯罪が増加しているのが現状です。この法律の根底にあるのが「暴力団など社会に存在してはいけない」という”キレイ事”です。

 しかし、売春と同様、暴力団、ヤクザ、マフィアなどが存在しない社会などはありません(北朝鮮が唯一の例外とする考え方もあります)。官僚や政治家がその非現実的な”キレイ事”を社会に押し付けたために、それまでは一応表の世界にいられた暴力団の構成員たちは地下に潜ることになりました。暴力団の構成員だって社会の一員です。にもかかわらず、彼らからは税金は取るが人権は認めないという政策を無理やり施行したのが暴対法ではないかと私は考えています。

 さて、売春婦の話に戻しましょう。チャンタウィパ氏が主張するように、道徳的な良し悪しは別にして、売春婦という存在がある以上は、彼女たちの人権を擁護し健康上のリスクから彼女たちを守ることを考えるべきです。

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 GINAは今月から、「風俗嬢が身を守るために」と題して、無料のセミナーをおこなっています。このセミナーでは、性感染症のことだけでなく、日本の風俗嬢がよく訴える身体的な悩みや精神的な悩み、さらに暴力などのリスクについてもアドバイスをおこなっています。

 風俗嬢であることを堂々とアピールする必要はありませんが、どんな職業に従事する人間にも社会的人権があり、病気のリスクを回避し健康に生きる権利があります。GINAは、そんな女性たち(男性たちも)をこれからも応援していきます。

 最後に、「エンパワー・ファウンデーション」がつくっているTシャツに掲げられているスローガンをご紹介いたします。

 「良い女の子は天国に行く。悪い女の子はどこへでも行ける!」(Good girls go to heaven, bad girls go everywhere.)

参考:Bangkok Post (Perspective) 2007年3月11日 「Empowering “bad girls”」





第8回 エセNGOを排除せよ!     (2007/2)

 2月2日に報道されたチェンマイの少女暴行事件は、大勢の人々に大変大きな衝撃を与えました。まずはこの事件を振り返ってみましょう。

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 2月2日の読売新聞によりますと、チェンマイ県で少数民族の子供の通学を支援する寮を運営する佐賀県出身の日本人男性(38歳)が、入所していた14歳の少女を暴行したとしてタイ警察に逮捕されていたことが2日に分かりました。

 地元警察によりますと、この男性は1月2日に寮で少女に乱暴した疑いで、1月8日に逮捕されました。男性は容疑を認め、現在は釈放されています。

 男性は、タイ人の妻らとともに寮を運営し、学校までの距離が遠くて通えない山岳民族の子供を受け入れており、現在も5人が入所しています。2005年7月には、宿舎建設や車購入費として、日本政府の無償資金協力で約73,000ドル(当時のレートで約785万円)相当を受けていたそうです。

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 GINAにとってこの事件が大変ショッキングだったのは、現在GINAはタイ北部の少数民族(山岳民族)の子供たちの支援に力を入れているからです。

 GINAはタイ中部ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)の患者さんの支援からスタートし、北部のエイズやハンセン病関連の施設の支援、南部のエイズ関連問題の調査、外国人を相手にする売春婦の調査、などをおこなうようになりました。

 タイという国は、地域によって経済状況も文化も大きく異なり、そのため同じエイズという問題を考えるにしてもその地域の特徴を把握しなければなりません。

 現在のタイ北部は、経済状況が好転しており、貧困から売春せざるを得ない少女がある程度は減少しています。また、旧与党のタイ愛国党の徹底した薬物対策で、北部のアヘン生産はほとんどなくなりつつあります。さらに、エイズが「死に至る病」ではないことが世間で認知されはじめたこともあり、エイズに伴う差別やスティグマが減少し(といってもまだまだ問題ですが)、実際タイ北部のエイズ関連施設は減少傾向にあります。

 しかし、タイ北部ではあらたな問題が浮き彫りになってきています。

 まず、ミャンマーからの違法薬物がタイに大量に流入しだしていることがあげられます。タイ愛国党がドラッグ密売人を容赦なく殺してきたこともあり(正式発表では2,500人が殺害されたことになっていますが、実際は5千人以上ではないかという噂もあります)、現在は「疑わしきは裁かない」という方針になっています。

 また、抗HIV薬が普及し、ほとんどのタイ国民が無料もしくは廉価でエイズの治療を受けられるようになってきたのは事実ですが、「タイ国民」には、山岳民族やミャンマー・ラオス・中国などからの移民は含まれていません。このため、こういった少数民族や移民はまともな治療を受けられないのが現状です。

 リス族、モン族、アカ族、・・・、といった国境付近の山岳民族には、学校がなく、その地域で育てられれば、文字の読み書きができず、タイ語が話せないままとなります。アヘンがなくなり(もちろんこれは歓迎すべきことですが)、民芸品以外には特に産業をもたない山岳民族の文化で育ち、教育を受けていなければ、少女たちは両親を助けるため、やがて自らの身体を売ることになるのです。

 山岳民族の子供たちが教育を受けようと思うと、チェンマイ県やチェンライ県の小・中学校に通学することになります。山の上からはもちろん通えませんから、子供たちはチェンマイやチェンライの寮に入らなければなりません。本来はタイ政府が寮をつくるべきかもしれませんが、公的な寮はほとんど存在しないため私立の寮に入ることになります。

 山岳民族の子供たちのために私立の寮を運営しているのは、タイ人だけではありません。日本人も含めた外国人もいくつかの寮を運営しています。しかし、寮を運営するといっても行政から補助金がでるわけではありませんし、子供たちの親にもそんなお金を払う余裕はありませんから、寮の運営費は必然的に寮の設立者が自らの資財を投げ打っておこない、不足する分は寄付金でまかなっているのが現状です。

 GINAは主にタイ人が運営している山岳民族の寮の支援を現在おこなっています。タイ国籍をもつ子供たちには里親奨学金というかたちの支援をしていますが、寮の生徒たちの支援については寮の運営者に(わずかですが)寄附をおこなっています。

