|
第16回 コンドームの限界(前編) (2007年10月)
HIVや性感染症の予防にコンドームを使いましょう・・・
日本でも80年代後半にエイズが社会問題となり、実際にコンドームの使用者が増えているかどうかは別にして、この言葉が広く浸透してきているように思います。
タイでも90年代前半、ときの保健大臣ミーチャイ・ウィラワタイヤ(Mechai Veravaidya)氏が、コンドーム普及を強く訴え、「100%コンドームキャンペーン」なるものを展開し、主要都市の売春施設だけでなく、一部のレストランなどにも無料コンドームが配置されるようになりました。ミーチャイ氏は、小学校で「コンドーム膨らませ大会」といった奇抜なイベントもおこない、「ミスター・コンドーム」と呼ばれるようにまでなりました。
そして、タイでは「100%コンドームキャンペーン」が功を奏し、HIV新規感染の上昇率が急激に低下してきました。1992年には軍人の4%がHIV陽性だったのに対し、10年後には0.5%程度にまで落ち着きました。
では、コンドームがあればHIVや他の性感染症は完全に防ぐことができるのか・・・
残念ながら答えは否でしょう。今回はその理由を考えていきたいと思います。
まず、コンドームが性交時に破損するというリスクがあります。タイ製のコンドームの不良品率が10%を超えるというニュースを以前お伝えしましたが、コンドームメーカーによってはこのような危険性を考えなければなりません。
日本の製品は質がいいからそんなことは考えなくていいのでは・・・。
そのように思う人もいるでしょうが、海外で性交渉の機会がないとも言えませんし、私が院長をつとめるすてらめいとクリニックの患者さんのなかにも、「(日本製の)コンドームが破れた」と言って受診される方は珍しくありません。
次に、ラテックスにアレルギーのある人が少なくないという問題があります。以前別のところで述べましたが、ラテックスアレルギーはときに重篤な症状をきたします。アレルギー症状が重症化し、性交中に命を落としたという事例も世界にはあります。
この問題には、ウレタンなどのラテックス以外の材料でできているコンドームを用いることで対応できるのですが、ラテックス製のものに比べると、そのようなコンドームはまだまだ流通量が少なく、状況によっては入手しにくいことがあるかもしれません。
次に、コンドームを装着していても罹患する性感染症の問題があります。最も多いのが性器ヘルペスです。コンドームはペニスの根元までしか覆わないために、根元付近に出現している性器ヘルペスに対しては感染のリスクをゼロにすることはできません。また、女性の外陰部に出現している性器ヘルペスはペニスの根元に接触するために、男性から女性、女性から男性、(あるいは男性から男性、女性から女性)、のいずれの場合も感染する危険性があります。
性器ヘルペス以外には、尖圭コンジローマ、梅毒、ケジラミ、疥癬(かいせん)などもコンドームを装着していても感染することがあります。
また、オーラルセックス(フェラチオ、クンニリングス)でうつる感染症もあります。感染力の強いB型肝炎ウイルスや梅毒が代表ですが、HIVもオーラルセックスでうつることがあります。
タイのある病院が2006年におこなった報告では、HIV新規感染の10人に1人がオーラルセックスが原因でした。また、拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べたように、日本でもフェラチオで男性からHIVをうつされた女性もいます。
B型肝炎ウイルスやHIVに比べると容易に治りますが、オーラルセックスでクラミジアや淋病に感染することはまったく珍しくなく、日本のセックスワーカー(風俗嬢)の多くは常にこの問題に悩まされています。
もっとも、オーラルセックス(フェラチオ)の際にもコンドームを用いれば、感染のリスクはかなり低下するのは事実です。しかし、日本人というのは国際的にみてかなりオーラルセックスが好きな民族のようです。
実際、タイのある医療関係者によれば、「セックスワーカーがコンドームなしでフェラチオをするのは日本くらいで、海外のセックスワーカーは原則としてフェラチオはしないか、してもコンドームを用いる」、そうです。
この関係者はさらに興味深いことを言います。彼女によりますと、「タイで日本人を相手にする一部のセックスワーカーはリスクを抱えてコンドームを用いないフェラチオをするが、それは日本人の金払いがいいからである」、そうです。
オーラルセックスにはもうひとつの問題があります。
それは、(当たり前ですが)クンニリングスにはコンドームが無用ということです。クンニリングスでもHIV感染がおこったという報告が海外にはありますし、やはりB型肝炎ウイルスや梅毒には容易に感染することもあります。女性の性器ヘルペスが男性の(あるいは女性の)口唇に感染した場合、通常の口唇ヘルペスに比べて治りにくく、再発も多いという特徴があります。
海外にはデンタルダムと呼ばれる、クンニリングスの際に使用する、いわば女性用のコンドームのようなものがありますが、おそらく需要がないことが理由で日本では流通していません。
以上をまとめると、コンドームには、?破損するリスク、?ラテックスアレルギーのリスク、?コンドームをしていても一部の感染症に罹患するリスク、?オーラルセックスに伴うリスク、があります。
これら以外にもコンドームの限界を考えなければならないことがらがあります。
後編ではそのあたりを述べて、さらにコンドームを越えたHIV及び性感染症の予防について考えてみたいと思います。

第15回 ”HIV陰性=OK”という誤解 (2007年9月)
私が院長をつとめる「すてらめいとクリニック」には、性感染症の検査目的の患者さんが毎日のように来られます。
検査を受ける動機は、「見知らぬ相手と性交渉をもってしまった」、「酔った勢いで風俗店に行ってしまった」、「海外でついハメをはずしてしまった」、「顧客に強引なセックスを強要された」といったものもあれば、「新しい彼(女)ができたから」、「結婚することになったので」というものもあります。
また、「特に危険な行為があるわけではないけれど、なんとなく気になって・・・」という人もいます。
少し前までは、「カップルで来られるのは西洋人だけで、日本人はひとりで受診する」という特徴がありましたが、最近は、カップルで検査を受けに来る日本人の患者さんも増えてきました。(もちろんこれは歓迎すべきことです!) また、最初はひとりで来て、その後に彼(女)を連れてくるというパターンも増えてきています。
HIV感染というのは性感染だけではありません。「海外でタトゥーを入れたことが心配・・・」、「昔遊び半分でシャブをやったことがあって・・・」、という理由でHIV感染を心配している人もいます。
HIVに対する世間の関心が高まって、検査を受けに来る人が増えることはもちろん歓迎されるべきことなのですが、患者さんのなかには大きな誤解をしている人がいます。
それは、「HIV陰性ならそれでOK」という誤解です。
これがなぜ誤解なのかを説明していきましょう。
まず、HIVは性感染でも血液感染でもそれほど感染力の強い感染症ではありません。例えば、医療者の針刺し事故を考えたとき、B型肝炎ウイルス(HBV)であれば感染の可能性は30%、C型肝炎ウイルス(HCV)なら3%程度です。それに対し、HIV感染の可能性はわずか0.3%です。(10分の1ずつ減っていくところが興味深いですね)
性感染の場合は、数字のデータは見たことがありませんが、B型肝炎ウイルスの感染力がHIVとは比較にならない程強いのは間違いありません。日々の臨床の現場でも、風俗店のオーラルセックス(フェラチオ)で風俗嬢からB型肝炎ウイルスをうつされたという男性や、逆に客からうつされたという女性は、まったく珍しくありません。ディープキスでB型肝炎ウイルスがうつったという報告もあります(ただし、学会で報告されるくらいですからディープキスでの感染の頻度は多くないと思われます)
次に、ウイルスを保有している人の数をみてみましょう。日本では、HIV陽性の人は累計で約1万3千人です。それに対し、B型肝炎では約120万人、HTLV−1で120万人から150万人、C型肝炎にいたっては200万人とも言われています。梅毒については、はっきりしたデータはありませんが、おそらく数十万人程度は病原体を保有しているでしょう。
海外でもこの傾向は同じです。例えば、タイではHIV陽性者が約58万人、中国では65万人とされていますが(中国の実数はこれよりはるかに多いとみられています)、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスはその何十倍も多いのは間違いありません。
つまるところ、HIVというのは血液感染でみても、性感染でみても、他の感染症と比較して、感染力が圧倒的に弱いことに加え、病原体を保有している人に出会う可能性も格段に低いわけです。
もちろん、そのようなHIVにも感染している人はいるわけですから、危険なことをしても大丈夫ということにはなりません。実際、HIVに感染した人たちと話をすると、ごく些細なことで感染している人が多いことに驚かされます。
しかし、全体からみれば、HIVというのはもっとも感染しにくい感染症とも言えるわけで、それならば、HIVだけを調べてその結果が陰性であればそれでOKというのは理屈の上でもおかしいわけです。
ただ、もしもB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV−1などが、HIVに比べて治癒しやすいものであったとすれば、HIVに最も注目すべきということになります。
けれども、実際はそうではありません。HIVに対しては、効果の高い薬剤が次々と開発されたおかげで、現在はかなりの確率でエイズを発症しにくくなっています。しかも、最近では薬を飲むのは1日1回、朝だけとなっています。これなら、薬を職場に持っていく必要もありませんし、規則正しい生活をしていれば飲み忘れることもないでしょう。
一方、他の感染症をみてみると、例えば、B型肝炎ウイルスに感染して、ウイルスが体内に遷延し慢性化した場合、高価な薬をかなり長期に渡って服用しなければなりません。(B型肝炎ウイルスの薬は、HIVに対しても使われることのあるものです) それに、B型肝炎ウイルスに感染すれば、急性肝炎から劇症肝炎に移行することもあり、そうなればかなりの確率で命を奪われます。危険な性行為をした数ヵ月後に命を落としているかもしれないのがB型肝炎ウイルスなのです。(だからこそ、ワクチン接種が大切なのです!)
C型肝炎ウイルスは、B型肝炎ウイルスのように劇症化することはほとんどありませんが、その多くは慢性化し、やがて肝硬変や肝癌に移行していきます。ウイルスを死滅させる薬としてインターフェロンという注射薬があります。最近は、かなり効果の高いインターフェロンが使われるようになってきましたが、それでもおよそ6割の人にしか効きません。あとの4割は何もなす術がないのです。しかも、インターフェロンの注射は週に一度、約1年間打ち続けなければなりません。副作用の少ない注射ではありませんし、それを乗り越えたとしても4割の人は効果がなく、やがて肝硬変や肝癌を待つことになるのです。
HTLV−1はさらに絶望的で、いったん症状が出現すれば有効な治療法がほとんどありません。
もう一度まとめなおすと、HIVよりも、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV−1などの感染症の方が、病原体を保有している人がはるかに多く、感染力も強く、感染すれば有効な手立てがないことも多いのです!
さらに、クラミジアや淋病といった尿道炎、咽頭炎、子宮けい管炎をきたす性感染症も早期発見すれば簡単に治りますが、放置しておくと危険な状態になりかねません。特に、女性が子宮けい管炎をおこした場合、進行して卵管炎がおきれば卵管がつまり不妊の原因となりますし、さらに進行しておなかのなかまでいけば緊急開腹手術になることもあります。
HIV感染が心配ならば、HIVだけでなく、他の感染症も確認しておく必要があるということがお分かりいただけたでしょうか。
参考:
すてらめいとクリニックウェブサイト
「はやりの病気」第43回「B型肝炎にはワクチンを」
「はやりの病気」第47回「誤解だらけのHTLV−1感染症(前編)」
「はやりの病気」第48回「誤解だらけのHTLV−1感染症(後編)」