 こういった寮を運営している人たちは、タイ人であれ日本人であれ本当に立派な方々です。収入も得ずに休みなく働いている姿は、単に「美しい」「すばらしい」などといった形容詞で表現できるものではなく、私は彼(女)らにお会いする度に胸をうたれます。

 現在のGINAの課題に、「山岳民族の子供たちの寮に対する支援の拡充」というものがあります。現在支援している寮への寄付金を増やすという目標の他に、新たに支援を必要としている寮を探すというのも課題のひとつです。

 そんななか、この佐賀県出身の日本人男性が少女に暴行という事件が報道され、GINAは大変大きなショックを受けたのです。

 この男性も、寮を設立した当初は純粋な目的でおこなっていたのかもしれませんが、このような事件を起こせばどんな善意も帳消しになりますし、罪を償わなくてはなりません。被害者の女性が受けた精神的なショックは計り知れないものでしょうし、他の子供たちにしても安心して寮で生活することができなくなってしまいます。

 NGOやNPOというのは安易に始めるべきではない、と私は考えています。一度始めると簡単に引き下がれませんし、一生奉仕活動をおこなうという覚悟がなければ初めから手を出さないのが賢明です。たしかに、困窮している人を救いたいという気持ちは誰にでもありますが、それなら、しっかりしたNGOやNPOに寄附をしたり、一時的なボランティア活動をおこなったりすればいいわけで、施設や寮をつくるといった行動は、よほどの強い精神力がなければできるものではありません。

 しかしながら、NGOやNPO、あるいは施設運営といった行動には、一般の仕事では経験できない深い感動が得られることを私は確信しています。

 最後に、ある施設で働く人の声をご紹介したいと思います。

 「(施設の)入所者からは感謝されないことも多いし、貯金はどんどんなくなっていくし、私自身がこれから生活できるかどうかも分からない。けど、それでも私は続けるんだ。私を必要としてくれる人はいるし、ここで得られる感動は他では味わえないものなんだよ」





第7回 「風俗嬢ダイアリー」へようこそ      (2007年1月)

 先月から、GINAのウェブサイトで日本の(現役/元)風俗嬢のエッセィを連載しています。私個人としては、この企画によって読者に2つのことを訴えることができれば、と考えています。

 ひとつは、現在の日本の風俗業界では、「性感染症の予防ができていない」という点です。「風俗嬢ダイアリー」のトップページで、編集部のある女性は次のようにコメントしています。


 不思議なことに、多くの風俗の現場で、性感染症を予防する行為をすることができません。皆が、そこでの行為で性感染症がうつるかもしれない、と思い当たり、そして働く者にしてみては、うつらないようにしたい、安全に働きたいと、思っているにもかかわらず、です。


 この言葉は、現在の日本の風俗嬢の思いを象徴していると言えるでしょう。「安全に働く」ということは、誰もが求めることのできる権利のはずですが、まさに”不思議なことに”感染症の予防ができていないという現状があります。

 なぜでしょうか。

 ひとつは、男性客の理解の低さでしょう。彼女らに話を聞いていると、コンドームの使用を拒否する男性客がいかに多いかということに驚かされます。心から信頼し合える恋人どうしであれば、お互いに感染症の検査をおこないリスクがないことを確認すれば、(避妊の問題を除けば)コンドームは不要ですが、出会ったばかりの男女がコンドームなしの性行為(unprotected sex)をおこなうなどということは危険極まりない行為です。

 私は日々の臨床で、性感染症に罹患した患者さんを診る機会がありますが、「オーラルセックスで性感染症にかかることを知らなかった」と答える人が多いことに驚かされます。他のところでも述べましたが、風俗店で性感染症に罹患し、それを知らない間に自分の恋人や奥さんにうつしてしまったという男性がいかに多いかということは知っておくべきでしょう。

 GINAがおこなったタイのセックスワーカーに対するアンケート調査でわかったことのひとつは、「(西洋人に比べて)日本人はコンドームを使用したがらない」ということです。アンケートの具体的な質問事項ではないため、具体的な数字では出てきませんが、彼女たちのコメントをまとめると、日本人の特徴は、「オーラルセックス(フェラチオ)が好きで、コンドームを使いたがらない」、ということです。(ちなみに、アラブ系の男性客はオーラルセックスには興味を示さないそうです)

 風俗店も客商売ですから、できる限り顧客のニーズに応えようと考えるでしょう。その結果、現場で働く風俗嬢たちが危険な目に合っている、という構図ができあがってしまっているのです。

 おそらく日本人のこの民族性(?)が、国内の風俗嬢たちを危険な目にさらしているのでしょう。

 もうひとつ、「風俗嬢ダイアリー」を通して、読者に伝わってほしいと私が願うことは、彼女たちは決して他者から蔑まされる対象ではないということです。

 たしかに、彼女たちの多くは、名前をオープンにしたり、堂々と公の前で発言したりすることには抵抗をもっています。これは仕事の特性を考えたときに止むを得ないことでしょう。そもそも、”性”の問題は”理性”では説明ができないものであり、その”性”のサービスを供給する職業に従事する彼女たちは、”理性”の社会(日常の社会)では”闇”的な(非日常の)存在となります。

 この私の考えに対して反対する人がいるかもしれません。「社会に”闇”など必要はない。すべてのものごとを”理性”で解決すべきだ」と考える人たちです。このタイプの人たちと話をして私が驚くのは、彼(女)らは、例えば「暴力」や「売春」といったものを「消滅させるべき”悪”」とみているということです。

 しかし、少し考えれば分かりますが、古今東西を振り返って「暴力」や「売春」が存在しない社会など皆無であることは自明です。売春婦のいない社会、マフィアのいない社会などあり得ないのです。(例外があるとすれば現在の北朝鮮かもしれません。北朝鮮には売春はありますがマフィアがいないそうです。まあ、国そのものがマフィアのようなものですが・・・)

 「暴力」や「売春」なんか自分には関係がない、と考える人もいるでしょう。もちろん、それはそれでかまわないのですが、そんな人にも”理性”で物事が考えられなくなるときはあるはずです。例えば「恋愛」がそうでしょう。「不倫」や「禁じられた恋」を例に出すまでもなく、恋愛の真っ只中にいる人は”理性”だけでは行動していないはずです。そもそも”理性”的な恋愛など、本当の恋愛と呼べるのでしょうか・・・。

 現実的な視点に立つならば、すべての人が、「暴力」や「売春」あるいは「恋愛」といった理性的ではない”闇”と共存していくことが大切であるはずです。”闇”の世界で仕事をしている人たちは、すでに相当な苦労を強いられています。例えば、アパートを借りたり、クレジットカードをつくったり、といったことは”理性”的な仕事をしている人のようにはできません。また、多くの人は、どこかで”負い目”のようなものを抱えて生きています。

 けれども、”職業”や”生きている社会”といったレベルではなく、もっと根源的な次元において、”人間の尊厳”というものがあるはずです。

 風俗嬢をいたわりましょう、あるいは逆差別しましょう、などと言うつもりはありません。むしろ、安易な気持ちで風俗の仕事を始めるな! というのが私の考えです。しかし、どんな社会にも、(広い意味の)売春で生計を立てている人がいるのが現実なわけですから、大切なのは、”日常”の社会のなかで彼女たちと出会ったときは、”普通に”接するということです。あるいは”闇”の社会で彼女たちと出会ったならば、根源的な次元においての”人間の尊厳”を尊重する、ということです。

 医療現場というのは、”理性”の社会でありますが、同時に、患者さんは自身の”闇”の部分についても話します。患者さんは、家族や友達にも言えない本音を医師には語るのです。

 その人の“闇”の部分も尊重しながら”理性”的に医療をおこなう・・・。これが私の理想です。 





第6回 『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』完      (2006年12月)

 9月5日に当ウェブサイトで連載を開始した小説『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』が、12月19日で最終回を迎えました。

 この小説を巡って、「どこまでがノンフィクションなの?」と何度か聞かれたことがあるのですが、基本的にはほとんどがフィクションで、登場人物はすべて架空の人物です。

 ただ、ストーリーに出てくるNPOというのはGINAのことですし、そのNPOがおこなったアンケート調査というのは、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」のことで、結果はすでに公開している通りです。

 また、私自身が実際にGINAのタイ人スタッフの実家を訪問し、田植えを手伝ったり、食事やトイレで悪戦苦闘したりした経験に基づいてストーリーを組み立てていますから、そういったシーンの描写は、それなりにはノンフィクションに近いかたちとなっているかもしれません。

 この物語にある種の信憑性があるとするならば、それはヒロイン役のスパーのそれぞれのエピソードが、私がこれまでに(元売春婦の)エイズ患者さんや、バンコク在住でイサーン地方出身のセックスワーカーたちから聞いた話に基づいているからです。

 貧困で義務教育の中学校に進学できなかったこと、小学校まで片道2時間の距離を歩かなければならなかったこと、18歳で二児の母親となり夫に逃げられたこと、兄弟が市場で拾われてきたこと、働いていた工場でHIV検査を義務付けられていたこと、金持ちの西洋人のボーイフレンドができて実家にも仕送りできるようになったものの不慮の事故でその生活が終わったこと、働かない兄の遊びのためになけなしのお金を与えている妹・・・。これらはすべて私が数人のタイ人から直接聞いた話です。

 この物語を通して、私が訴えたかったことは主に2つあります。

 ひとつは、セックスワーカー(売春婦)は決して非難される立場の存在ではないということです。物語にあるように、ヒロインのスパーは、これまでに売春をしていた可能性がありますし、これから売春を始めなければならないかもしれません。もしも、スパーが売春に身をそめるようなことがあったとして、誰がスパーを責めることができるでしょう。

 小学校しか卒業してなければまともな仕事は見つけられないのが現実です。仮に見つかったとしても月給は4,000から5,000バーツ程度(12,000円から15,000円程度)です。この給料から自分の生活費をまかない、両親と二人の子供の面倒を見なければならないのです。

 タイでは水道水が飲めませんから生きていくには飲料水を買わねばなりません。水と食料を買って、交通費を払い家賃を払えば(バンコクでは中心部ほど家賃が高いために出稼ぎ労働者は郊外に住んでバスで職場まで通うのが普通です)、自分ひとりが生きていくのが精一杯です。

 イサーン地方で仕事が見つかればやっていけるかもしれませんが、貧困なこの地域には女性が就ける仕事がほとんどありません。実際、イサーン地方の奥地に行けば、若い女性の少なさに驚かされます。私は、一度イサーン地方の葬式に参加したことがあるのですが、村中のほとんどの人が集まっていたその葬式には若い女性がほとんどいませんでした。その理由を村人に尋ねることはできませんでしたが、おそらく多くの女性はバンコクやプーケットに出稼ぎに出ており、そのなかの何割かは身体を売って生活しているのでしょう。

 こういった事実に目を向けようとせずに、「売春はよくない」と主張してみてもまったく説得力はないのです。

 もうひとつ、私が訴えたかったことは、「タイの売春婦からHIVに感染する外国人」についてです。主人公のケイは看護師ですから当然医学的な知識はありますし、また気軽に誰とでも性交渉を持つような性格ではありませんから、仕事や観光でタイに行っても女性を買うようなことはしないでしょう。

 しかし、ケイはスパーと一緒にいるうちに、次第にスパーに惹かれていきます。文中にあるように、この惹かれ方は、スパーが美しいからとか優しいからといったものではなく、かなりの部分で同情(文中にあるようにタイ語では「キーソンサーン」と言います)に基づいています。そして、仮にスパーがHIV陽性であり、ケイと恋に落ちるようになれば、ケイに感染する可能性もでてきます。