第14回 リタイア後の楽しみ (2007年8月)
2006年4月に改定された高年齢者雇用安定法では、定年を65歳未満に設定している企業に対して、@定年 を引き上げる、A退職 後に雇用契約を結びなおして再雇用する「継続雇用制度」を導入する、B定年 制を廃止する、のいずれかが義務付けられるようになりました。
また、今月(2007年8月)には、厚生労働省が、来年度から、従業員全員を70歳まで継続して雇用する企業を財政支援する方針を固めました。雇用保険を活用して、一社あたり40から200万円程度の助成金を支払うことになります。
これは、今後日本で労働人口が急激に減少することから起こる人手不足に対する解決策というのが一番の理由だと思われますが、すでに崩壊してしまっている年金問題への対応策として、厚生労働省は年金支給年齢の切り上げを検討しているのではないかと、私には思えます。
日頃医師として患者さんと接していると、65歳以上、あるいは70歳以上で仕事をしている人は、していない人に比べて”元気”な印象があります。”元気”だから仕事をしている、というのもあるでしょうが、私にはそれだけでないように見えます。つまり、「仕事をしているから生活にハリができて元気になっている」のではないかと思われるのです。
一方で、65歳まで(あるいは60歳まで)働き続けたんだから、高齢者には休ませてあげればいいじゃないか、という意見もあります。
海外ではどうでしょうか。
欧米諸国にある程度長期で滞在したことがある人たちがよく言うのは、高齢者のボランティアの多さです。
病院や施設で患者さんのケアをしたり話し相手になっている人、公園や街を掃除している人、地域の子供たちのためにクリスマスパーティを開いたり、伝統行事を教えたりしている人は、無償のボランティア、それも高齢者のボランティアが多いことがよくあります。
年をとってからの過ごし方が、日本人は仕事、西洋人はボランティア、と単純に区別できるわけではありませんが、なにかとワーカホリックと揶揄されることの多い日本人はやはり仕事が好きなのかもしれません。
私は日本人として仕事は楽しんでおこなうものだと思っていますし、仕事をしている高齢者を医師として支援したいと考えていますが、今一度「ボランティアの喜び」について日本人が思いをめぐらせてみてもいいのではないかと考えています。
仕事とボランティアの一番の違いは、「報酬がもらえるかどうか」です。高福祉国家のヨーロッパ諸国と比べれば、たしかに日本は年をとってからの生活が保障されていません。年金ですら今後受給されるかどうかが疑わしい状況です。
しかしながら、現在の日本では衣・食・住にこまるということはそれほどありませんし、高齢者になれば、例えば子供の教育費や交際費などに悩まされることは少なくなっているでしょうし、住宅ローンの返済が済んでいる人も多いでしょう。また、日本の高齢者の貯蓄率は世界一位だと言われています。
それならば、全員が、というわけにはいきませんが、ある程度お金に余裕のある人はボランティアを始めてみてはどうでしょうか。お金に余裕がある、と言い切れる人はそんなに多くないかもしれませんが、例えば、アルバイトというかたちで週に2〜3日程度働けば充分にやっていけるという人は少なくないのではないかと思われます。
もちろん、私が提案するまでもなく、すでにボランティア活動をしている人は少なくありません。団塊世代(1947年から49年生まれ)の3人に1人はすでにボランティア活動をおこなっていることが、国立教育政策研究所がおこなったアンケート調査でわかりました。(報道は2007年8月14日の日本経済新聞)
この調査結果を詳しくみてみると、団塊世代でボランティアにかかわっている人は、全体では35.1%、男性33.6%、女性37.1%です。活動内容は、「町内会などの手伝い」が19.1%でトップ、「ゴミ拾いやリサイクル」「伝統芸能や祭りの指導」が続いています。
また、満足度については、「満足している」「やや満足している」を合わせると72.5%と高い数値を示しています。活動の意義については、「地域に役立つ」「ものの見方が広がる」「友人・知人ができる」などの意見が多いようです。
さて、再び西洋人に話を戻すと、タイのエイズ施設では多くの高齢の西洋人がボランティアをしています。それに対し、タイで会う日本人のボランティアの大半は若い人で、なかには「自分探し」のためにボランティアを試している、というような人もいます。それはそれで悪くはないと思いますが、若い人たちのボランティアはどうしても期間が短くなりがちで、この点が西洋人から批判されがちです。
先に、「ある程度お金に余裕があるなら、収入が得られる仕事は週に2〜3回で・・・」という意見を述べましたが、「週に2〜3回」ではなく、「半年間は週5日間働いて、残りの半年をボランティアに費やす」という選択肢があってもいいのではないかと思います。労働力があふれている社会では無理でしょうが、これからの日本のように「超高齢化」を迎える社会では、労働者側の売り手市場になりますから、そのような勤務形態も可能になるのではないかと私は考えています。
海外でのボランティアには、日本では体験できない楽しみがいくつもあります。まず、違う文化を知ることができますし、日本で得た知識や技術が現地の人から大変感謝されることもよくあります。それに、もうひとつ大きな楽しみがあります。それは世界中の人と仲良くなれることです。実際、私はタイに行くときの楽しみのひとつが、タイ人だけでなく、世界中から集まってきている人たちと交流がもてることです。(これはバックパッカーの経験がある人ならお分かりいただけるでしょう)
私個人の意見として、ボランティア以外のリタイア後の楽しみとして、語学の習得があります。若い頃は、英語以外の外国語を勉強するのは相当困難ですが(英語だけでもかなり大変!)、リタイア後なら時間にゆとりができるはずです。
語学の習得、海外でのボランティア、この2つは私自身がリタイア後に実践しようと考えていることでもあるのですが、私はこの2つを本格的にできることを考えると、今からリタイア後の人生が楽しみで仕方がありません。
私と同世代か、少し上の世代の人と話をしていると、「老いることへの恐怖」を持っている人が少なくありません。
しかし、リタイア後は、時間にゆとりがもてて、出費が減る分お金にも余裕ができますから、若い時代にできなかったことが楽しめるのです!
70歳まで連続勤務も悪くはないですが、残された人生を最大限に楽しむにはどうすればいいか・・・。その選択肢のなかに、海外でのボランティアと語学習得を入れてみるのはいかがでしょうか。

第13回 恐怖のCM (2007年7月)
おそらく今から20年以上前、私が子供の頃、政府広報のCMで覚醒剤追放を目的としたものがありました。
現在30代以上の人なら覚えてられると思うのですが、私はあれほど恐ろしいCMをみたことがありません。
音楽も一切なく、覚醒剤にむしばまれた無言の若い母親の横で、子供が「ママー、ママー」と泣き叫びます。その子供を無視して母親が自身の左腕に覚醒剤を注射します。このCMには音楽が一切なく、低音の男性の無機質な「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか・・・」というナレーションが流れます。
おそらく特殊メイクだと思うのですが、その母親の表情はまさに”廃人”でした。当時、覚醒剤についてよく分かっていなかった私は、覚醒剤が怖いというよりも、その女性のとても人間とは思えない表情に大変な恐怖を感じました。
このCMをみて、覚醒剤がとんでもないものであり、何があっても手をださないと決めたのは私だけではないはずです。テレビのCMには大変な影響力があるのは誰もが認めることですが、少なくとも私にとって、この恐怖のCMが覚醒剤の”誘惑”を打ち消す以上の効果を与えているのは事実です。
いつのまにかそのCMを見なくなり、私は田舎を離れ都会の生活を始めました。
都会には様々な誘惑があります。田舎にいたときは、(違法)薬物と言えば、タバコ(当時私は未成年でした)とシンナーくらいしかありませんでしたが、都会に出てくれば、大麻や覚醒剤の誘惑が次から次へとやってきます。
今の時代も、覚醒剤で身を滅ぼしていくのは、裏社会に生きている人だけではなく、学生や主婦、サラリーマンなども大勢いると言われていますが、1980年代後半当時もそれは変わらなかったと思います。いえ、あの恐怖のCMで廃人となっていたのも子供をもつ母親だったことを考えると、大昔から日本では覚醒剤の犠牲になるのは裏社会の住人ではなく「一般人」だったと考えるべきでしょう。
あの恐怖のCMは私と同世代の人ならほとんど全員が見ているはずなのに、それでも私の知人で覚醒剤にハマっていく人たちがいました。
覚醒剤は初めから人間を廃人にするわけではなく、ある意味ではその人にとっての”メリット”があります。
例えば、シンナーがキマれば、動けなくなりある種の恍惚感が得られますが、覚醒剤の場合は、”恍惚感”が得られるわけではありません。
むしろ、シャキッとして集中力がでてきます。眠気も吹き飛びます。深夜の長距離ドライバーに覚醒剤ユーザーが多いのはこのためです。私の昔の知人に、試験の前夜に覚醒剤をキメるという人がいましたが、その効果は絶大だそうです。
ダイエット目的で覚醒剤を使用する人もいます。以前、ヒロポンが合法的に堂々と販売されていたとき(なんと、日本は覚醒剤が合法だったのです!)、その効果効能には「痩身」と記載されていたそうです。
セックスの際に用いる人もいます。覚醒剤がキマッた状態でセックスをおこなえば、三日三晩程度ならあっという間にすぎるそうです。金曜日の晩から覚醒剤を使ったセックスをおこない気付けば月曜の朝だった、などという話もよく聞きました。
集中力アップ、ダイエット、セックスの快楽増強、などと、その部分だけを聞けば、たしかにどれも魅力的かもしれません。少々高いお金を払っても、本当にこういった効果が得られるなら試してみたいと思う人もいるでしょう。
実際、私も過去に何度か覚醒剤の誘惑に駆られたことがあります。
けれども、私は決して手を出しませんでしたし、これからも一度たりとも使用するつもりはありません。
その理由のひとつは、「現在医師をしているから」、というものです。医師であれば、覚醒剤がどれだけ有害なものであるかは理解できますし、覚醒剤をきらした状態の患者さんも数多く見ていますし、覚醒剤のせいで仕事だけでなく全財産や家庭を失った人を見る機会もあります。それに、注射針を使いまわせばC型肝炎ウイルスやHIVに感染するリスクがあります。
しかしながら、私が覚醒剤をやらない本当の理由は別のところにあります。実際、「医師なら覚醒剤をやらない」は説得力がありません。なぜなら、毎年数回は「医師が覚醒剤取締法違反で逮捕」という新聞記事を目にしますし、長距離ドライバーと同様、深夜に集中力が要求される医療者のなかには覚醒剤が魅力的にみえる人もいるからです。
私がこれまで覚醒剤に手を染めたことがなく、また今後も手を出さないことを断言できる最大の理由は、子供の頃に心に深く植えつけられたあの恐怖のCMの存在です。
私が医学部に入学したのは27歳のときで、それまでは医学的な知識などほぼ皆無でした。それでも覚醒剤に手を出さなかったのは、心のどこかであの恐怖のCMが私にブレーキをかけてくれたからなのです。
もう一度、あのCMを全国放送すればどうでしょう。特に子供がテレビをみる時間帯にすべてのキー局で一斉に放送すれば絶大な効果があることを私は確信しています。あのCMを流すためならいくらでも税金を使ってもかまわないとさえ思います。
覚醒剤の誘惑があなたを襲ったとき、どうかあの言葉を思い出してみてください。
「覚醒剤やめますか・・・、それとも、人間やめますか・・・?」