 したがって、タイの売春婦からHIVに感染する外国人というのは、売春目的でタイにやって来る輩よりも、むしろケイのような純粋な男性ではないかと私は考えています。それを裏付けるのが、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で述べたように、「性感染症に罹患している売春婦は、週あたりの顧客の数が少ない」という意外な結果です。彼女たちの多くは、多数の買春客から薄利多売をするのではなく、少数の外国人と親密な関係になることを望んでいます。ケイのような男性が、最初は売春をしていると知らずに売春婦に近づいたとすると、親密な関係になることがあり得るでしょう。

 このウェブサイトで何度も述べているように、先進国でHIV感染が増えているのは日本だけではなく、ほとんどの先進国が同じような事態に直面しています。そして増えている新規感染のうち、最も注目すべきグループのひとつが、「海外で(特にタイで)感染する男性」です。今後は、このグループに対する予防啓発活動が必要となってくるでしょう。

 さて、『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』は、ケイがスパーの実家に戻ったところで終わっています。スパーが実際に売春をしていたのか、これから売春をすることを考えているのか、HIVに感染しているのか、また、ケイとスパーのこれからの関係がどうなるのかは、ケイにも分かりません。

 もちろん私にも分かりません。





第5回 アイスの恐怖      (2006年11月)

 オーストラリアはアジアの一員である、と言えば(狭い意味の)アジア人にもオーストラリア人にも抵抗を示す人は少なくないでしょう。しかし、オーストラリアは確実にアジアの一員である、と言える領域があります。

 それは、違法薬物の世界です。オーストラリアを含むアジア諸国(もちろん日本も含みます)で最も流通量が多い薬物が、大麻を除けば、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。

 一方、欧米諸国では、大麻以外には、エクスタシーの存在は無視できませんが、コカインやLSDが多いのが特徴です。覚醒剤の流通量はそれほど多くないと言われています。突然死に至ることも多いコカインとヘロインの合剤である通称「スピードボール」は欧米諸国で問題になっていますが、アジア諸国ではまだそれほど流通量が多くないと言われています。(最近の東京ではアメリカ大陸からの直輸入で若者に浸透しだしているという噂もありますが・・・)

 覚醒剤はアンフェタミンとメタンフェタミンのことを指し、以前の日本では「シャブ」と呼ばれていましたが、最近ではイメージアップを図ってなのか、「スピード」「エス」などと呼ばれることが増えてきました。粉末や錠剤の他に、透明な結晶をしたものがあり、これは純度が高くアルミ箔に乗せて下から火であぶり気化させたものを吸入する摂取法がよくとられます。(この方法を「アブリ」と言います) 

 この結晶は、かたちが氷に似ていることと覚醒剤がキマれば身体が冷たくなっていく感覚があることから、ジャンキーたちには「アイス」と呼ばれています。

 9月27日のNEWS.COM.AUが、アイスがオーストラリアの若い世代に浸透してきていることを報道しています。エクスタシー(MDMA)に代わって、アイスがパーティ・ドラッグの主役になりつつあるそうです。

 国民薬物アルコール研究センター(National Drug and Alcohol Research Centre)は、オーストラリアの若者の間で、仲間と一緒にアイスを吸入する(アブる)のが流行しており、薬物シンジケートも最近は若者をターゲットにしていることを報告しました。

 また、オーストラリア違法薬物委員会(ANCD、Australian National Council on Drugs)は、シンジケートが取り扱う違法薬物をヘロインからアイスに変えてきていると発表しました。

 「我々は薬物シンジケートのマーケティング能力を過小評価している。彼らはアジア全域の若者をターゲットにしている」と、ANCDの幹部はコメントしています。

 シンジケートはアジアの工場で大量に違法薬物を製造しているようです。最近、オーストラリア連邦警察(AFP)も加わっておこなわれた国際調査で、マレーシアのある場所でシャンプーを製造しているかにみせかけた工場で、一日に60キロものアイスが製造されていることが発覚しました。60キロのアイスは、末端価格にして270万オーストラリアドル(約2億4千万円)に相当するそうです。逮捕されたのは21人で、彼らはごく簡単に入手できる化学物質を原料にこの覚醒剤を製造していたそうです。また覚醒剤以外にも8万錠のエクスタシーも押収されたようです。

 オーストラリア連邦警察のある幹部は言います。

 「これは我々が知る限り世界最大の薬物工場である。今回押収したものはアジア太平洋全地域に流通する可能性のあるもので、オーストラリアも例外ではない。そして、最近では押収量が最も多いのがアイスである」

 国民薬物アルコール研究センターの調査では、16歳から25歳の若者でアイスの吸入が流行していることが分かりました。

 ある研究者は、「若者の多くは、エクスタシーやマリファナを経験し、やがてアイスに手を出し始める」、とコメントしています。

 9月27日のNEWS.COM.AUは別の記事で違法薬物に関する二つのレポートについて報告しています。

 ANCDによる調査で、アジア太平洋諸国13カ国で最も問題になっている薬物は、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)であることが分かりました。

 ANCDの代表者John Herron医師は、「我々は違法薬物がアジア太平洋地域の安定性を脅かしオーストラリアにも大きな影響を与える可能性を過小評価すべきでない。覚醒剤はすでにアジア太平洋諸国の若者の文化に溶け込んでいる」、とコメントしています。

 ANCDは自国以外の状況についてもレポートしています。

 「インドネシアが麻薬も含めた違法薬物の消費地のみならず中継地となっている。インドネシアのHIV陽性者の80%が違法薬物の静脈注射をする者で、タイでは毎年25,000人が新たな違法薬物のユーザーとなっている。アイスは現在のフィリピンの最もメジャーな違法薬物である」

 もうひとつのレポートは、UNODC(国連薬物犯罪オフィス)によるものです。UNODCは覚醒剤(アイスを含む)がオーストラリアの路上で出回っていることを警告しています。

 UNODCによりますと、オーストラリアでおこなわれた1999年から2000年、2004年から2005年のふたつの調査を比べると、薬物中毒が原因で入院となる者が56%も増加しています。薬物中毒者は攻撃的になり暴力をふるい救急医療の対象になることもあります。

 覚醒剤に依存している人は世界で2,500万人にものぼり、そのうち6割以上は東南アジアと東アジアに住む人たちです。

 覚醒剤の前駆体物質は容易に入手でき、精製はそれほどむつかしくありません。そして、国際間に流通させているのは若い世代であることをUNODCは指摘しています。

 これらの記事には日本に関する記載がありませんが、日本はいまや世界有数のドラッグ天国です。そして、この記事にあるように、日本でも最も流通している違法薬物は覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。最近は覚醒剤の北朝鮮ルートが次第に減少してきており、数年前に比べると仕入れはやや困難になってきているという情報もありますが、アイスの入手しやすさは世界一と言う人は少なくありません。そのため日本人の元ジャンキーのなかには、怖くて日本に帰れないという人もいる程です。

 アジア太平洋地域の先進国であるオーストラリアが国際捜査に加わりマレーシアの工場を摘発しているわけですから、日本もアジア全域に対する薬物撲滅政策を展開すべきではないでしょうか。それが、国内外に住む日本人を救うことになりますし、それ以前に、アジアのなかで日本が担うべき役割と責任は小さくないのですから。





第4回 タイはもはや”微笑みの国”ではないのか    (2006年10月) 

 タイが”微笑みの国”(Land of Smiles)と呼ばれたのはもう昔のことなのかもしれません。

 最近の世界のメディアの報道をみていると、タイの評判を下げるようなものが目立ちます。違法薬物が急速に市場に出回り、買春目的でタイに渡航する外国人が増え、さらにはタイがペドフィリア(小児愛)や人身売買の拠点になっているという報道もあります。

 2003年に、当時の与党、タイ愛国党が「薬物一掃運動」を開始しました。それまでのタイは、あらゆるドラッグが簡単に安く入手できたことから「ドラッグ天国」とまで言われていましたが、政府の徹底した対策により数千人のドラッグ密売人が射殺されたことなどもあり、わずか1〜2年の間に違法薬物が入手しにくいクリーンな国となりました。自国の方がよほど簡単に薬物を入手できることに気付いた日本人ジャンキーが次々と帰国を始めたという噂もあります。(ただ、タイ愛国党のこの政策は多数の冤罪者を射殺しており、プミポン国王がタクシン前首相に好意をもっていなかった理由のひとつであると言われています)

 ところが、2006年4月2日の総選挙後、タクシン首相が一線を退くようになると、薬物使用者が急増しだしました。(詳細は当ウェブサイト「タイで薬物犯罪急増」2006年5月31日など)

 タイ警察は現在も薬物対策に力を入れていますが、使用者は増える一方のようです。9月19日に起こったクーデターによりタクシン首相は失脚し政権交代がおこなわれます。今後の政府の対策に期待したいところですが、タクシン政権がおこなったほどの強攻策はとれないであろうとの見方が強く、今後ますます薬物犯罪が増えていく可能性があります。

 買春目的でタイに来る外国人も増えてきています。これを裏付けるのが、「先進国でHIV感染が増えている大きな理由がタイでの売春である」、ということです。このウェブサイトで何度も取り上げているように、フィンランド、オーストラリア北部、マレーシアのケランタン州、ジャージー島などでは、タイの売春婦から感染する者が増えていることが問題である、という見解が発表されています。

 児童買春については、数年前までは、「タイではもはや児童買春はない。小児愛者(pedophile)はカンボジアなど他国に棲息している」、と言われていました。ところが、最近では、児童買春を目的としたタイ滞在者が少なくなく、パタヤの児童買春の常連客は200〜300人もいるとする報告もある程です。(詳細は当ウェブサイト「ストリートチルドレンにオープンハウスを!」2006年9月23日)

 最近、アメリカのあるニュース局が「小児愛者のパラダイス?(Paedophile Paradise?)」というタイトルで、タイの児童買春の現状を報告しました。このような番組がつくられた背景には、ジョン・カーという名のアメリカ人が、当時6歳の女の子ジョンベネ・ラムゼーちゃんを殺害した犯人としてタイで逮捕されたという事件があったからだと思われます。

 結果としては、カー氏は犯人ではなかったのですが、この事件が報道されたときのマスコミの報道は、舞い上がって騒ぎすぎていたように思われます。まるで、「やっぱり小児愛者はタイに集まるんだ」、と言わんばかりの報道でした。

 カー氏が逮捕されたときに宿泊していたのは、バンコクのサトーンと呼ばれるエリアにあるブルームス(The Blooms)というホテルですが、あるマスコミは、「買春客が棲息する悪名高き卑しきホテル(a notorious, grubby haunt for sex tourists)」と報道し、「近くにはマッサージ・パーラー(ソープランド)が乱立し母国を捨ててタイに来た外国人と買春客が集う旅行代理店が集中している(neighbourhood of massage parlours and travel agents that cater to expatriate residents and sex tourists)」というものもあったようです。

 証拠が充分にそろっていないにもかかわらずカー氏が逮捕されたのは、「このホテルに宿泊しているのだから小児愛者に間違いない」、と捜査官に思われたことが原因のひとつかもしれません。

 しかし、こういった報道はもちろん行き過ぎていますし正確ではありません。まともな人もこのホテルを利用するでしょうし、近くにマッサージ・パーラーがあるからといって誰もがそのような場所にいくわけではありません。

 マスコミの報道はときに偏ったものになりがちです。アメリカのこのニュース局の番組をみた世界中の小児愛者が今後タイにやって来るようなことがあれば、このニュース局はどうやって責任を取るのでしょうか。このニュース局だけではありません。タイが「薬物天国」「買春天国」「児童買春のパラダイス」などと報じているマスコミやウェブサイトは日本も含めて世界中に数多く存在します。