第12回 レディボーイの苦悩 (2007年6月)
個人的にはあまり好きな街ではありませんが、バンコクから南東の方向にバスで2時間ほどの距離にパタヤというタイ最大の歓楽街があります。パタヤは、一応は海岸に面しておりビーチリゾートということになっていますが、海は決してきれいではなく、観光客の多くは景色ではなく娯楽を求めてやってきます。
拙書『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』でも述べましたが、パタヤにはありとあらゆる娯楽施設が用意されています。ゴーゴーバー、マッサージパーラー、オープンバー、ムエタイショー、ディスコ、カラオケ、置屋、・・・、と、しばらくこんなところで生活すれば社会復帰ができなくなってしまうのではないかという気にすらなります。
また、世界中からゲイが集まってくるリゾートとしても有名で、実際、パタヤのゲイ・ストリートに足を踏み入れれば、西洋人やタイ人だけでなく、日本人のゲイも大勢集まっていることに驚きます。
そんなパタヤで、今年で第10回となる毎年恒例の一大イベントが先月開かれました。
それは「ミス・ティファニー・ユニバース」という名のミスコンですが、通常のミスコンとは少し趣が異なります。このコンテストでは、最も美しいレディボーイが選ばれます。
「レディボーイ」という言い方は日本ではあまり馴染みがなく「ニューハーフ」とする方が分かりやすいかもしれません。英語では、lady-boyのほか、she-maleと呼ばれることもあります。医学的には、transvestiteと呼ばれることが多いようですが、この表現は差別的なニュアンスがあると言う人もいます。タイでは、カトゥーイと呼ばれます。(ただし、日本語にない母音が含まれるためこのまま発音しても通じません)
さて、今年で第10回となる記念すべきコンテストで見事栄冠を手にしたのは、カセサート大学に通う20歳の大学生タンヤラート・ジラパッパコーン(Thanyarat Jirapatpakorn)さんです。
ミス・ティファニー・ユニバースの映像はYouTubeなどで見ることができるため、ご覧になられた方も多いと思いますが、ステージに立つ彼女らの美しさに圧倒されてしまいます。
栄冠を手にしたタンヤラートさんをはじめ、これだけの美貌をもつ彼女たちは今後華やかな人生を歩むかのように見えますが、必ずしもそうなるわけではありません。
他国と同様、タイでも彼女たちに対する差別や偏見が存在するのです。
たしかに、タイのショービジネスにはレディボーイの存在が欠かせません。レディボーイのショーを売り物とした高級クラブは数多く存在し日本からの観光客もよく訪れます。(私は、何度かそういったクラブに行くことを試みたのですが、あまりにも値段が高いためにいつも断念してしまいます。安くても日本円にして5000円以上もするのです・・・)
また、タイの映画では、レディボーイが主役を演じたり、名脇役としてレディボーイが登場したりすることが少なくありません。
しかしながら、彼女たちが芸能社会で活躍できるのは、彼女らの”性”が興味深いからであり、その”性”がコマーシャリズムに利用されているからに他なりません。
バンコクのスリナカリンウィロット大学(Srinakharinwirot University)の臨床心理学者ヴァンロップ・ピヤマノタム(Vanlop Piyamanotham)氏は、彼女たちの”性”の歪んだ利用のされ方に危機感を抱いています。
「以前は男女のポルノグラフィーが盛んだったが、やがてそれらに飽きる人がでてきた。その結果、幼児とのセックス、高齢者とのセックス、障害者とのセックスなどを描いたポルノが氾濫するようになった。これはビデオ供給者が人々を新たな興奮に導こうと策略したものだ。今後レディボーイが利用されることになりかねないのではないか・・・」
ヴァンロップ氏はバンコクポストの取材に対しこのようにコメントしています。
レディボーイが普通の会社に就職しにくいことも彼女らを悩ませています。
2000年のミス・ティファニー・ユニバースでグランプリに輝いたソムさん(「ソム」はニックネームで、本名はChanya Moranoさん)は言います。
「何度も何度も仕事を求めて面接に行ったわ。だけど私はレディボーイであるという理由で決して採用されないの。何度失望したか分からないわ・・・」
ミス・ティファニー・ユニバースの主催者は、「彼女たちには可能性がある。我々は彼女らに仕事の機会を与えているのだ」と言いますが、グランプリを取ったソムさんでさえ(普通の会社には)就職ができないのです。
結局のところ、彼女たちはショービジネスで利用されているにすぎないのかもしれません・・・
**************
世界最大のエイズホスピスであるパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)には、常に何人かのレディボーイのHIV陽性者がいます。彼女たちはHIVに感染し、体力が低下していますが、ほぼ毎日のように、ホスピスを訪れる観光客に対してショーを演じて観光客を楽しませています。ショーを演じるのはわずか数十分ですが、化粧と衣装合わせに数時間を費やしています。
私がタイで初めて出会ったレディボーイはパバナプ寺のジョイ(仮名)と言います。ジョイは、どんなに疲れていても毎日綺麗に着飾って必ず観光客の前でステージに立っていました。悲観的な表情は一切見せず、私は彼女の底抜けの明るさに何度も励まされました。
去年も今年も、ミス・ティファニー・ユニバースの報道をみて、私の心に浮かんだのはジョイの美しい笑顔です。
彼女の明るさを前にすると想像することすらできませんでしたが、やはり彼女も実社会では差別を受けていたのでしょう・・・
Bangkok Post 2007年5月17日 「Lady boys become a business」
注1 ここではレディボーイたちの三人称を「彼女」としていますが、これは正確でないかもしれません。戸籍上は「彼」ですし、レディボーイたちの性自認は必ずしも女性であるわけではありません。しかし、これ以上の議論は話が複雑になりますのでここでは「彼女」としておきます。
注2 今年の優勝者タンヤラートさんの写真はhttp://www.thaiphotoblogs.com/index.php?blog=5&p=463&more=1&c=1&tb=1&pb=1で見ることができます

第11回 "Independent Sex Workers in Thailand" (2007/5)
2007年5月16日、この日はGINA初の国際学会での発表となりました。(大きな学会での発表は昨年の日本エイズ学会に次いで2回目となります)
今回の国際学会は、International Society of Psychosomatic Obstetrics and Gynecology(ISPOG)という名前の国際学会で、日本語にすれば「国際女性心身医学会」となると思います。15回目となる今年の大会は京都で開かれました。
なぜ、女性心身医学会とGINAが関係あるかというと、今回のシンポジウムのなかに、Infection and female mental state(感染症と女性の精神状態)というものがあり、そのシンポジウムのなかで、GINAが昨年おこなった研究の「タイのフリーの売春婦について」の発表の場をいただいたというわけです。
「フリーの売春婦」というのは、店に所属せずに個人で客をとる売春婦のことですが、「free sex workers」とすれば、「無料の売春婦」となってしまいます。「フリーの売春婦」の英語は「Independent sex workers」です。
発表の時間は12分しかなかったために、GINAが主張したかったことの一部しか話せませんでしたが、発表の後、世界中の参加者から多くの質問や意見をいただくことになり、大勢の方々に興味深く聞いてもらえたのではないかと感じています。
なかでも、もっとも興味をもってもらえたと思われるのが、GINAの調査で明らかとなった、「顧客の数が少ないほど性感染症に罹患しやすい」という意外な結果です。そしてこの理由を、「タイのフリーの売春婦は外国人の顧客と親密な関係(intimate friend)になりやすく、危険な性行為(unprotected sex)に陥りやすい」とGINAでは考えています。
考えてみれば、売春婦が多い国は何もタイだけでなく、中国、韓国、ロシア、フィリピン、・・・、といくらでもあります。ヨーロッパではほとんどの国で個人売春は合法ですし、オランダの飾り窓については説明はいらないでしょう。日本でも性風俗に従事する女性は少なくありませんし、一応売春は非合法ですが個人売春をしている女性などいくらでもいます。
古今東西どこの地域にも売春に従事する女性は少なくないのに、タイでのみ、外国人が容易に売春婦と恋仲になり、その結果、性感染症に罹患するというのは非常に興味深いと言えるでしょう。
さて、私が発表をおこなったシンポジウムには、私の他にもタイの売春事情について発表をおこなった演者がいます。
ひとりは、タイ国ソンクラー県のタクシン大学(日本語で”タクシン”と書くと前首相のタクシンと同じになりますが、タイ語では発音が異なりタクシン大学とタクシン前首相はまったく関係がありません)のChutarat教授です。
Chutarat教授は、昨年私がタクシン大学まで訪ねた教授で、同教授はその頃ソンクラー県の置屋などで働く売春婦の調査とケアをおこなっていました。私がそのフィールドワークに参加させてもらったこともあり、Chutarat教授の発表の共同演者に私の名前も入れてもらっていました。
置屋などで働く売春婦のことを「Dependent sex worker」または「Direct sex worker」と言います。シンポジウムでは結果として、タイのdependent sex workerとindependent sex workerの双方の研究発表がおこなわれたこととなり、興味深いコラボレーションになったのではないかと思います。
もうひとり、タイの売春婦について話した演者がいます。彼女は神戸大学大学院のAlexander教授で、内容は世界中の(強制)移民についてです。国境を越え仕事を求めて移住をおこなう女性たちのなかには売春産業に従事する(させられる)ものが少なくなく、その例として、ラオスからタイに渡り売春をおこなう女性について話されていました。
結局、合計6人の演者のうち、私を含めた3人がタイの売春婦についての話をおこなったことになります。まとめ方はそれぞれ異なりますが、タイの売春婦についての問題提示をおこなったという点で、タイでの売買春の問題が浮き彫りにされたのではないかと思われます。
**************
私は今年の1月から大阪の東梅田でクリニックをオープンさせていますが、タイでHIVに感染したかもしれないといって受診する患者さんが大変多いことに驚いています。海外でHIVを含む性感染症に罹患した(かもしれない)と言ってクリニックを受診する人に、「どこの国ですか」と尋ねると、中国と並んでタイがトップです。
患者さんに尋ねると、中国とタイには異なった特徴があります。中国で性感染症に罹患した(かもしれない)人のほとんどは、仕事で中国に行き、仕事の一環で(?)売春婦と関係をもっています。なかには、中国でビジネスをおこなうためには買春は避けて通れない、と言う人までいます。
一方、タイで感染した(かもしれない)と言って受診する人は、仕事の関係で・・・、と答える人もなかにはいますが、大半はバカンスでタイに行ってタイの女性と関係をもっています。
しかも、そのタイの女性というのが、マッサージパーラーや置屋で働く女性ではなく、バーやコーヒーショップで知り合った女性であることが多いのです。興味深いことに、彼らの多くは買春をおこなったという意識がなく、「偶然知り合った」、「ナンパで知り合った」という表現を使います。
もちろん、実際にそうであることもあるでしょうし、なかには本当の恋人の関係や結婚にまでいたるケースもあります。しかしながら、GINAの調査でも明らかになったように、そのような店で外国人男性との出会いを求めている女性の多くは売春を目的としています。
最初は売春婦と顧客の関係であっても、幸せな関係を築いているカップルは珍しくありませんが、恋に盲目になる前にHIVを含む性感染症のリスクを考えるべきだというのはGINAが一貫して主張していることです。
今回の国際学会で主張した、「多くの顧客をとる売春婦よりも週に1人以下の顧客しかとらない売春婦の方が性感染症に罹患しやすい」、ということはもっと注目されてもいいのではないかと思います。

第10回 HIV検査でわかる生命の尊さ (2007/4)
1990年11月某日、大通りの歩道を歩いていた私は、アスファルトの隙間から必死に背を伸ばそうとしている雑草にふと目がとまりました。
なんて美しいんだろう・・・
その大通りは当時私が住んでいたマンションの前に位置しており、最低でも日に2回はその雑草の横を通り過ぎていたことになります。しかし、アスファルトのかたちを変えてしまうほど力強く伸びようとしているその生命に気付いたのはそのときが初めてでした。
ひとつの命の美しさに心をとらわれた私は、その場にしゃがみ込みその生命をじっくりと眺めました。
これから私は大阪市北区の保健所に検査の結果を聞きにいかなくてはなりません。
ちょうど一週間前の昼下がり、さんざん悩んだ挙句、私はHIV抗体検査を受けました。検査を受けるということは、陽性と告知される可能性があると考えていたからです。
エイズが日本で初めて報告されたのは1987年、たしか神戸の女性ではなかったかと記憶しています。
「コンドームは避妊のためだけでなくエイズ予防のために使いましょう」
そのようなことが言われてはいましたが、エイズなんて完全に他人ごとであり、自分に限ってあり得ないなどと何の根拠もなく信じていました。当時の私は自分が医者になるなどとは夢にも思っていなかったのです。
1987年から1990年までの四年間というのは、私が関西の私立大学に在籍していた四年間であり、今思い出してみても大きな苦悩を感じた記憶がほとんどありません。時はバブル経済真っ盛り、毎日がお祭りみたいな時代でした。
数日間続くお祭りの最後の夜が憂鬱な気分になるのと同じように、大学四年生の後半、HIVに感染したかもしれないという不安が突然私を苦しめ始めました。
これまでにセックスした女性がHIV陽性である確率は△△%で、その女性たちから感染する確率は◇◇%くらい、そしてこれらを掛け合わせると天文学的な数字になる。だから自分が感染している確率なんてほぼゼロに等しい・・・。けど、”ゼロ”と”ほぼゼロに等しい”は似ているようでまったく異なる・・・。それに外国人が相手のときはHIV陽性である可能性が高くなるかもしれないから××%で計算しなおさなければ・・・
こんな無意味な試算をどれだけおこなったか分かりません。
これ以上悩んでも何も解決しない・・・
そのことに気付いた私は意を決して検査を受けることにしました。検査は思ったよりも短時間で終わり、まるで健康診断のときの採血のようでした。今考えると、当時はHIV検査の際のカウンセリングなんてものはきちんと考えられていなかったのでしょう。
検査はあっけなく終わりましたが、結果が出るのは1週間後。その間、不安に苛まれながら過ごさなければなりません。当時は即日検査というものがありませんでしたから、誰もが一週間もの間、押し寄せてくる不安と戦わなければならなかったのです。
眠れない夜が七日間も続きいよいよ検査結果を聞きに行く日。ふと私の目にとまったのが冒頭で述べたアスファルトから顔を出した雑草です。
アスファルトの隙間をこじ開けるかのように存在を誇示しているその雑草は、しかしながらほとんどの人が気にも止めません。視界に入ったとしても一秒後には記憶から消し去られていることでしょう。一日に何度も踏み続けられているに違いありませんが、踏みつけた人たちすらも気付かないような存在なのです。
誰からも関心を持たれることがなく、命を絶ったとしても気付かれることすらないかもしれないその雑草を眺めていると、生命の尊さが私の心の奥深くに刻まれていくようでした。
**************
あれから17年近くがたちました。
私は医師となり、ほぼ毎日のようにHIVを含めた性感染症の患者さんを診察するようになりました。また、HIVの検査もほぼ毎日のようにおこなっています。
時代は流れ、検査は即日結果を聞くことができるようになり、また、たとえHIVに感染してもエイズを発症させない薬も普及するようになりました。
私が検査を受けた1990年は、まだ有効な薬がなく、エイズとは「死にいたる病」だったのです。
私の検査結果が陰性だったことは、単に陰性であることでホッとした、という感覚よりも深い意味を私に与えてくれました。一週間の眠れない夜を通して私が思い巡らせたことは単にこれまで経験した女性たちだけではありません。自分が幼少児の頃のこと、両親や兄弟のこと、友達や恋人のこと、そしてこれからの自分の将来のこと・・・。
これらに思いを巡らせ生命の尊さを感じた私は、HIVの検査に、そして考える機会を与えてくれたあの苦悩の一週間に感謝をしています。
あのとき私に生命の尊さを教えてくれた雑踏のなかの雑草にも感謝をしています。検査結果を聞いた帰り道も、その雑草は力強く背を伸ばしていました。

第9回 GINAは風俗嬢を応援します! (2007/3)
タイのNGOに「エンパワー・ファウンデーション(Empower Foundation)」という組織があります。この代表者がチャンタウィパ・アピスク氏(Ms.Chantawipa Apisuk)という女性です。
チャンタウィパ氏は、1947年にバンコクで生まれ、タマサート大学の社会人類学部を卒業し、その後ニューヨークに渡り人権についての研究をおこなっています。1984年にタイに帰国し、すぐに「エンパワー・ファウンデーション」を設立しました。
チャンタウィパ氏は、まずパッポン(バンコクのゴーゴーバーが密集する地域)に事務所を設立し、パッポンのバーで働く売春婦たちに英語のレッスンをおこないました。外国人の買春客に対して、対等に交渉するコミュニケーション力を身に付けてもらうことが目的でした。
しかし、パッポンの売春婦たちが身に付けたのはコミュニケーション能力だけではありませんでした。英語圏の文化に触れたことにより、当時のタイにはほとんど存在しなかった女性の人権というものを売春婦たちが理解するようになり、現在ではいろんなセミナーやフォーラムで、女性の、そして売春婦の人権が訴えられるようにまでなりました。現在、検討されているタイの新憲法の原案に対しても意見を言えるようにまでなっています。
チャンタウィパ氏のスマートなところは、法律や警察の力を初めから当てにしていないことです。氏は言います。
「この国では1960年から売春行為は法律で禁止されているわ。けど、現実は今でも売春婦の数は増え続けているのよ。法律に頼って何ができるというの? 警察だって同じよ。警察は時々、売春施設に踏み込んで売春婦を摘発しているけど、それが彼女たちに少しでも幸せをもたらしているかしら。警察はときに彼女たちを逮捕して写真を公開するようなこともしているわ。それを見た両親や親戚は恥かしい思いをしているのよ。彼女たちは両親を助けるために売春をおこなっているのよ。警察はそんな彼女たちを“犯罪者”として扱っているだけだわ」
チャンタウィパ氏は、高い理想を掲げながらも、単なる理想主義に走ることなく現実を適切にみていると言えるでしょう。氏は言います。
「売春婦はこの社会から決して消えることがないという現実に目を向けるべきです。ならば、他の職業と同様、その価値を認めるべきなのです」
現在「エンパワー・ファウンデーション」が売春婦たちにおこなっているのは、「教育」と「(性感染症の)予防」です。チャンタウィパ氏は、政府が予算を削っているせいで、いったん減少しかけたHIVの感染率も、売春婦たちの間、そして買春客の間で再び上昇に転じていることを指摘しています。
**********
「売春はよくない」とキレイ事を言ったところで何も始まりません。チャンタウィパ氏が指摘するように、売春婦はこの社会から決して消えることがありません。古今東西を振り返って売春婦がいない地域など存在しないのです。
そもそも法律や警察なんてものはそれほど当てにできません(と私は考えています)。
例えば、日本では1992年に暴対法が施行されましたが、これによって犯罪は減ったでしょうか。否、むしろ凶悪犯罪や地下組織の犯罪が増加しているのが現状です。この法律の根底にあるのが「暴力団など社会に存在してはいけない」という”キレイ事”です。
しかし、売春と同様、暴力団、ヤクザ、マフィアなどが存在しない社会などはありません(北朝鮮が唯一の例外とする考え方もあります)。官僚や政治家がその非現実的な”キレイ事”を社会に押し付けたために、それまでは一応表の世界にいられた暴力団の構成員たちは地下に潜ることになりました。暴力団の構成員だって社会の一員です。にもかかわらず、彼らからは税金は取るが人権は認めないという政策を無理やり施行したのが暴対法ではないかと私は考えています。
さて、売春婦の話に戻しましょう。チャンタウィパ氏が主張するように、道徳的な良し悪しは別にして、売春婦という存在がある以上は、彼女たちの人権を擁護し健康上のリスクから彼女たちを守ることを考えるべきです。
***********
GINAは今月から、「風俗嬢が身を守るために」と題して、無料のセミナーをおこなっています。このセミナーでは、性感染症のことだけでなく、日本の風俗嬢がよく訴える身体的な悩みや精神的な悩み、さらに暴力などのリスクについてもアドバイスをおこなっています。
風俗嬢であることを堂々とアピールする必要はありませんが、どんな職業に従事する人間にも社会的人権があり、病気のリスクを回避し健康に生きる権利があります。GINAは、そんな女性たち(男性たちも)をこれからも応援していきます。
最後に、「エンパワー・ファウンデーション」がつくっているTシャツに掲げられているスローガンをご紹介いたします。
「良い女の子は天国に行く。悪い女の子はどこへでも行ける!」(Good girls go to heaven, bad girls go everywhere.)
参考:Bangkok Post (Perspective) 2007年3月11日 「Empowering “bad girls”」