 2006年9月23日のBangkok Postに、あるイギリス人の男性が「Sex and this city」というタイトルでコメントを載せています。その男性は、イギリスに帰国した時に、周囲に「普段はタイで働いている」と話すと、「ズルイやつ(sly dog)」と言われたり、タイに住んでいること自体を非難されたりするそうです。タイに住むのは買春目的だと思われているのです。

 この男性は、かつてカンボジア人と恋に落ちたことがあるらしいのですが、それを西洋人に話すと、「あなたは売春婦が好きなの?」と言われることがあるそうです。アジアの女性は皆売春婦だと思っている西洋人は少なくないそうなのです。

 これには同じアジア人として私は激しい憤りを感じます。たしかに、タイやカンボジアの夜の店で働く多くの女性が売春をしているのは事実でしょうし、児童買春が増えていることも問題です。しかし、だからといってすべての女性を売春婦とみなすなどというのは言語道断です。

 タイとは本来、美しい自然と絶品の料理が楽しめて、人々が笑顔を絶やさず外国人にも優しく接してくれる、大変魅力的な国なのです。タイに観光に来る女性は少なくありませんし(男性を買いに来る女性がいるのも事実ですが・・・)、カップルの旅行先としてもタイは人気があります。新婚旅行でタイを選ぶ人も少なくないでしょう。

 偏ったマスコミの報道のせいで、健全な目的でタイに観光に来る人が減少し、そして薬物や買春目的でタイを目指す輩が増えることを私は懸念しています。

 タイが”微笑みの国”であり続けるためには、マスコミやウェブサイトの表現が鍵を握ります。薬物や買春に走る輩の興味を引くような表現は避け、タイ国やタイ人でなくそういった輩たちこそが卑下されるべき対象であることを伝えていくのがマスコミやウェブサイトの使命であるはずです。





第3回 美しき同性愛    (2006年9月)

 それは、私が小学校2年生の頃の話・・・。

 私はテレビの部屋で(私の家にはテレビがひとつしかありませんでした)、家族で人気アニメ「ドカベン」を見ていました。二番バッターの殿馬(とのま)が、豪腕ピッチャーからヒットを打つシーンで、「秘打・白鳥の湖」という回転打法を披露したのですが、そのときに流れていた音楽が、チャイコフスキーの「白鳥の湖」でした。

 生まれて初めて「白鳥の湖」を聴いたこの瞬間のことを私は今でも鮮明に覚えています。ストリングスが奏でる旋律のあまりの美しさが心臓を奥まで貫き、一瞬呼吸ができなくなったほどです。

 その12年後のある秋の日・・・。

 私は大学構内のカフェで、ある社会学関連の本を読んでいました。その本にチャイコフスキーという名前が出てきたのですが、その時私は、「白鳥の湖」を初めて聴いたときと同じような、あるいはそれ以上の衝撃を受けました。

 チャイコフスキーが同性愛者だったとは・・・。

 それが、私が「同性愛」に興味をもつきっかけとなりました。

 著名な同性愛者はチャイコフスキーだけではありません。少し例をあげてみましょう。

 オスカー・ワイルド、シェイクスピア、ミシェル・フーコー、ジョン・ケージ、フレディ・マーキュリー、ミケランジェロ、アンデルセン、サマセット・モーム、レナード・バーンスタイン、ロラン・バルト、ジェームス・ディーン、デヴィッド・ボウイ、ボーイ・ジョージ、マーロン・ブランド、ジョニー・マティス、エルトン・ジョン、・・・。

 ハリウッド俳優、ミュージシャン、学者、芸術家、作家などを思いつくまま並べてみましたが、挙げればきりがありません。もちろん、日本人にも同性愛者は少なくありません。

 江戸川乱歩、三島由紀夫、折口信夫、淀川長治、・・・。

 女性の同性愛者もみてみましょう。

 ネナ・チェリー、グレイス・ジョーンズ、マルチナ・ナブラチロワ、マドンナ、・・・。

 これだけ、そうそうたる著名人が並ぶと、同性愛がなんだか素晴らしいものに思えてきます。

 私は作家の山田詠美さんのファンなのですが、詠美さんのエッセィのなかで、「ニューヨークでダサい男はみんなストレートで、いい男はみんなゲイ・・・」、といった内容のものを読んだことがあります。

 一度ロンドンで、洒落た雰囲気のカフェに入ったことがあるのですが、そのカフェに入ったとたん、周囲の異様な雰囲気に圧倒されてしまいました。すぐに、そこがゲイ専用のカフェだということが分かったのですが、私が驚いたのは、私以外の客がみんなゲイということではなく、私以外の全員がたいへんお洒落でカッコよかったということです。

 私の知人のなかにもゲイが好きという女性が少なくありません。彼女らが言うには、「ストレートの男は女性の気持ちがまるで分からないけど、ゲイは繊細なハートを持っているから女性をよく理解してくれる」、そうなのです。

 この話を聞いて思い出すのが、ジュリア・ロバーツ主演の映画「ベスト・フレンズ・ウエディング」に登場していたルパート・エベレット(彼は実生活でもゲイです)です。映画のなかで、主人公のキャリア・ウーマンを演じるジュリア・ロバーツが、以前の恋人が結婚するという事態に直面し混乱しているところを、ルパート・エベレットが優しく理解します。この映画を見たとき、私も女性ならこんな友達「ベスト・フレンド」が欲しいと思いました。

 タイに行くと、たいがいどこに行ってもゲイを目にします。(タイでは、カトゥーイと呼ばれる女性の格好をした男性(日本風に言えば「ニューハーフ」)もよく見ますが、ここでは分けて考えたいと思います)

 タイで、中学生が団体で電車に乗っているような場面に遭遇すると、たいてい数人の綺麗に化粧をしたゲイが女子学生と仲良く会話を楽しんでいるのを目にします。中高生の団体旅行などをみると、だいたい1割くらいの男性がいかにもゲイというファッションをしています。