第8回 エセNGOを排除せよ! (2007/2)
2月2日に報道されたチェンマイの少女暴行事件は、大勢の人々に大変大きな衝撃を与えました。まずはこの事件を振り返ってみましょう。
********
2月2日の読売新聞によりますと、チェンマイ県で少数民族の子供の通学を支援する寮を運営する佐賀県出身の日本人男性(38歳)が、入所していた14歳の少女を暴行したとしてタイ警察に逮捕されていたことが2日に分かりました。
地元警察によりますと、この男性は1月2日に寮で少女に乱暴した疑いで、1月8日に逮捕されました。男性は容疑を認め、現在は釈放されています。
男性は、タイ人の妻らとともに寮を運営し、学校までの距離が遠くて通えない山岳民族の子供を受け入れており、現在も5人が入所しています。2005年7月には、宿舎建設や車購入費として、日本政府の無償資金協力で約73,000ドル(当時のレートで約785万円)相当を受けていたそうです。
********
GINAにとってこの事件が大変ショッキングだったのは、現在GINAはタイ北部の少数民族(山岳民族)の子供たちの支援に力を入れているからです。
GINAはタイ中部ロッブリー県のパバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)の患者さんの支援からスタートし、北部のエイズやハンセン病関連の施設の支援、南部のエイズ関連問題の調査、外国人を相手にする売春婦の調査、などをおこなうようになりました。
タイという国は、地域によって経済状況も文化も大きく異なり、そのため同じエイズという問題を考えるにしてもその地域の特徴を把握しなければなりません。
現在のタイ北部は、経済状況が好転しており、貧困から売春せざるを得ない少女がある程度は減少しています。また、旧与党のタイ愛国党の徹底した薬物対策で、北部のアヘン生産はほとんどなくなりつつあります。さらに、エイズが「死に至る病」ではないことが世間で認知されはじめたこともあり、エイズに伴う差別やスティグマが減少し(といってもまだまだ問題ですが)、実際タイ北部のエイズ関連施設は減少傾向にあります。
しかし、タイ北部ではあらたな問題が浮き彫りになってきています。
まず、ミャンマーからの違法薬物がタイに大量に流入しだしていることがあげられます。タイ愛国党がドラッグ密売人を容赦なく殺してきたこともあり(正式発表では2,500人が殺害されたことになっていますが、実際は5千人以上ではないかという噂もあります)、現在は「疑わしきは裁かない」という方針になっています。
また、抗HIV薬が普及し、ほとんどのタイ国民が無料もしくは廉価でエイズの治療を受けられるようになってきたのは事実ですが、「タイ国民」には、山岳民族やミャンマー・ラオス・中国などからの移民は含まれていません。このため、こういった少数民族や移民はまともな治療を受けられないのが現状です。
リス族、モン族、アカ族、・・・、といった国境付近の山岳民族には、学校がなく、その地域で育てられれば、文字の読み書きができず、タイ語が話せないままとなります。アヘンがなくなり(もちろんこれは歓迎すべきことですが)、民芸品以外には特に産業をもたない山岳民族の文化で育ち、教育を受けていなければ、少女たちは両親を助けるため、やがて自らの身体を売ることになるのです。
山岳民族の子供たちが教育を受けようと思うと、チェンマイ県やチェンライ県の小・中学校に通学することになります。山の上からはもちろん通えませんから、子供たちはチェンマイやチェンライの寮に入らなければなりません。本来はタイ政府が寮をつくるべきかもしれませんが、公的な寮はほとんど存在しないため私立の寮に入ることになります。
山岳民族の子供たちのために私立の寮を運営しているのは、タイ人だけではありません。日本人も含めた外国人もいくつかの寮を運営しています。しかし、寮を運営するといっても行政から補助金がでるわけではありませんし、子供たちの親にもそんなお金を払う余裕はありませんから、寮の運営費は必然的に寮の設立者が自らの資財を投げ打っておこない、不足する分は寄付金でまかなっているのが現状です。
GINAは主にタイ人が運営している山岳民族の寮の支援を現在おこなっています。タイ国籍をもつ子供たちには里親奨学金というかたちの支援をしていますが、寮の生徒たちの支援については寮の運営者に(わずかですが)寄附をおこなっています。
こういった寮を運営している人たちは、タイ人であれ日本人であれ本当に立派な方々です。収入も得ずに休みなく働いている姿は、単に「美しい」「すばらしい」などといった形容詞で表現できるものではなく、私は彼(女)らにお会いする度に胸をうたれます。
現在のGINAの課題に、「山岳民族の子供たちの寮に対する支援の拡充」というものがあります。現在支援している寮への寄付金を増やすという目標の他に、新たに支援を必要としている寮を探すというのも課題のひとつです。
そんななか、この佐賀県出身の日本人男性が少女に暴行という事件が報道され、GINAは大変大きなショックを受けたのです。
この男性も、寮を設立した当初は純粋な目的でおこなっていたのかもしれませんが、このような事件を起こせばどんな善意も帳消しになりますし、罪を償わなくてはなりません。被害者の女性が受けた精神的なショックは計り知れないものでしょうし、他の子供たちにしても安心して寮で生活することができなくなってしまいます。
NGOやNPOというのは安易に始めるべきではない、と私は考えています。一度始めると簡単に引き下がれませんし、一生奉仕活動をおこなうという覚悟がなければ初めから手を出さないのが賢明です。たしかに、困窮している人を救いたいという気持ちは誰にでもありますが、それなら、しっかりしたNGOやNPOに寄附をしたり、一時的なボランティア活動をおこなったりすればいいわけで、施設や寮をつくるといった行動は、よほどの強い精神力がなければできるものではありません。
しかしながら、NGOやNPO、あるいは施設運営といった行動には、一般の仕事では経験できない深い感動が得られることを私は確信しています。
最後に、ある施設で働く人の声をご紹介したいと思います。
「(施設の)入所者からは感謝されないことも多いし、貯金はどんどんなくなっていくし、私自身がこれから生活できるかどうかも分からない。けど、それでも私は続けるんだ。私を必要としてくれる人はいるし、ここで得られる感動は他では味わえないものなんだよ」

第7回 「風俗嬢ダイアリー」へようこそ (2007年1月)
先月から、GINAのウェブサイトで日本の(現役/元)風俗嬢のエッセィを連載しています。私個人としては、この企画によって読者に2つのことを訴えることができれば、と考えています。
ひとつは、現在の日本の風俗業界では、「性感染症の予防ができていない」という点です。「風俗嬢ダイアリー」のトップページで、編集部のある女性は次のようにコメントしています。
不思議なことに、多くの風俗の現場で、性感染症を予防する行為をすることができません。皆が、そこでの行為で性感染症がうつるかもしれない、と思い当たり、そして働く者にしてみては、うつらないようにしたい、安全に働きたいと、思っているにもかかわらず、です。
この言葉は、現在の日本の風俗嬢の思いを象徴していると言えるでしょう。「安全に働く」ということは、誰もが求めることのできる権利のはずですが、まさに”不思議なことに”感染症の予防ができていないという現状があります。
なぜでしょうか。
ひとつは、男性客の理解の低さでしょう。彼女らに話を聞いていると、コンドームの使用を拒否する男性客がいかに多いかということに驚かされます。心から信頼し合える恋人どうしであれば、お互いに感染症の検査をおこないリスクがないことを確認すれば、(避妊の問題を除けば)コンドームは不要ですが、出会ったばかりの男女がコンドームなしの性行為(unprotected sex)をおこなうなどということは危険極まりない行為です。
私は日々の臨床で、性感染症に罹患した患者さんを診る機会がありますが、「オーラルセックスで性感染症にかかることを知らなかった」と答える人が多いことに驚かされます。他のところでも述べましたが、風俗店で性感染症に罹患し、それを知らない間に自分の恋人や奥さんにうつしてしまったという男性がいかに多いかということは知っておくべきでしょう。
GINAがおこなったタイのセックスワーカーに対するアンケート調査でわかったことのひとつは、「(西洋人に比べて)日本人はコンドームを使用したがらない」ということです。アンケートの具体的な質問事項ではないため、具体的な数字では出てきませんが、彼女たちのコメントをまとめると、日本人の特徴は、「オーラルセックス(フェラチオ)が好きで、コンドームを使いたがらない」、ということです。(ちなみに、アラブ系の男性客はオーラルセックスには興味を示さないそうです)
風俗店も客商売ですから、できる限り顧客のニーズに応えようと考えるでしょう。その結果、現場で働く風俗嬢たちが危険な目に合っている、という構図ができあがってしまっているのです。
おそらく日本人のこの民族性(?)が、国内の風俗嬢たちを危険な目にさらしているのでしょう。
もうひとつ、「風俗嬢ダイアリー」を通して、読者に伝わってほしいと私が願うことは、彼女たちは決して他者から蔑まされる対象ではないということです。
たしかに、彼女たちの多くは、名前をオープンにしたり、堂々と公の前で発言したりすることには抵抗をもっています。これは仕事の特性を考えたときに止むを得ないことでしょう。そもそも、”性”の問題は”理性”では説明ができないものであり、その”性”のサービスを供給する職業に従事する彼女たちは、”理性”の社会(日常の社会)では”闇”的な(非日常の)存在となります。
この私の考えに対して反対する人がいるかもしれません。「社会に”闇”など必要はない。すべてのものごとを”理性”で解決すべきだ」と考える人たちです。このタイプの人たちと話をして私が驚くのは、彼(女)らは、例えば「暴力」や「売春」といったものを「消滅させるべき”悪”」とみているということです。
しかし、少し考えれば分かりますが、古今東西を振り返って「暴力」や「売春」が存在しない社会など皆無であることは自明です。売春婦のいない社会、マフィアのいない社会などあり得ないのです。(例外があるとすれば現在の北朝鮮かもしれません。北朝鮮には売春はありますがマフィアがいないそうです。まあ、国そのものがマフィアのようなものですが・・・)
「暴力」や「売春」なんか自分には関係がない、と考える人もいるでしょう。もちろん、それはそれでかまわないのですが、そんな人にも”理性”で物事が考えられなくなるときはあるはずです。例えば「恋愛」がそうでしょう。「不倫」や「禁じられた恋」を例に出すまでもなく、恋愛の真っ只中にいる人は”理性”だけでは行動していないはずです。そもそも”理性”的な恋愛など、本当の恋愛と呼べるのでしょうか・・・。
現実的な視点に立つならば、すべての人が、「暴力」や「売春」あるいは「恋愛」といった理性的ではない”闇”と共存していくことが大切であるはずです。”闇”の世界で仕事をしている人たちは、すでに相当な苦労を強いられています。例えば、アパートを借りたり、クレジットカードをつくったり、といったことは”理性”的な仕事をしている人のようにはできません。また、多くの人は、どこかで”負い目”のようなものを抱えて生きています。
けれども、”職業”や”生きている社会”といったレベルではなく、もっと根源的な次元において、”人間の尊厳”というものがあるはずです。
風俗嬢をいたわりましょう、あるいは逆差別しましょう、などと言うつもりはありません。むしろ、安易な気持ちで風俗の仕事を始めるな! というのが私の考えです。しかし、どんな社会にも、(広い意味の)売春で生計を立てている人がいるのが現実なわけですから、大切なのは、”日常”の社会のなかで彼女たちと出会ったときは、”普通に”接するということです。あるいは”闇”の社会で彼女たちと出会ったならば、根源的な次元においての”人間の尊厳”を尊重する、ということです。
医療現場というのは、”理性”の社会でありますが、同時に、患者さんは自身の”闇”の部分についても話します。患者さんは、家族や友達にも言えない本音を医師には語るのです。
その人の“闇”の部分も尊重しながら”理性”的に医療をおこなう・・・。これが私の理想です。

第6回 『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』完 (2006年12月)
9月5日に当ウェブサイトで連載を開始した小説『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』が、12月19日で最終回を迎えました。
この小説を巡って、「どこまでがノンフィクションなの?」と何度か聞かれたことがあるのですが、基本的にはほとんどがフィクションで、登場人物はすべて架空の人物です。
ただ、ストーリーに出てくるNPOというのはGINAのことですし、そのNPOがおこなったアンケート調査というのは、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」のことで、結果はすでに公開している通りです。
また、私自身が実際にGINAのタイ人スタッフの実家を訪問し、田植えを手伝ったり、食事やトイレで悪戦苦闘したりした経験に基づいてストーリーを組み立てていますから、そういったシーンの描写は、それなりにはノンフィクションに近いかたちとなっているかもしれません。
この物語にある種の信憑性があるとするならば、それはヒロイン役のスパーのそれぞれのエピソードが、私がこれまでに(元売春婦の)エイズ患者さんや、バンコク在住でイサーン地方出身のセックスワーカーたちから聞いた話に基づいているからです。
貧困で義務教育の中学校に進学できなかったこと、小学校まで片道2時間の距離を歩かなければならなかったこと、18歳で二児の母親となり夫に逃げられたこと、兄弟が市場で拾われてきたこと、働いていた工場でHIV検査を義務付けられていたこと、金持ちの西洋人のボーイフレンドができて実家にも仕送りできるようになったものの不慮の事故でその生活が終わったこと、働かない兄の遊びのためになけなしのお金を与えている妹・・・。これらはすべて私が数人のタイ人から直接聞いた話です。
この物語を通して、私が訴えたかったことは主に2つあります。
ひとつは、セックスワーカー(売春婦)は決して非難される立場の存在ではないということです。物語にあるように、ヒロインのスパーは、これまでに売春をしていた可能性がありますし、これから売春を始めなければならないかもしれません。もしも、スパーが売春に身をそめるようなことがあったとして、誰がスパーを責めることができるでしょう。
小学校しか卒業してなければまともな仕事は見つけられないのが現実です。仮に見つかったとしても月給は4,000から5,000バーツ程度(12,000円から15,000円程度)です。この給料から自分の生活費をまかない、両親と二人の子供の面倒を見なければならないのです。
タイでは水道水が飲めませんから生きていくには飲料水を買わねばなりません。水と食料を買って、交通費を払い家賃を払えば(バンコクでは中心部ほど家賃が高いために出稼ぎ労働者は郊外に住んでバスで職場まで通うのが普通です)、自分ひとりが生きていくのが精一杯です。
イサーン地方で仕事が見つかればやっていけるかもしれませんが、貧困なこの地域には女性が就ける仕事がほとんどありません。実際、イサーン地方の奥地に行けば、若い女性の少なさに驚かされます。私は、一度イサーン地方の葬式に参加したことがあるのですが、村中のほとんどの人が集まっていたその葬式には若い女性がほとんどいませんでした。その理由を村人に尋ねることはできませんでしたが、おそらく多くの女性はバンコクやプーケットに出稼ぎに出ており、そのなかの何割かは身体を売って生活しているのでしょう。
こういった事実に目を向けようとせずに、「売春はよくない」と主張してみてもまったく説得力はないのです。
もうひとつ、私が訴えたかったことは、「タイの売春婦からHIVに感染する外国人」についてです。主人公のケイは看護師ですから当然医学的な知識はありますし、また気軽に誰とでも性交渉を持つような性格ではありませんから、仕事や観光でタイに行っても女性を買うようなことはしないでしょう。
しかし、ケイはスパーと一緒にいるうちに、次第にスパーに惹かれていきます。文中にあるように、この惹かれ方は、スパーが美しいからとか優しいからといったものではなく、かなりの部分で同情(文中にあるようにタイ語では「キーソンサーン」と言います)に基づいています。そして、仮にスパーがHIV陽性であり、ケイと恋に落ちるようになれば、ケイに感染する可能性もでてきます。
したがって、タイの売春婦からHIVに感染する外国人というのは、売春目的でタイにやって来る輩よりも、むしろケイのような純粋な男性ではないかと私は考えています。それを裏付けるのが、「タイのフリーの売春婦(Independent Sex Workers)について」で述べたように、「性感染症に罹患している売春婦は、週あたりの顧客の数が少ない」という意外な結果です。彼女たちの多くは、多数の買春客から薄利多売をするのではなく、少数の外国人と親密な関係になることを望んでいます。ケイのような男性が、最初は売春をしていると知らずに売春婦に近づいたとすると、親密な関係になることがあり得るでしょう。
このウェブサイトで何度も述べているように、先進国でHIV感染が増えているのは日本だけではなく、ほとんどの先進国が同じような事態に直面しています。そして増えている新規感染のうち、最も注目すべきグループのひとつが、「海外で(特にタイで)感染する男性」です。今後は、このグループに対する予防啓発活動が必要となってくるでしょう。
さて、『イサーンの田園にルークトゥンが流れる時』は、ケイがスパーの実家に戻ったところで終わっています。スパーが実際に売春をしていたのか、これから売春をすることを考えているのか、HIVに感染しているのか、また、ケイとスパーのこれからの関係がどうなるのかは、ケイにも分かりません。
もちろん私にも分かりません。

第5回 アイスの恐怖 (2006年11月)
オーストラリアはアジアの一員である、と言えば(狭い意味の)アジア人にもオーストラリア人にも抵抗を示す人は少なくないでしょう。しかし、オーストラリアは確実にアジアの一員である、と言える領域があります。
それは、違法薬物の世界です。オーストラリアを含むアジア諸国(もちろん日本も含みます)で最も流通量が多い薬物が、大麻を除けば、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。
一方、欧米諸国では、大麻以外には、エクスタシーの存在は無視できませんが、コカインやLSDが多いのが特徴です。覚醒剤の流通量はそれほど多くないと言われています。突然死に至ることも多いコカインとヘロインの合剤である通称「スピードボール」は欧米諸国で問題になっていますが、アジア諸国ではまだそれほど流通量が多くないと言われています。(最近の東京ではアメリカ大陸からの直輸入で若者に浸透しだしているという噂もありますが・・・)
覚醒剤はアンフェタミンとメタンフェタミンのことを指し、以前の日本では「シャブ」と呼ばれていましたが、最近ではイメージアップを図ってなのか、「スピード」「エス」などと呼ばれることが増えてきました。粉末や錠剤の他に、透明な結晶をしたものがあり、これは純度が高くアルミ箔に乗せて下から火であぶり気化させたものを吸入する摂取法がよくとられます。(この方法を「アブリ」と言います)
この結晶は、かたちが氷に似ていることと覚醒剤がキマれば身体が冷たくなっていく感覚があることから、ジャンキーたちには「アイス」と呼ばれています。
9月27日のNEWS.COM.AUが、アイスがオーストラリアの若い世代に浸透してきていることを報道しています。エクスタシー(MDMA)に代わって、アイスがパーティ・ドラッグの主役になりつつあるそうです。
国民薬物アルコール研究センター(National Drug and Alcohol Research Centre)は、オーストラリアの若者の間で、仲間と一緒にアイスを吸入する(アブる)のが流行しており、薬物シンジケートも最近は若者をターゲットにしていることを報告しました。
また、オーストラリア違法薬物委員会(ANCD、Australian National Council on Drugs)は、シンジケートが取り扱う違法薬物をヘロインからアイスに変えてきていると発表しました。
「我々は薬物シンジケートのマーケティング能力を過小評価している。彼らはアジア全域の若者をターゲットにしている」と、ANCDの幹部はコメントしています。
シンジケートはアジアの工場で大量に違法薬物を製造しているようです。最近、オーストラリア連邦警察(AFP)も加わっておこなわれた国際調査で、マレーシアのある場所でシャンプーを製造しているかにみせかけた工場で、一日に60キロものアイスが製造されていることが発覚しました。60キロのアイスは、末端価格にして270万オーストラリアドル(約2億4千万円)に相当するそうです。逮捕されたのは21人で、彼らはごく簡単に入手できる化学物質を原料にこの覚醒剤を製造していたそうです。また覚醒剤以外にも8万錠のエクスタシーも押収されたようです。
オーストラリア連邦警察のある幹部は言います。
「これは我々が知る限り世界最大の薬物工場である。今回押収したものはアジア太平洋全地域に流通する可能性のあるもので、オーストラリアも例外ではない。そして、最近では押収量が最も多いのがアイスである」
国民薬物アルコール研究センターの調査では、16歳から25歳の若者でアイスの吸入が流行していることが分かりました。
ある研究者は、「若者の多くは、エクスタシーやマリファナを経験し、やがてアイスに手を出し始める」、とコメントしています。
9月27日のNEWS.COM.AUは別の記事で違法薬物に関する二つのレポートについて報告しています。
ANCDによる調査で、アジア太平洋諸国13カ国で最も問題になっている薬物は、覚醒剤とエクスタシー(MDMA)であることが分かりました。
ANCDの代表者John Herron医師は、「我々は違法薬物がアジア太平洋地域の安定性を脅かしオーストラリアにも大きな影響を与える可能性を過小評価すべきでない。覚醒剤はすでにアジア太平洋諸国の若者の文化に溶け込んでいる」、とコメントしています。
ANCDは自国以外の状況についてもレポートしています。
「インドネシアが麻薬も含めた違法薬物の消費地のみならず中継地となっている。インドネシアのHIV陽性者の80%が違法薬物の静脈注射をする者で、タイでは毎年25,000人が新たな違法薬物のユーザーとなっている。アイスは現在のフィリピンの最もメジャーな違法薬物である」
もうひとつのレポートは、UNODC(国連薬物犯罪オフィス)によるものです。UNODCは覚醒剤(アイスを含む)がオーストラリアの路上で出回っていることを警告しています。
UNODCによりますと、オーストラリアでおこなわれた1999年から2000年、2004年から2005年のふたつの調査を比べると、薬物中毒が原因で入院となる者が56%も増加しています。薬物中毒者は攻撃的になり暴力をふるい救急医療の対象になることもあります。
覚醒剤に依存している人は世界で2,500万人にものぼり、そのうち6割以上は東南アジアと東アジアに住む人たちです。
覚醒剤の前駆体物質は容易に入手でき、精製はそれほどむつかしくありません。そして、国際間に流通させているのは若い世代であることをUNODCは指摘しています。
これらの記事には日本に関する記載がありませんが、日本はいまや世界有数のドラッグ天国です。そして、この記事にあるように、日本でも最も流通している違法薬物は覚醒剤とエクスタシー(MDMA)です。最近は覚醒剤の北朝鮮ルートが次第に減少してきており、数年前に比べると仕入れはやや困難になってきているという情報もありますが、アイスの入手しやすさは世界一と言う人は少なくありません。そのため日本人の元ジャンキーのなかには、怖くて日本に帰れないという人もいる程です。
アジア太平洋地域の先進国であるオーストラリアが国際捜査に加わりマレーシアの工場を摘発しているわけですから、日本もアジア全域に対する薬物撲滅政策を展開すべきではないでしょうか。それが、国内外に住む日本人を救うことになりますし、それ以前に、アジアのなかで日本が担うべき役割と責任は小さくないのですから。