 タイの国民的スーパースターであるBIRDもゲイで、彼はタイの大勢の国民から支持されており女性ファンも少なくありません。タクシン首相も彼の大ファンです。

 タイは、同性どうしの結婚は法的に認められていませんが、おそらく世界一同性愛に寛容な国だと思われます。実際、世界中からゲイやレズビアンが集まってきています。

 何人かのタイのゲイに、「この国では同性愛差別はないのか」、と聞いたことがあるのですが、全員ではありませんが、ほとんどのゲイは、「差別はほとんど感じない」、と言います。だから、私は日本で暮らしにくそうにしているゲイをみると、「タイに行ってみればどうですか」、と言うことがあります。実際、日本人のゲイのなかにもタイ好きは少なくありません。

 そんなわけで、私は同性愛者に対して、偏見どころか、ある意味では羨望のような気持ちもあります。そういう気持ちがあるからかどうかは分かりませんが、私自身もゲイと思われることがときどきあります。特に、タイに行くと、タイの女性から、「あなた、ゲイでしょ」、と言われたことが何度もあります。
 
 私は、自分がゲイと言われると、「お洒落でカッコいい」と言われているような気がするので、決してイヤな気持ちにはならないのですが、素直には喜べない側面もあります。よく、「色白の日本人は、日本ではパッとしない男でもタイ女性からはモテる」、と言われることがありますが、私はゲイと思われるからなのか、色は白いのに、タイ女性の間からさっぱりモテません。もちろん、日本でもモテるわけではありません。

 では、ゲイからはどう思われているかというと、ゲイの人に尋ねると、私は、「とうていゲイには見えないし、これからもゲイになれることはない」、と言われてしまいます。

 ということは、結局私は誰からもモテないということになってしまいます。

 まあ、私の個人的な話はいいとして、同性愛者が社会から差別を受けている、という事態が私には理解できないのです。なかには、同性愛者だという理由で、病院でイヤな思いをした、という方もおられます。また、世界には、同性愛行為が法律で厳しく禁じられている国もあります。

 いったい、同性愛者が社会のなかで、どれだけストレートの人に迷惑をかけたというのでしょうか・・・。

 山田詠美さんは、エッセィのなかで、「黒人が差別されてきたのは自明なんだから、自分は逆差別するくらいの気持ちがある」、というようなことを言われたことがありますが、私は、差別やスティグマがこの社会からなくなるまで、同性愛者を応援していきたいと考えています。





第2回 もうひとつの少子化対策    (2006年8月)

 私が以前ある病院の産婦人科で研修を受けていた頃の話・・・。

 ひとりのベテランの産婦人科医(女性医師)は、不妊治療の相談に外来に来ていた患者さんが帰った後、私にふとつぶやきました。

 「何百万円もかけて子供をつくろうとする人が多いけど、世界には不衛生な環境や食料不足から死んでいく子供も多いのにね・・・」

 私はこの言葉に大変驚きました。まさか、ベテランの産婦人科医がそんなことを考えているとは微塵も思っていなかったからです。
 
 現在の日本では、年々新しく生まれる子供の数が減少しており、一人の女性が一生に生む子どもの数を示す、いわゆる合計特殊出生率は危機的な状況にあると言われています。この数字が2.08を下回ると、現在の人口数を維持できなくなるとされていますが、2004年のデータでは、日本は1.29まで低下してきており、今後もさらに低下することが予想されています。

 この原因として、ライフスタイルの変化や女性の晩婚化がよくあげられますが、子供がほしいのにできない、いわゆる「不妊症」というものがあります。不妊症で悩む女性は、巨額な出費とひきかえに高度な医療を受けます。2004年から、一部の行政機関で公的な資金を用いて不妊治療を支持する動きがでてきていますが、その援助額はそれほど大きくなく、また回数制限もあるために、現時点ではそれほど大きな期待がもてるわけではありません。

 少子化の危機が叫ばれる一方で、世界では人口増加が問題となっています。実際、世界の人口は実に1日におよそ20万人も増えていると言われています。

 世界全体でみれば、新しく誕生する子供が多すぎて、食料、衛生、教育などが不十分になっているという問題があり、その一方では、数百万円を投入して子供をもうけることを試みている先進国の人たちもいるというわけです。

 私は個人的には、不妊治療が重要であるのと同様に、貧困な地域の子供たちも救う努力をしなければならない、という考えを持っていますが、冒頭でご紹介したように、不妊治療を推進すべき立場の産婦人科医がこのような意見を持っているということに大変驚いたのです。

 もちろん、この産婦人科医も不妊治療に「反対」しているわけではなく、子供ができなくて悩んでいる人の気持ちを理解して不妊治療にあたられているわけですが、同時に発展途上国の子供たちにまで深い思慮をされていることに私は感動しました。実際、この医師は、発展途上国の子供数人の「里親」になられています。

 1989年に処刑されたルーマニアの元大統領、チャウシェスクの政権下で、10万人以上の子供の難民が誕生したと言われています。この子供たちを救うために、欧米各国の善意ある人々は、積極的に子供たちを養子として迎え入れました。(ただ、新しい親子関係は必ずしもうまくいっていないという報道もあります。)

 一方で、ルーマニアの子供たちを受け入れた日本人というのは、ほとんど聞いたことがありません。ただ、確かに、ルーマニア人と日本人では民族が違いすぎる、という意見があるでしょうし、法律上の問題もあります。

 では、アジア難民はどうでしょうか。ベトナム戦争の影響などで、ベトナム、カンボジア、ラオスなどでは大量の難民が発生し、その多くは子供たちです。もちろん、日本にも善意のある方はたくさんおられますから、現在日本で暮らすこういった地域出身の元難民の方は累計で1万人以上になります。

 しかしながら、他の先進諸国と比べて、日本が難民の受け入れに消極的なのは事実です。法律上の問題もありますが、一番の原因は、他国に比べると、血筋のつながっていない子供を養うことに抵抗のある人が多い、ということではないでしょうか。