第4回 タイはもはや”微笑みの国”ではないのか (2006年10月)
タイが”微笑みの国”(Land of Smiles)と呼ばれたのはもう昔のことなのかもしれません。
最近の世界のメディアの報道をみていると、タイの評判を下げるようなものが目立ちます。違法薬物が急速に市場に出回り、買春目的でタイに渡航する外国人が増え、さらにはタイがペドフィリア(小児愛)や人身売買の拠点になっているという報道もあります。
2003年に、当時の与党、タイ愛国党が「薬物一掃運動」を開始しました。それまでのタイは、あらゆるドラッグが簡単に安く入手できたことから「ドラッグ天国」とまで言われていましたが、政府の徹底した対策により数千人のドラッグ密売人が射殺されたことなどもあり、わずか1〜2年の間に違法薬物が入手しにくいクリーンな国となりました。自国の方がよほど簡単に薬物を入手できることに気付いた日本人ジャンキーが次々と帰国を始めたという噂もあります。(ただ、タイ愛国党のこの政策は多数の冤罪者を射殺しており、プミポン国王がタクシン前首相に好意をもっていなかった理由のひとつであると言われています)
ところが、2006年4月2日の総選挙後、タクシン首相が一線を退くようになると、薬物使用者が急増しだしました。(詳細は当ウェブサイト「タイで薬物犯罪急増」2006年5月31日など)
タイ警察は現在も薬物対策に力を入れていますが、使用者は増える一方のようです。9月19日に起こったクーデターによりタクシン首相は失脚し政権交代がおこなわれます。今後の政府の対策に期待したいところですが、タクシン政権がおこなったほどの強攻策はとれないであろうとの見方が強く、今後ますます薬物犯罪が増えていく可能性があります。
買春目的でタイに来る外国人も増えてきています。これを裏付けるのが、「先進国でHIV感染が増えている大きな理由がタイでの売春である」、ということです。このウェブサイトで何度も取り上げているように、フィンランド、オーストラリア北部、マレーシアのケランタン州、ジャージー島などでは、タイの売春婦から感染する者が増えていることが問題である、という見解が発表されています。
児童買春については、数年前までは、「タイではもはや児童買春はない。小児愛者(pedophile)はカンボジアなど他国に棲息している」、と言われていました。ところが、最近では、児童買春を目的としたタイ滞在者が少なくなく、パタヤの児童買春の常連客は200〜300人もいるとする報告もある程です。(詳細は当ウェブサイト「ストリートチルドレンにオープンハウスを!」2006年9月23日)
最近、アメリカのあるニュース局が「小児愛者のパラダイス?(Paedophile Paradise?)」というタイトルで、タイの児童買春の現状を報告しました。このような番組がつくられた背景には、ジョン・カーという名のアメリカ人が、当時6歳の女の子ジョンベネ・ラムゼーちゃんを殺害した犯人としてタイで逮捕されたという事件があったからだと思われます。
結果としては、カー氏は犯人ではなかったのですが、この事件が報道されたときのマスコミの報道は、舞い上がって騒ぎすぎていたように思われます。まるで、「やっぱり小児愛者はタイに集まるんだ」、と言わんばかりの報道でした。
カー氏が逮捕されたときに宿泊していたのは、バンコクのサトーンと呼ばれるエリアにあるブルームス(The Blooms)というホテルですが、あるマスコミは、「買春客が棲息する悪名高き卑しきホテル(a notorious, grubby haunt for sex tourists)」と報道し、「近くにはマッサージ・パーラー(ソープランド)が乱立し母国を捨ててタイに来た外国人と買春客が集う旅行代理店が集中している(neighbourhood of massage parlours and travel agents that cater to expatriate residents and sex tourists)」というものもあったようです。
証拠が充分にそろっていないにもかかわらずカー氏が逮捕されたのは、「このホテルに宿泊しているのだから小児愛者に間違いない」、と捜査官に思われたことが原因のひとつかもしれません。
しかし、こういった報道はもちろん行き過ぎていますし正確ではありません。まともな人もこのホテルを利用するでしょうし、近くにマッサージ・パーラーがあるからといって誰もがそのような場所にいくわけではありません。
マスコミの報道はときに偏ったものになりがちです。アメリカのこのニュース局の番組をみた世界中の小児愛者が今後タイにやって来るようなことがあれば、このニュース局はどうやって責任を取るのでしょうか。このニュース局だけではありません。タイが「薬物天国」「買春天国」「児童買春のパラダイス」などと報じているマスコミやウェブサイトは日本も含めて世界中に数多く存在します。
2006年9月23日のBangkok Postに、あるイギリス人の男性が「Sex and this city」というタイトルでコメントを載せています。その男性は、イギリスに帰国した時に、周囲に「普段はタイで働いている」と話すと、「ズルイやつ(sly dog)」と言われたり、タイに住んでいること自体を非難されたりするそうです。タイに住むのは買春目的だと思われているのです。
この男性は、かつてカンボジア人と恋に落ちたことがあるらしいのですが、それを西洋人に話すと、「あなたは売春婦が好きなの?」と言われることがあるそうです。アジアの女性は皆売春婦だと思っている西洋人は少なくないそうなのです。
これには同じアジア人として私は激しい憤りを感じます。たしかに、タイやカンボジアの夜の店で働く多くの女性が売春をしているのは事実でしょうし、児童買春が増えていることも問題です。しかし、だからといってすべての女性を売春婦とみなすなどというのは言語道断です。
タイとは本来、美しい自然と絶品の料理が楽しめて、人々が笑顔を絶やさず外国人にも優しく接してくれる、大変魅力的な国なのです。タイに観光に来る女性は少なくありませんし(男性を買いに来る女性がいるのも事実ですが・・・)、カップルの旅行先としてもタイは人気があります。新婚旅行でタイを選ぶ人も少なくないでしょう。
偏ったマスコミの報道のせいで、健全な目的でタイに観光に来る人が減少し、そして薬物や買春目的でタイを目指す輩が増えることを私は懸念しています。
タイが”微笑みの国”であり続けるためには、マスコミやウェブサイトの表現が鍵を握ります。薬物や買春に走る輩の興味を引くような表現は避け、タイ国やタイ人でなくそういった輩たちこそが卑下されるべき対象であることを伝えていくのがマスコミやウェブサイトの使命であるはずです。

第3回 美しき同性愛 (2006年9月)
それは、私が小学校2年生の頃の話・・・。
私はテレビの部屋で(私の家にはテレビがひとつしかありませんでした)、家族で人気アニメ「ドカベン」を見ていました。二番バッターの殿馬(とのま)が、豪腕ピッチャーからヒットを打つシーンで、「秘打・白鳥の湖」という回転打法を披露したのですが、そのときに流れていた音楽が、チャイコフスキーの「白鳥の湖」でした。
生まれて初めて「白鳥の湖」を聴いたこの瞬間のことを私は今でも鮮明に覚えています。ストリングスが奏でる旋律のあまりの美しさが心臓を奥まで貫き、一瞬呼吸ができなくなったほどです。
その12年後のある秋の日・・・。
私は大学構内のカフェで、ある社会学関連の本を読んでいました。その本にチャイコフスキーという名前が出てきたのですが、その時私は、「白鳥の湖」を初めて聴いたときと同じような、あるいはそれ以上の衝撃を受けました。
チャイコフスキーが同性愛者だったとは・・・。
それが、私が「同性愛」に興味をもつきっかけとなりました。
著名な同性愛者はチャイコフスキーだけではありません。少し例をあげてみましょう。
オスカー・ワイルド、シェイクスピア、ミシェル・フーコー、ジョン・ケージ、フレディ・マーキュリー、ミケランジェロ、アンデルセン、サマセット・モーム、レナード・バーンスタイン、ロラン・バルト、ジェームス・ディーン、デヴィッド・ボウイ、ボーイ・ジョージ、マーロン・ブランド、ジョニー・マティス、エルトン・ジョン、・・・。
ハリウッド俳優、ミュージシャン、学者、芸術家、作家などを思いつくまま並べてみましたが、挙げればきりがありません。もちろん、日本人にも同性愛者は少なくありません。
江戸川乱歩、三島由紀夫、折口信夫、淀川長治、・・・。
女性の同性愛者もみてみましょう。
ネナ・チェリー、グレイス・ジョーンズ、マルチナ・ナブラチロワ、マドンナ、・・・。
これだけ、そうそうたる著名人が並ぶと、同性愛がなんだか素晴らしいものに思えてきます。
私は作家の山田詠美さんのファンなのですが、詠美さんのエッセィのなかで、「ニューヨークでダサい男はみんなストレートで、いい男はみんなゲイ・・・」、といった内容のものを読んだことがあります。
一度ロンドンで、洒落た雰囲気のカフェに入ったことがあるのですが、そのカフェに入ったとたん、周囲の異様な雰囲気に圧倒されてしまいました。すぐに、そこがゲイ専用のカフェだということが分かったのですが、私が驚いたのは、私以外の客がみんなゲイということではなく、私以外の全員がたいへんお洒落でカッコよかったということです。
私の知人のなかにもゲイが好きという女性が少なくありません。彼女らが言うには、「ストレートの男は女性の気持ちがまるで分からないけど、ゲイは繊細なハートを持っているから女性をよく理解してくれる」、そうなのです。
この話を聞いて思い出すのが、ジュリア・ロバーツ主演の映画「ベスト・フレンズ・ウエディング」に登場していたルパート・エベレット(彼は実生活でもゲイです)です。映画のなかで、主人公のキャリア・ウーマンを演じるジュリア・ロバーツが、以前の恋人が結婚するという事態に直面し混乱しているところを、ルパート・エベレットが優しく理解します。この映画を見たとき、私も女性ならこんな友達「ベスト・フレンド」が欲しいと思いました。
タイに行くと、たいがいどこに行ってもゲイを目にします。(タイでは、カトゥーイと呼ばれる女性の格好をした男性(日本風に言えば「ニューハーフ」)もよく見ますが、ここでは分けて考えたいと思います)
タイで、中学生が団体で電車に乗っているような場面に遭遇すると、たいてい数人の綺麗に化粧をしたゲイが女子学生と仲良く会話を楽しんでいるのを目にします。中高生の団体旅行などをみると、だいたい1割くらいの男性がいかにもゲイというファッションをしています。
タイの国民的スーパースターであるBIRDもゲイで、彼はタイの大勢の国民から支持されており女性ファンも少なくありません。タクシン首相も彼の大ファンです。
タイは、同性どうしの結婚は法的に認められていませんが、おそらく世界一同性愛に寛容な国だと思われます。実際、世界中からゲイやレズビアンが集まってきています。
何人かのタイのゲイに、「この国では同性愛差別はないのか」、と聞いたことがあるのですが、全員ではありませんが、ほとんどのゲイは、「差別はほとんど感じない」、と言います。だから、私は日本で暮らしにくそうにしているゲイをみると、「タイに行ってみればどうですか」、と言うことがあります。実際、日本人のゲイのなかにもタイ好きは少なくありません。
そんなわけで、私は同性愛者に対して、偏見どころか、ある意味では羨望のような気持ちもあります。そういう気持ちがあるからかどうかは分かりませんが、私自身もゲイと思われることがときどきあります。特に、タイに行くと、タイの女性から、「あなた、ゲイでしょ」、と言われたことが何度もあります。
私は、自分がゲイと言われると、「お洒落でカッコいい」と言われているような気がするので、決してイヤな気持ちにはならないのですが、素直には喜べない側面もあります。よく、「色白の日本人は、日本ではパッとしない男でもタイ女性からはモテる」、と言われることがありますが、私はゲイと思われるからなのか、色は白いのに、タイ女性の間からさっぱりモテません。もちろん、日本でもモテるわけではありません。
では、ゲイからはどう思われているかというと、ゲイの人に尋ねると、私は、「とうていゲイには見えないし、これからもゲイになれることはない」、と言われてしまいます。
ということは、結局私は誰からもモテないということになってしまいます。
まあ、私の個人的な話はいいとして、同性愛者が社会から差別を受けている、という事態が私には理解できないのです。なかには、同性愛者だという理由で、病院でイヤな思いをした、という方もおられます。また、世界には、同性愛行為が法律で厳しく禁じられている国もあります。
いったい、同性愛者が社会のなかで、どれだけストレートの人に迷惑をかけたというのでしょうか・・・。
山田詠美さんは、エッセィのなかで、「黒人が差別されてきたのは自明なんだから、自分は逆差別するくらいの気持ちがある」、というようなことを言われたことがありますが、私は、差別やスティグマがこの社会からなくなるまで、同性愛者を応援していきたいと考えています。

第2回 もうひとつの少子化対策 (2006年8月)
私が以前ある病院の産婦人科で研修を受けていた頃の話・・・。
ひとりのベテランの産婦人科医(女性医師)は、不妊治療の相談に外来に来ていた患者さんが帰った後、私にふとつぶやきました。
「何百万円もかけて子供をつくろうとする人が多いけど、世界には不衛生な環境や食料不足から死んでいく子供も多いのにね・・・」
私はこの言葉に大変驚きました。まさか、ベテランの産婦人科医がそんなことを考えているとは微塵も思っていなかったからです。
現在の日本では、年々新しく生まれる子供の数が減少しており、一人の女性が一生に生む子どもの数を示す、いわゆる合計特殊出生率は危機的な状況にあると言われています。この数字が2.08を下回ると、現在の人口数を維持できなくなるとされていますが、2004年のデータでは、日本は1.29まで低下してきており、今後もさらに低下することが予想されています。
この原因として、ライフスタイルの変化や女性の晩婚化がよくあげられますが、子供がほしいのにできない、いわゆる「不妊症」というものがあります。不妊症で悩む女性は、巨額な出費とひきかえに高度な医療を受けます。2004年から、一部の行政機関で公的な資金を用いて不妊治療を支持する動きがでてきていますが、その援助額はそれほど大きくなく、また回数制限もあるために、現時点ではそれほど大きな期待がもてるわけではありません。
少子化の危機が叫ばれる一方で、世界では人口増加が問題となっています。実際、世界の人口は実に1日におよそ20万人も増えていると言われています。
世界全体でみれば、新しく誕生する子供が多すぎて、食料、衛生、教育などが不十分になっているという問題があり、その一方では、数百万円を投入して子供をもうけることを試みている先進国の人たちもいるというわけです。
私は個人的には、不妊治療が重要であるのと同様に、貧困な地域の子供たちも救う努力をしなければならない、という考えを持っていますが、冒頭でご紹介したように、不妊治療を推進すべき立場の産婦人科医がこのような意見を持っているということに大変驚いたのです。
もちろん、この産婦人科医も不妊治療に「反対」しているわけではなく、子供ができなくて悩んでいる人の気持ちを理解して不妊治療にあたられているわけですが、同時に発展途上国の子供たちにまで深い思慮をされていることに私は感動しました。実際、この医師は、発展途上国の子供数人の「里親」になられています。
1989年に処刑されたルーマニアの元大統領、チャウシェスクの政権下で、10万人以上の子供の難民が誕生したと言われています。この子供たちを救うために、欧米各国の善意ある人々は、積極的に子供たちを養子として迎え入れました。(ただ、新しい親子関係は必ずしもうまくいっていないという報道もあります。)
一方で、ルーマニアの子供たちを受け入れた日本人というのは、ほとんど聞いたことがありません。ただ、確かに、ルーマニア人と日本人では民族が違いすぎる、という意見があるでしょうし、法律上の問題もあります。
では、アジア難民はどうでしょうか。ベトナム戦争の影響などで、ベトナム、カンボジア、ラオスなどでは大量の難民が発生し、その多くは子供たちです。もちろん、日本にも善意のある方はたくさんおられますから、現在日本で暮らすこういった地域出身の元難民の方は累計で1万人以上になります。
しかしながら、他の先進諸国と比べて、日本が難民の受け入れに消極的なのは事実です。法律上の問題もありますが、一番の原因は、他国に比べると、血筋のつながっていない子供を養うことに抵抗のある人が多い、ということではないでしょうか。
私は、子供がほしくてもできないという人に対して、「お金のかかる不妊治療はもうやめにして途上国の難民を養子にしましょう」、などと言うつもりは毛頭ありません。このような問題は、他人からとやかく言われるようなものではないからです。
ただ、子供のいる人もいない人も、欲しい人もそうでない人も、「少子化の問題は日本を含めた先進国のみの話であって、世界全体でみれば、むしろその逆の人口増加が問題になっている」、という意識を持つことは重要だと思うのです。
さて、難民の子供たちにとって、大きな障壁がHIV感染です。母親がHIVに感染していることを知らずに産んだHIV陽性の子供はたくさんいますし、自身が陰性であっても両親がエイズで死んでしまい、養ってもらうことができなくなった子供も大勢います。なかには、まだ初潮が来ていないのにもかかわらず児童買春を含めた性的虐待によってHIVに感染した子供もいると言われています。
日本では、たしかに血筋を大切にする伝統がありますが、同時に、子供は地域社会で育てるもの、という伝統がかつてはあったのも事実です。ライフスタイルの変化に伴い、次第にこの古き善き伝統は失われつつあるように思いますが、家族だけでは子育てはなかなかできないということに反対する人はいないでしょう。
ライフスタイルの変化は、地域社会のつながりを奪った代わりに、インターネットや通信技術の発展を通して、世界中の情報を瞬時に知ることができるようになりました。ならば、地域社会の子供を育てる、という伝統を、世界中の子供を育てる、という新しい価値観にパラダイム・シフトさせてみてはどうでしょうか。
GINAでは、HIVが原因で困窮している子供たちの支援をおこなうのと同時に、そういった子供がどのような生活をしているかを伝えていく義務があると考えています。


第1回 理性では解決しない病 (2006年7月)
感情には理性にはまったく知られぬ感情の理屈がある
これは、フランスの哲学者パスカルの言葉です。
この言葉ほど、エイズという病にとりまく事象を、的確に表しているものはないのでは、と私は考えています。
「コンドームを使いましょう」
「売春はよくないことです」
「覚醒剤や麻薬は人間を破滅させます」
これらは、言われなくても誰もが知っていることです。よく、教育の現場でこういうことを教えるべきだ、という論調があって、それはそれで正しいのですが、限界があることを知っておく必要がある、と私は考えています。
そもそも、危険な性行為にのめり込む人も、売買春をおこなう男女も、薬物に手を出してしまう人も、そのほとんどがそれらの良し悪しは分かっているのです。
分かっているんだけれどもやめられない・・・
これこそが問題の本質なのです。
では、どうすればいいのか。
もちろん、正しい知識を共有することが大切であることには変わりありません。
まず、薬害エイズにみるような医療従事者サイドの怠慢、母子感染の予防、検査を徹底することによって防ぐことができると思われる家庭内感染、などは知識を持つことが、そのままHIV感染の減少につながります。
また、貧困から売春せざるを得ない少女(一部は少年)に対しては、行政やNPO(NGO)が中心となり大勢の人々にはたらきかけることによって、改善できる可能性があります。
一般の人々に対してはどうでしょうか。
コンドームがなぜ大切なのか、売春によるHIVや他の性感染症のリスクがどれだけあるのか、薬物を使用するとどういう顛末にたどり着くのか、などについては、しっかりとした知識を持つ必要がありますし、教育の現場でも積極的に取り入れることは大切です。
しかし、同時に、そんな理屈(=キレイ事)だけでは解決することがない、ということを認識することはそれ以上に大切です。
危険と分かりながらもコンドームを用いない性行為を求めてしまう人たち、売買春に向かう衝動を抑えられない人たち、薬物に依存してしまっている人たち、こういう人たちの立場に立って、気持ちを理解しないことには、本当の意味でのHIV予防の啓発はできないのです。
よくHIV感染は「自業自得」だと言われることがあります。しかし、これほど、エイズに関連する諸問題を考えるときに、的を外した言葉もないでしょう。
薬害エイズや母子感染を「自業自得」と言う人はいないでしょうが、売春や薬物、あるいはタトゥーなどで感染した者に対しては、「自業自得」という人が少なくありません。
しかし、決してそうではないのです。
危険かもしれない性行為、一度だけにすると決めて手を出してしまった薬物、あるいは好奇心からつい入れてしまったタトゥー、これらは「自業自得」なのでしょうか。長い人生のなかで、このようなことが一度でもあれば、それは卑下される「自業自得」の行為なのでしょうか。
これを「自業自得」だと言う人は、きっと聖人君子のような方なのでしょう。そういう人は誰からも尊敬される素晴らしい方なのでしょう。
幸か不幸か、私はそんな聖人君子のような人間ではありません。そして、聖人君子が「自業自得」と呼ぶような行為をしてしまう人に感情移入をしてしまいます。
私のような凡人からみれば、「自業自得」と言われる行為は、人間らしくて理解できる行為なのです。
私に言わせれば、長年の喫煙から発症した肺癌や、度重なる忠告を無視して暴飲暴食を繰り返したことにより発症した糖尿病の方がよほど「自業自得」です。けれども、一般的に癌や生活習慣病はそのような対象とは見られず、HIVや性感染症が、他人から共感されない「自業自得」の病、さらに「差別」される病となっているのです。
パスカルの言うとおり、感情というものは、ときに理性では解決しない衝動を持ち合わせています。人間は理性だけで行動しているわけではないのです。
私が、HIVや性感染症に取り組もうと思ったのも理性だけではありません。
病気が原因で病院を受診しているのに、その病気が原因で病院からも差別される病・・・。
こんなことがあっていいのでしょうか。
いいはずがありません。
この想いがきっかけとなり、私はHIVや性感染症に取り組みだしました。
私がHIVや性感染症に関連する諸問題を解決したいと思う気持ち・・・
この気持ちもまた、理性では説明できない理屈から生まれた感情によるものなのです。
  

|