 私は、子供がほしくてもできないという人に対して、「お金のかかる不妊治療はもうやめにして途上国の難民を養子にしましょう」、などと言うつもりは毛頭ありません。このような問題は、他人からとやかく言われるようなものではないからです。

 ただ、子供のいる人もいない人も、欲しい人もそうでない人も、「少子化の問題は日本を含めた先進国のみの話であって、世界全体でみれば、むしろその逆の人口増加が問題になっている」、という意識を持つことは重要だと思うのです。

 さて、難民の子供たちにとって、大きな障壁がHIV感染です。母親がHIVに感染していることを知らずに産んだHIV陽性の子供はたくさんいますし、自身が陰性であっても両親がエイズで死んでしまい、養ってもらうことができなくなった子供も大勢います。なかには、まだ初潮が来ていないのにもかかわらず児童買春を含めた性的虐待によってHIVに感染した子供もいると言われています。

 日本では、たしかに血筋を大切にする伝統がありますが、同時に、子供は地域社会で育てるもの、という伝統がかつてはあったのも事実です。ライフスタイルの変化に伴い、次第にこの古き善き伝統は失われつつあるように思いますが、家族だけでは子育てはなかなかできないということに反対する人はいないでしょう。

 ライフスタイルの変化は、地域社会のつながりを奪った代わりに、インターネットや通信技術の発展を通して、世界中の情報を瞬時に知ることができるようになりました。ならば、地域社会の子供を育てる、という伝統を、世界中の子供を育てる、という新しい価値観にパラダイム・シフトさせてみてはどうでしょうか。

 GINAでは、HIVが原因で困窮している子供たちの支援をおこなうのと同時に、そういった子供がどのような生活をしているかを伝えていく義務があると考えています。








第1回 理性では解決しない病    (2006年7月)

 感情には理性にはまったく知られぬ感情の理屈がある

 これは、フランスの哲学者パスカルの言葉です。
 この言葉ほど、エイズという病にとりまく事象を、的確に表しているものはないのでは、と私は考えています。

 「コンドームを使いましょう」
 「売春はよくないことです」
 「覚醒剤や麻薬は人間を破滅させます」

 これらは、言われなくても誰もが知っていることです。よく、教育の現場でこういうことを教えるべきだ、という論調があって、それはそれで正しいのですが、限界があることを知っておく必要がある、と私は考えています。
 そもそも、危険な性行為にのめり込む人も、売買春をおこなう男女も、薬物に手を出してしまう人も、そのほとんどがそれらの良し悪しは分かっているのです。

 分かっているんだけれどもやめられない・・・

 これこそが問題の本質なのです。

 では、どうすればいいのか。
 もちろん、正しい知識を共有することが大切であることには変わりありません。
 まず、薬害エイズにみるような医療従事者サイドの怠慢、母子感染の予防、検査を徹底することによって防ぐことができると思われる家庭内感染、などは知識を持つことが、そのままHIV感染の減少につながります。
 また、貧困から売春せざるを得ない少女(一部は少年)に対しては、行政やNPO(NGO)が中心となり大勢の人々にはたらきかけることによって、改善できる可能性があります。

 一般の人々に対してはどうでしょうか。
 コンドームがなぜ大切なのか、売春によるHIVや他の性感染症のリスクがどれだけあるのか、薬物を使用するとどういう顛末にたどり着くのか、などについては、しっかりとした知識を持つ必要がありますし、教育の現場でも積極的に取り入れることは大切です。
 しかし、同時に、そんな理屈(=キレイ事)だけでは解決することがない、ということを認識することはそれ以上に大切です。
 
 危険と分かりながらもコンドームを用いない性行為を求めてしまう人たち、売買春に向かう衝動を抑えられない人たち、薬物に依存してしまっている人たち、こういう人たちの立場に立って、気持ちを理解しないことには、本当の意味でのHIV予防の啓発はできないのです。
 
 よくHIV感染は「自業自得」だと言われることがあります。しかし、これほど、エイズに関連する諸問題を考えるときに、的を外した言葉もないでしょう。
 薬害エイズや母子感染を「自業自得」と言う人はいないでしょうが、売春や薬物、あるいはタトゥーなどで感染した者に対しては、「自業自得」という人が少なくありません。

 しかし、決してそうではないのです。
 危険かもしれない性行為、一度だけにすると決めて手を出してしまった薬物、あるいは好奇心からつい入れてしまったタトゥー、これらは「自業自得」なのでしょうか。長い人生のなかで、このようなことが一度でもあれば、それは卑下される「自業自得」の行為なのでしょうか。
 これを「自業自得」だと言う人は、きっと聖人君子のような方なのでしょう。そういう人は誰からも尊敬される素晴らしい方なのでしょう。
 幸か不幸か、私はそんな聖人君子のような人間ではありません。そして、聖人君子が「自業自得」と呼ぶような行為をしてしまう人に感情移入をしてしまいます。
 私のような凡人からみれば、「自業自得」と言われる行為は、人間らしくて理解できる行為なのです。
 私に言わせれば、長年の喫煙から発症した肺癌や、度重なる忠告を無視して暴飲暴食を繰り返したことにより発症した糖尿病の方がよほど「自業自得」です。けれども、一般的に癌や生活習慣病はそのような対象とは見られず、HIVや性感染症が、他人から共感されない「自業自得」の病、さらに「差別」される病となっているのです。

 パスカルの言うとおり、感情というものは、ときに理性では解決しない衝動を持ち合わせています。人間は理性だけで行動しているわけではないのです。

 私が、HIVや性感染症に取り組もうと思ったのも理性だけではありません。

 病気が原因で病院を受診しているのに、その病気が原因で病院からも差別される病・・・。
 こんなことがあっていいのでしょうか。
 いいはずがありません。
 この想いがきっかけとなり、私はHIVや性感染症に取り組みだしました。

 私がHIVや性感染症に関連する諸問題を解決したいと思う気持ち・・・

 この気持ちもまた、理性では説明できない理屈から生まれた感情によるものなのです。